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七彩の魔女 ~感情が世界を救う物語~

作者: 星空モチ

空が泣いていた。


青い雫が降り注ぐ村の小道を、一人の少女が駆け抜けていく。彼女の周りだけ、雨滴が触れることなく弧を描いて避けていく様は、まるで自然が意思を持つかのようだった。


「またお前のせいか、感情魔女め!」村の男が叫んだ。


少女—ルナは足を止めることなく走り続けた。


村を出て森へ。森を抜けて丘へ。そして誰もいない湖のほとりで、ようやく彼女は立ち止まった。


空からの涙はまだ止まない。


「ごめんなさい...」ルナは囁いた。声に力はなく、風に溶けていくような弱々しさだった。


彼女の周りの空気が揺らめき、不思議な青い光を放ち始めた。悲しみの色だ。


ルナの目から一粒の涙が零れ落ち、湖面に小さな波紋を広げた。それは瞬く間に大きくなり、湖全体が彼女の悲しみに呼応するように波立っていく。


「また...制御できない...」


十六の誕生日を迎えたばかりのルナは、幼い頃から自分の感情が周囲に与える影響に怯えていた。喜べば空気中に金色の光が舞い、悲しめば雨が降り、怒れば炎が生まれる。


他の人々も感情で魔法を使うことはできたが、ルナほど強烈ではない。彼女の感情は、時に村全体を巻き込む異変を引き起こすほどだった。


「怪物...」子供たちの囁き声が今も耳に残る。


両親はルナが五歳の時、彼女の激しい恐怖によって生み出された暴風で命を落とした。以来、祖母のミラとの二人暮らし。ミラもまた強い感情の持ち主だったが、その制御法を教える前に、昨年の冬に息を引き取ってしまった。


湖面に映る自分の姿に、ルナは問いかける。「私はこのままでいいの?」


返事はない。ただ湖面が波打つだけ。


突然、彼女の背後から物音がした。振り向くと、灰色の衣をまとった謎めいた男が立っていた。


「ルナ・シルバームーン」彼は彼女の本当の名を呼んだ。「遂に会えた。」


ルナは一歩後ずさった。「私を知っているの?」


「知っているどころか、ずっと探していたんだ。」男は笑みを浮かべた。「私はジェイド。感情魔術師協会の者だ。」


「感情...魔術師?」


ルナの周りの青い光が、好奇心を表す紫色に変わり始めた。


「そう、君のような者たちだ。特別な感情を持つ者たち。」ジェイドは言った。「普通の魔法使いとは違う、感情の奔流を操れる強大な力を持つ者たち。」


ルナは信じがたい思いで聞いていた。自分のような者が他にもいるなんて。孤独ではなかったのかもしれない。


「でも...私は制御できない。私の感情は...危険よ。」彼女は湖面を見つめた。


「だからこそ私がここにいる。」ジェイドは真剣な表情を浮かべた。「世界に『虚無の影』が広がり始めている。人々の絶望や恐怖を糧に育つ闇だ。それに対抗できるのは、君のような強い感情の持ち主だけなんだ。」


「虚無の...影?」ルナは震える声で繰り返した。


その瞬間、空に黒い雲が広がり始めた。雨は止み、不自然な静けさが世界を包み込む。


「来るぞ...」ジェイドは低く呟いた。


湖の向こう岸に、人の形をしているが顔のない黒い影が立っていた。それは次第に増殖し、五体、十体と数を増やしていく。


「あれが...虚無の影?」ルナの恐怖が赤い炎となって周囲に現れ始めた。


「恐れるな、ルナ。」ジェイドは彼女の肩に手を置いた。「君の感情は武器になる。制御する必要はない、解き放てばいい。」


「でも...私の感情は破壊をもたらすだけ...」


「本当にそうだろうか?」ジェイドは湖を指さした。


影たちが湖を渡り始めていた。水面を歩くように、彼らは確実にこちらへと近づいてくる。


「ルナ、君の感情は破壊だけではない。創造の力も持っている。今こそ、君自身の力を信じるときだ。」


ルナの心の中で、長年抑え込んできた感情の奔流が堰を切ったように溢れ出そうとしていた。恐怖、怒り、悲しみ、そして...希望。


彼女の体から七色の光が放射され始めた。


「私...本当に世界を救えるの?」


「君にしかできない。」ジェイドは頷いた。「さあ、感情を解き放て。」


ルナは深く息を吸い込み、長年隠してきた自分の本当の姿を受け入れる決意をした。


「私は...ルナ・シルバームーン。感情の魔女...」


彼女の周りの空気が激しく渦巻き始めた。光と色が混ざり合い、まるで彼女自身が小さな宇宙になったかのようだった。


虚無の影は一瞬たじろいだが、それでも確実に近づいてくる。


初めての戦いが、今始まろうとしていた。



挿絵(By みてみん)



ルナの全身から放たれる七色の光は、湖面に映り込み、幻想的な風景を作り出していた。


「恐れないで、感じるままに」ジェイドは静かに言った。


虚無の影はもう目の前。黒い霧のような存在が、ルナの周りの光に触れようと蠢いている。


「どうすれば...」


「君の中にある感情、一番強いものを。」


ルナは目を閉じた。長い間、自分を縛ってきた鎖を解き放つように、心の奥底に沈めていた感情を呼び起こす。


それは怒りだった。村人たちへの、自分を怪物と呼ぶ子供たちへの、そして何より、自分自身への怒り。


紅蓮の炎がルナの周りで燃え上がり、彼女の瞳も赤く輝いた。


「いいぞ、その調子だ!」ジェイドが叫ぶ。


しかし虚無の影は、その炎に飲み込まれるどころか、さらに大きく膨れ上がっていった。


「うまくいかない!」ルナは叫んだ。


「怒りだけでは足りない。もっと深く、もっと本質的な感情を!」


ルナの心の中で、恐怖が広がる。このままでは二人とも飲み込まれる。


そのとき、ふと祖母ミラの言葉が蘇った。


「感情の本質は繋がりなのよ、ルナ」


繋がり...?


村で孤立し、理解されなかった日々。それでも、祖母は常に彼女を愛してくれていた。祖母との絆。


「愛...」ルナは囁いた。


彼女の周りの炎が、徐々に金色の温かな光に変わっていく。


「そう、愛だ!」ジェイドの顔に希望の表情が浮かんだ。


ルナは両手を広げ、その光を虚無の影に向けて放った。金色の光は、まるで生命を持つかのように蛇行しながら影に突き刺さる。


「うぅぅぅぅ!」


影からは、人間のような悲鳴が聞こえた。それは苦しむのではなく、何かが解放されるような声だった。


黒い影が徐々に薄れ、その中から一人の少年が姿を現した。彼は混乱したように周りを見回している。


「成功したわ...」ルナは信じられない思いで呟いた。


「彼は虚無の影に取り込まれていた村人だ。君の感情が彼を救った。」ジェイドは説明した。


少年は恐る恐るルナに近づいてきた。「あなたが...僕を助けてくれたの?」


ルナは頷いた。初めて、自分の感情が誰かを救った瞬間だった。


「虚無の影はまだ多くの人々を捕らえている。」ジェイドは真剣な表情で続けた。「我々の旅はここから始まるんだ。」


ルナは湖面に映る自分の姿を見た。もう以前の怯えた少女ではない。彼女の周りには、まるでオーラのように金色の光が満ちている。


「私、行くわ。」ルナは決意を固めた。「私の感情で、世界を救うために。」


夕暮れの空が赤く染まり、新たな冒険の始まりを告げていた。



挿絵(By みてみん)



旅立ちから三週間。ルナとジェイドは感情魔術師協会の本拠地「虹の谷」へと辿り着いていた。


「これが...協会?」


巨大な円形の建物は七色に輝き、まるで巨大な感情の結晶のようだった。


中に入ると、様々な色のオーラを纏った人々が行き交っている。彼らは皆、ルナのように強い感情の持ち主だった。


「仲間...」ルナは思わず呟いた。


長年、自分だけが異質な存在だと思っていたのに。ここにいる全ての人が、彼女と同じように感情と向き合ってきたのだ。


「ルナ、評議会があなたに会いたがっている。」ジェイドが言った。


大広間へ案内されたルナは、七人の長老たちと対面した。彼らは七つの基本感情を象徴する色のローブを身につけていた。


赤の長老が口を開いた。「あなたが噂の感情魔女か。」


「はい...」ルナは緊張して答えた。


「虚無の影は急速に広がっている。もう三つの村が飲み込まれた。」青の長老が悲しげに告げる。


「私に何ができるの?」


「あなたの中には、七つの感情全てを操る力がある。」紫の長老が言った。「それは数百年に一人の才能だ。」


「でも私はまだ制御できません...」


「時間がない。」金の長老が立ち上がった。「最終試練を受けてもらう。」


ルナは不安に襲われた。三週間の旅で、基本的な感情の制御は学んだが、まだ完全に自分の力を理解してはいなかった。


試練の場は、巨大な鏡の間だった。


「ここでは、あなたの内なる感情が具現化する。」ジェイドは説明した。「自分自身と向き合うのだ。」


鏡に映ったルナの姿が動き出した。それは彼女の恐怖、怒り、悲しみを体現する分身だった。


「私は怖い...常に。」鏡のルナが語りかけてくる。「だから人を遠ざける。」


「違う...」ルナは否定した。「私はもう逃げない。」


分身は攻撃を仕掛けてきた。黒い感情のエネルギーがルナに向かって放たれる。


咄嗟に、ルナは金色の光の盾を作り出した。


「私の感情は...武器でも、鎧でもない。」ルナは叫んだ。「繋がりを作るためのもの!」


彼女は恐れずに分身に歩み寄り、その手を取った。


「恐怖も、怒りも、悲しみも、全て私の一部。抑え込むのではなく、受け入れる。」


鏡の間が七色の光に包まれた。分身はルナと一体化し、彼女の体からこれまでにない強いオーラが放たれる。


「見事だ。」金の長老が拍手した。「あなたは準備ができている。」


「準備?」


「虚無の影の本拠地へ向かう時が来た。」ジェイドが真剣な表情で言った。「影の王と対峙するために。」


「影の王...?」


「全ての負の感情を糧とする存在。今や彼は首都へ迫っている。」


ルナの心に決意が固まった。もう逃げない。自分の感情と共に戦う。


「行きましょう。私の全ての感情をかけて、世界を救うために。」


夜明けと共に、ルナたちは最後の戦いへと出発した。空には不吉な黒雲が広がり、世界の運命が彼女の肩にかかっていた。


挿絵(By みてみん)


首都クリスタニアは黒い霧に包まれていた。かつて七色の感情の光で彩られた街並みは、今や色を失い、灰色の廃墟と化していた。


「間に合ったわ...」ルナは息を切らせて言った。


影の王の城は、かつての王宮を歪めた姿で聳え立っていた。漆黒の塔からは、負の感情エネルギーが渦巻くように放出されている。


「人々は皆、影の中に取り込まれてしまったようだ。」ジェイドが周囲を見回しながら言った。


その時、空から白い光が降り注いだ。ルナの前に、祖母ミラの姿が浮かび上がる。


「ミラ...?」ルナは信じられない思いで呟いた。


「幻影よ、ルナ。」ミラは優しく微笑んだ。「あなたの記憶の中の私が、最後の導きをするために現れたの。」


「祖母...どうすればいいの?」


「覚えているかしら?私が最期に言った言葉を。」


ルナは思い出した。祖母の最期の言葉。「感情の真髄は、相反するものの均衡にある...」


「そう、ルナ。光と影、喜びと悲しみ、愛と憎しみ。全ては一つの円環を成している。」ミラの幻影が語りかける。


「影の王は、負の感情だけを集めた存在...均衡を失っているのね。」ルナは理解し始めた。


ミラは頷き、消えていった。「あなたならできる...」


城内に踏み込んだルナとジェイド。暗く冷たい空気が二人を包み込む。


大広間で、ついに影の王と対面した。黒い霧のような姿だが、よく見ると人間の形をしている。


「来たか、感情の魔女よ。」低く響く声が広間に満ちた。


「あなたが虚無の影を操る者...」ルナは震える声で言った。


「操る?私こそが虚無の影そのものだ。」影の王は笑った。「人々の恐怖、絶望、憎しみ...それらが私を形作っている。」


突然、影の触手がジェイドを捕らえた。彼は苦しみの声を上げる。


「ジェイド!」ルナは叫んだ。


「彼の中にも十分な負の感情がある...私の糧となるにふさわしい。」


ルナの中で怒りが沸き起こり、赤い炎が周囲に広がった。


「その通り!怒れ!憎め!その感情こそが私を強くする!」影の王は高らかに宣言した。


ルナはハッとした。これが罠だったのか。彼女の負の感情こそが、影の王の力の源になる。


「違う...」ルナは深呼吸をした。「私は感情のバランスを取り戻す。」


彼女は目を閉じ、心の中で七つの感情を呼び起こした。怒り、恐怖、悲しみ、そして喜び、愛、驚き、平穏。


七色のオーラがルナの周りで踊り始める。


「なに...?」影の王が後ずさった。


「私が人々から恐れられたのは、感情が強すぎたから。でも今は分かる、それは弱さではなく、私の力だったのだと。」


ルナは両手を広げ、七色の光を放った。それは影の王を包み込むように広がっていく。


「やめろ!」影の王が叫んだ。


「あなたは均衡を失った感情...だから私はバランスを取り戻す!」


光と影が混ざり合い、広間全体が七色の渦に包まれた。


そして閃光と共に、影の王の姿が変わり始めた。黒い霧が晴れ、一人の男の姿が現れる。


「あなたは...?」ルナは驚きの表情を浮かべた。


「かつての感情魔術師だ...」男は弱々しく言った。「負の感情に飲み込まれ、影の王となった...」


男の表情に人間らしさが戻り始めていた。彼の周りには、七色の感情が均衡を保ちながら穏やかに漂っている。


城から黒い霧が晴れ、首都全体に光が戻り始めた。取り込まれていた人々が次々と姿を現す。


「成功したのね...」ルナは安堵の表情を浮かべた。


「いや、まだだ。」ジェイドが言った。「感情のバランスを保ち続けなければ...」


影の王だった男が立ち上がった。「私がその役目を果たそう。償いとして...」


「一人では無理よ。」ルナは微笑んだ。「みんなで力を合わせましょう。」


晴れ渡った空の下、首都クリスタニアには再び七色の光が満ちていた。人々は自分たちの感情を恐れるのではなく、共有し始めていた。


「ルナ、あなたは戻るの?村へ。」ジェイドが尋ねた。


ルナは空を見上げた。「いいえ、まだやるべきことがある。感情の魔術を広め、みんながバランスを取り戻せるように。」


彼女の周りには、もはや制御不能な感情の嵐はなかった。代わりに、穏やかで温かな七色のオーラが優しく包み込んでいた。


「感情は怖いものじゃない。私たちを繋げるもの。」ルナは確信を持って言った。


祖母ミラの言葉が、最後の伏線として彼女の心に響く。


「感情の本質は繋がりであり、その真髄は均衡にある。」


ルナ・シルバームーンの物語は、ここから本当の意味で始まったのだった。

~あとがき~


みなさん、『七彩の魔女』を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!ルナの感情の旅路はいかがでしたか?


この物語は、ある雨の日にふと思いついたものです。窓の外で雨が降る様子を見ながら「もし人の感情が目に見える形で世界に影響を与えたら…」と考えたのがきっかけでした。感情を色で表現するアイデアは、自分の気分を色で表すという子どもの頃の遊びからインスピレーションを得ています。


ルナというキャラクターは、実は私自身の内面を投影しています。感情の起伏が激しく、それをしばしば隠そうとする自分の姿をファンタジー世界に落とし込みました。皆さんも自分の感情を抑え込んだ経験があるのではないでしょうか?


執筆で最も苦労したのは、感情エネルギーの「見える化」です。読者の皆さんが頭の中でイメージできるよう、色や光の表現にはかなり時間をかけました。特に七色のオーラが混ざり合うシーンは、何度も書き直しました!


また、「虚無の影」という概念は、現代社会における感情の抑圧や無関心さへの警鐘でもあります。SNSの中で感情が薄れていく今だからこそ、「感情の本質は繋がりにある」というメッセージを込めたかったのです。


裏話をひとつ。実は最初の構想では、ジェイドが途中で裏切る展開を考えていました!でも、物語を書き進めるうちに彼の存在が重要になり、計画を変更しました。キャラクターって時々、作者の意図を超えて動き出すんですよね。


「感情の真髄は均衡にある」というフレーズは、私の祖母の言葉からヒントを得ています。どんな感情も否定せず、受け入れることの大切さを教えてくれた人です。


次回作では、感情魔術師協会の他のメンバーにもスポットを当てようかと構想中です。ルナの新たな冒険も描きたいので、ぜひ応援してください!


最後に、皆さんの感情が七色に輝く素敵な日々でありますように。コメント欄で感想を聞かせてもらえると、作者としてこれ以上ない喜びです。また次の物語でお会いしましょう!

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