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黒と白の異世界物語  作者: 如月
第一章 異世界生活の始まり
8/28

第8話 村を散策

4/21日の18時から1時間おきに4話連続更新します。


朝の光が心地よく差し込んでいて、今日は少しだけ村を歩いてみたくなった。

異世界の景色にはまだ慣れないけど、毎日見てるうちに少しずつ馴染んできた気がする。

玄関で靴を履いていると、外から父さんの声がした。  


「どこか行くのか?」

ふと顔を上げると、父さんが素振りを止めて、俺を見ていた。

「うん、ちょっと村を見てこようかと。今までちゃんと見たことなかったし。」


 そう答えると、父さんは『スフィア』を使い、空間の歪みから短剣を取り出した。

ゆっくりと鞘から抜かれた刃が、朝日にキラリと光る。

「持ってけ。護身用だ。」

「……僕に?」

思わず聞き返してしまった。


 「最近、村の外れで人攫いが出てるらしい。何人か、子どもが行方不明になっている。」

「そんなことが……。」

初耳だった。

 父さんの表情は深刻じゃない。ただ、事実を告げるだけの顔だ。


「まぁ、お前なら何かあっても何とかするだろ。けど、備えはしとけ。」

苦笑まじりに短剣を手渡され、俺は小さく頷いた。



 父さんに短剣を預かってから、俺は家を出た。

朝の空気は少し冷たく、陽光が村を柔らかく照らしている。

土の道を歩きながら、見慣れたはずの家々を改めて眺める。


 藁葺きの屋根、小さな畑、干された洗濯物……なんてことない景色のはずなのに、どこか懐かしさを感じた。

(俺のいた世界とは、全部が違うのに。)

そう思うと、胸が締めつけられる。

でも、寂しさじゃない。自分がこの世界にちゃんと生きてるって実感だ。



 市場の方まで足を運ぶと、すでにいくつかの店が開いていた。

焼きたてのパンの香ばしい匂いが鼻をくすぐり、果物を並べる店では鮮やかな実が陽を浴びて光っている。



「いらっしゃい、坊や。今朝採れたばかりのブレスベリーだよ。食べてく?」

優しげな老婆に声をかけられ、俺は笑って首を振った。

だって、お金持ってないし。


「ありがとう、でも今日は見るだけで。」

「そうかい。いつでもおいで。」

のんびりした声と、のどかなやり取り。

この世界の暮らしは、俺の知らなかったものだけど……少しずつ、俺の日常になり始めている。



 市場を抜け、少し奥に進むと、金属を打つ音が聞こえてきた。

音の主は村の鍛冶屋。父さんの剣も、ここで打たれたものらしい。


 小屋の前では、頑固そうな中年の男が、鋭い目つきで火花を散らしながら鉄を打っていた。

「おう、小坊主。今日はどうした?」

店主が俺に気づいて手を止めた。


 確か名前はオルド。

この前の稽古の休憩時間に父さんに会いに来てたっけ。

村ではちょっとした有名人らしい。昔は冒険者だったとか、王都で武器を打ってたとか、色んな噂がある。


「ちょっと村を歩いてて……鉄を打つ音が聞こえたから、見てみたくなって。」

俺がそう言うと、オルドはニッと口の端を上げた。

「へぇ、珍しいな。お前みたいな小坊主が鍛冶に興味持つなんて。中に入って見ていけよ。暑いけどな。」

「いいんですか?」

「構わん構わん。見るだけならタダだ。」


 そう言って、オルドは使っていた金槌を水桶に放り込むと、炉の側の作業台を軽く叩いた。

「そこ座ってな。ああ、あんまり近づくなよ。火の粉が跳ねるかもしれない。」


 促されるまま腰を下ろすと、オルドは再び鉄を持ち上げ、カン、カンと規則的な音を響かせた。

小屋の中には、オルドが作ったらしい武器や防具が並んでいた。


 剣、斧、盾……それぞれに独特の意匠が施され、まるで一つひとつに魂が宿っているみたいだ。

「……かっこいい。」

思わず言葉が漏れた。

オルドの打つ鉄の音、火花の光、武器の重厚な輝き。

全部が、生きてるみたいに迫ってくる。


「お、目がいいな。そっちは《獣喰い(ビーストイーター)》って名の剣だ。かれこれ十五年前に作ったやつだな。」

オルドは火花を散らしながら、得意げに話し続けた。


「あれはな、山の奥の獣退治の依頼が増えた時期に鍛えたもんでな。斬れ味も重さも絶妙に仕上げてある。使い手はもういなくなっちまったが、あの剣だけは戻ってきた。まるで“役目”を終えたみたいにな。」

 

俺は《獣喰い》にもう一度視線を向けた。

黒鉄の刃に、金で細かい紋様が刻まれている。

柄には獣の牙を模した装飾が施され、“獣を喰らう”という名にふさわしい威圧感があった。

 

「すごいな……オルドさんが作ったんですね。」

そう言うと、オルドは鼻を鳴らして笑った。

「ま、俺も昔は腕に自信があってな。今はこうして村鍛冶やってるがな。小坊主……お前もそのうち自分の武器を持つときがくるだろう。そんときは俺が作ってやるよ。」

その言葉が、やけに胸に残った。

 

「……本当?」

つい、子どもみたいに聞き返すと、オルドはまた鼻で笑った。

「ああ本当さ。約束だ。ただし、その時はちゃんと一人前の“男”になってることが条件だぞ。」

その“男”という言葉が、まるで試されているみたいで、俺は思わず背筋を伸ばした。

「はい。絶対、なります。」

そう言った俺を見て、オルドは満足そうに頷いた。

「よし。じゃあ今日はこのへんで帰んな。火の粉で服に穴が開いたら、母ちゃんに怒られるぞ。それに、人攫いも増えてるって話だ。」

「……この村、最近危ないらしいですね。父さんが言ってました。子どもがさらわれてるって。」


 俺がそう言うと、オルドは手を止め、しばらく黙った。

「……ああ、聞いてる。だからこそ、なんだが――小坊主、ちょっと頼まれてくれんか。」

「え?」

「悪いな、こんな話をした直後に頼むのも気が引けるんだが……実はな、さっき頼まれて鍛えた斧が一本ある。森の外れに住んでる薪割りの爺さんに届けてやらなきゃならんのだが、今から配達に出るには俺も手が離せなくてな。」

 

 そう言ってオルドは、小屋の隅からごつい斧を一振り持ってきた。

刃は綺麗に研がれ、柄には手に馴染みそうな細工が施されている。

 

「これを?」

「そうだ。重くはないが、気をつけて運べよ。道はまっすぐ、森の小道を抜けて小川を渡ったあたりに爺さんの小屋がある。名前はソロ。話せばすぐわかる。」


 斧を手渡され、俺は一瞬だけ躊躇った。

人攫い増えてるのに普通頼むかね。

「……でも、人攫いが出てるんですよね?」

「おう。それを言うならお前の腰にある短剣、飾りじゃないだろ。護身用ってのは、そういう時にこそ使うもんだ。」


 オルドの声は落ち着いていたけど、目は真剣だった。

その視線に、俺は少しだけ背中を押された気がした。


「わかりました。届けてきます。」

「助かる。ソロの爺さん、口は悪いが根は優しい。斧を渡してくれればそれでいい。くれぐれも、寄り道はするなよ。」

「はい。」


 

 俺は斧を肩に担ぎ、小屋を後にした。

森へと続く小道は、静かで、鳥のさえずりが遠くに響いていた。

けれど、どこかに、何かが潜んでいるような、そんな気配があった。



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