投稿という種まき
日々を静かに過ごすようになってから、陽菜は、自分の影に気づくことが増えた。
誰かに言われた何気ない一言や、理解されなかった想い、
心に沈んだままの言葉たちが、ふとした瞬間に浮かんでは消えていく。
昔、書きかけのまま放っておいた物語があった。
“何の意味があるのか”わからなくなって、画面を閉じたあの日。
けれど最近、その物語の中に込めた“誰にも言えなかった気持ち”が、
今の自分を少しずつ支えていることに気づいた。
ある夜、思い立って、その物語をもう一度開いた。
削除するつもりだった。けれど、最後まで読んでしまった。
そして、静かに画面の端にある「投稿」のボタンを押した。
——誰かに届かなくてもいい。
——意味があるかなんて、今はわからなくても。
一ヶ月が過ぎたころ、見知らぬ名前から感想が届いた。
「この物語に、救われました。私も、誰にもわかってもらえなかった気持ちを抱えていました」
「こんな風に言葉にしてくれて、ありがとうございます」
「読んでいて涙が出ました。あなたが書いてくれたことが、私の支えです」
陽菜は、しばらく画面を見つめたまま、動けなかった。
あの日、意味がないと思ってしまった言葉たちが、
誰かの中で芽吹いていた。
それはまるで、
忘れかけた春の種が、時間を超えて土の中で目を覚ましたようだった。
涙が、静かに頬を伝う。
すぐに結果は出なくてもいい。
言葉は、思いは、ちゃんとどこかで根を張っている。
今はまだ見えなくても、
それはきっと、
——時間を超えて、誰かのなかで芽吹いていく。