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黒と白の異世界物語  作者: 如月
第一章 異世界生活の始まり
9/28

第9話 白髪の少女

4/21日の18時から1時間おきに4話連続更新します。

 森の入口は、村の外れにぽっかりと口を開けていた。

昼間でも薄暗く、木々の葉が空を遮っている。陽の光は斑に差し込み、地面にゆらめく影を落としていた。


 斧の重みを肩に感じながら、小道を進む。

鳥の声は遠く、虫の音や獣の気配がいつもより静かだ。森全体が息を潜めているような、妙な空気が漂っていた。

 

――カサッ。

足元の落ち葉を踏む音に、無意識に身構える。

自分の呼吸がやけに大きく響き、思わず息を潜めた。

振り返っても誰もいない。ただ、風が枝葉を揺らす音が、さざ波のように広がる。

 

「……気のせい、だよな。」

そう呟いて歩を進める。

曲がりくねった小道には、苔むした岩や倒木が点在し、小川のせせらぎが微かに聞こえてくる。



 しばらく歩くと、森の奥にぽつんと建つ小屋が見えた。

木と石で粗雑に組まれた造りだが、屋根の苔が長い年月を物語っている。

 

「……着いた。」

俺は肩から斧を下ろし、小屋の前まで進む。

扉をノックすると、すぐにソロが顔を出した。

 

「おお、来たか。お使いご苦労さん。オルドから聞いてる。」

無精ひげを撫でながら、ソロは中へ招き入れようとしたが、俺は首を振った。

 

「ここでいいです。これ、言ってた斧です。じゃあ、僕帰りますので。」

「ふん……まあ、そうか。オルドに礼を言っといてくれ。」

ソロは小さな包みを俺に渡し、戸口の脇に置かれた革袋を手に取った。

 

「ついでだ、水も持ってけ。近くの川を流れる、『ソレルの雫』だ。」

手渡された革袋はひんやりと冷たく、表面に細かな水滴が浮かんでいた。

 

「……ソレルの雫?」

思わず問い返すと、ソロは口元を緩めて笑った。

 

「ああ、朝のうちに汲んどいた。山から流れてきたばかりでな、やわらかい上に喉越しがいい。力も湧いてくる。村の連中は知らんが、俺はこの水しか飲まん。オルドにも時々わけてやってるくらいだ。」


 力が湧く以外は普通の水に聞こえるが、ソロが“この水しか飲まん”と言うあたり、ただのこだわり以上の何かがあるかもしれない。飲むのが少し楽しみになってきた。

 

「ありがとうございます。助かります。」

礼を言って革袋と包みを受け取ると、ソロは「気をつけて帰れよ」と短く言い、ギイと音を立てて扉を閉めた。



 帰り道、さっきより少し速い足取りで森を引き返す。

空を見上げると、木々の隙間から差す光が心なしか薄くなっていた。時間が経ったのか、雲が厚くなったのか。


――ギャッ!

突如、森の奥から短く、かすれた悲鳴が響いた。

思わず立ち止まり、耳を澄ます。

鳥の声が消え、風の音すら遠のいた。悲鳴は、帰り道とは逆の川沿いの細道のさらに奥から。

 

「……なんだ今の……?」

迷う暇はなかった。

包みと革袋を握り、俺は駆け出す。

枝が顔をかすめ、足元の根に躓きそうになりながら、音のした方向へ突き進んだ。


 視界が開けた瞬間――三人の男に囲まれた少女がいた。

白銀の髪が土に汚れ、少女は膝をついていた。肩を掴まれ、今にも引き倒されそうになっている。

 

「うるせぇぞ、白毛! 泣き叫んだって誰も助けちゃくれねぇよ!」

 

「こいつ、ほんとに白髪だな。こりゃ高く売れるわ……ふふ、やっぱ俺らは運がいい。」

 

「早く縛れ。グズグズしてると村の奴らに見つかるぞ。」

 

(まさか、父さんの言ってた人攫いか!?)

 

白髪――この国では「魔族」とされ、迫害の対象だ。

こいつら、そんな少女を売り物として扱おうとしてるんだ。

 

「やめろッ!」

自分でも驚くほどの声が出た。

三人の男が一斉に振り返る。

 

「……なんだ、ガキか?」

一人が舌打ちし、短剣を抜いた。

 

「アニキ……こいつ、ヴィサスってとこのガキだ。売れば金になるぞ。」

 

「はん、だったら余計に都合がいいじゃねぇか。白毛もガキもまとめて売っ払ってやる!」

 

 短剣を構えた男がじり、と歩み寄る。

俺は腰の短剣を握った。心臓がドクドクと鳴る。

 

「……やれると思ってるのか?」


 男の顔に嘲りが浮かぶ。

だが、俺の頭には父との稽古が蘇っていた。

あの覚醒の日、そしてその後も続けた鍛錬。

今の俺なら、やれるはずだ。


 男の足取りが速くなる。

俺も地面を蹴った。

真正面じゃない。斜めに――男の懐に滑り込むように動く。

 

「なっ……!」

男の驚きが漏れる。

短剣が振り下ろされる前に、俺は足元に踏み込み、腰を落として足首を狙う。

 

「うあっ!?」

浅い傷だが、十分だった。

男はバランスを崩し、前につんのめって地面に倒れ込む。

 

「クソッ、このガキ!」

もう一人が棍棒を振りかざし、突っ込んでくる。

俺は跳ねて距離を取る。心臓が早鐘のように鳴るが、恐怖は感じない。頭は冴えていた。


 森の空気が張り詰め、時間が伸びたように感じる。

敵の動きが、ゆっくり見える。

 

「落ち着け……焦るな、リオ。」

父の声が脳裏に響く。まるでそばにいるかのようだ。


 棍棒の男は勢いに任せて大振りしてきた。

隙だらけだ。踏み込みが浅い。

俺は足をずらし、体を回転させて背後に回り込み、反射的に腕を振るう。

 

――スパッ。

布を裂く音。男の背に切り傷が走り、呻き声を上げて振り返る。

 

「やっべ、こいつ……ただのガキじゃない!」

「構わん、二人でかかれば!」

二人が一斉に動く。

俺は左の男に斬りかかり、剣が弾かれる音が森に響く。

手応えはある。


 だが、右の男の棍棒が肩に当たり、体が吹き飛ばされた。

「ぐっ……!」

地面に転がり、肺の空気が抜ける。痛みが波のように押し寄せる。

 

「よし、ガキは俺が押さえとく。お前は白毛を――」

 

「やめろってんだろッ!!」

 

 咆哮が、自分の声とは思えなかった。

立ち上がり、血の味が混じる唾を吐き捨てる。

目の奥が熱い。

体の奥から何かが湧き上がる。

音が歪み、視界が脈動する。

力が、暴れ出す。


 男たちの動きが、妙に遅く見えた。

まるで時間が凍りついたように。


 体が勝手に動く。

思考より先に、肉体が本能で最適解を選ぶ。

「う、うおっ!?」

一人が驚く。

その瞬間、俺の足は地を蹴っていた。

風を裂き、右手の短剣が閃く。

男の棍棒が弾け飛ぶように跳ねる。


「ぎゃあッ!」

手を押さえてのけぞる男を無視し、もう一人に駆ける。

少女を縛ろうとしていた腕を、俺は無意識に切りつける。

 

「がっ……!」

男が呻いて後ずさる。

その隙に、俺は少女の前に立つ。

息が荒い。

肩が上下する。

だが、倒れる気はなかった。

俺はまだ、戦える。

 

「この野郎……ガキが調子に乗りやがって!」

三人目――最初に斬った男が、殺気を帯びて突っ込んでくる。

「殺せ! まとめて始末しちまえッ!」

視界が揺らめく。 


 心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響くたび、地面が波打つように見えた。

その瞬間、右手から黒い雷のようなものが弾けた。

男たちが一瞬、ひるむ。


 俺はそれを見逃さなかった。

全身の力を指先に込め、地面を蹴る。

黒い残光を引くように、短剣が真横に切り裂く。

 

「――があああッ!!」

断末魔のような悲鳴が森に響いた。

三人目の男が地に伏し、残る二人が顔を引きつらせる。

 

「お、おい……おかしいぞこいつ、なんか変だ……!」

「やばい、逃げるぞ!」

恐怖に駆られた男たちは、少女を放り出し、森の奥へ一目散に走り出した。


 追いかける気は起きなかった。

体が急に重くなり、膝が崩れる。

「くっ……。」

地面に手をつき、視界がぐらつく。

さっきの感覚が、幻だったかのように引いていく。

 

「……っ……ぅ……。」

背後で、少女のか細い声が聞こえた。

振り返ると、白銀の髪に赤く腫れた目。

土に汚れた頬には、恐怖と安堵が入り混じっていた。


「大丈夫……もう、誰も来ない。」

そう言おうとしたが、声がうまく出なかった。

代わりに、少女がそっと近づき、震える手で俺の袖を掴んだ。


 「……た、助けてくれて……ありが、と……。」

かすれた声で、少女が袖をぎゅっと掴む。

その手は小さく、冷たく、力が入っていなかった。


 よく見れば、腕や足に擦り傷、頬には腫れと打撲の痕。血も滲んでいる。

(くそっ……俺じゃ、これを治せない。)


 腰のポーチから、ソロからもらったソレルの雫を取り出す。

力が出るって言ってた。飲めば少しは楽になるはずだ。

 

「これ、飲めるか?」

栓を外し、そっと少女の唇に近づける。

彼女は一瞬怯えたように身をすくませたが、俺の目を見て、ゆっくり頷いた。

 

「少しでいいからな……。」

ソレルの雫を慎重に口元へ傾ける。

とぷ、と雫が流れた瞬間、彼女の体がわずかに揺れる。

 

「……あたたかい。」

小さく、かすれる声。それだけで少し安心した。

でも、これだけじゃ足りない。

傷、腫れ、内出血……俺じゃ治せない。

けど――

 

「母さんなら……きっと……。」

 

 一瞬、迷いが頭をよぎった。

白髪はこの村で「魔族」として“見つけ次第、殺せ”とされる。

もし見つかれば、俺だけじゃ済まない。家族にも危険が及ぶかもしれない。


 けど、俺はこの子を見捨てられなかった。


 上着を手に取り、少女の白い髪をそっと覆うように被せる。

肩まで隠れるように、深く。

「ちょっと重いかもしれないけど、我慢してくれ。」


 彼女は弱々しく頷いた。

俺はそっと彼女を抱え上げる。

軽い。傷だらけで、体力もほとんど残っていないのが分かる。


 日が傾き、辺りは薄暗くなり始めていた。

少女を抱いたまま、森を抜ける小道を選び、人目につかないよう家路を急ぐ。

何度も足音や気配に神経を尖らせながら、止まらずに歩いた。


 

 家の明かりが見えたとき、俺は深く息を吐いた。

「……もう少しだ。」

母さんなら、大丈夫。

きっと話せば分かってくれる。


 扉の前に立ち、軽くノックする。

中から聞こえる鍋の煮える音と、母さんの足音。

俺は少女をしっかりと抱き直し、扉が開くのを待った。

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