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黒と白の異世界物語  作者: 如月
第一章 異世界生活の始まり
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第6話 静かなる覚醒


朝の空気は澄んでいて、遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。

台所には朝食のスープの匂いがほのかに残り、食器を片付けていると、背後から父の声がした。

 

「リオ、今日は少し時間がある。……久々に、剣の稽古してみるか?」

その声には、どこか探るような、でも楽しげな響きがあった。

剣か。そりゃそうだよな。

異世界なんだから、剣術くらいあって当然か。

 

「はい、ちょうど体動かしたかったところです!」

俺は元気よく答えた。

剣には普通に興味がある。

テレビや漫画で見たような、華麗な剣技や力強い一撃――

 昔から、そいうのに憧れなかったわけじゃねぇ。

それに、この世界じゃ剣術は“生きる力”に直結するはずだ。

せっかく異世界に転生したんだ。一度くらい本格的にやってみたい。

……それに、父さんとこうやって向き合って過ごすの、初めてだ。いい機会かもしれねぇ。

 

「ははっ、良い返事だ。庭で待ってるから、支度してこいよ。」

父さんは軽く手を振って、庭の方へ出て行った。

 

支度を済ませて庭に出ると、父さんはすでに素振りを始めていた。

朝日を浴びた剣筋は力強く、それでいて無駄がない。

俺が来たことに気づくと、動きを止めて振り返った。

「おう、リオ、来たか。……あれ、木剣はどうした?」

「部屋に無くて。置いてあったはずなんだけどなー?」

適当に誤魔化す。

 

「そうか、ちょっと待ってろ。」

父さんが軽く手を振ると、目の前に空間が歪むゲートが生まれた。そこから木剣を取り出す。

なんだ、今の……?

 

「父さん、今のって何?」

俺は恐る恐る聞いてみた。

まるで空間を裂いたようなあのゲート――現代じゃ絶対ありえねぇ現象だ。

 

「これか? ああ、これは俺のスキル『スフィア』だ。空間操作の一種で、物をしまったり取り出したりできる。便利だろ?」

父さんは気軽に言って、木剣を一本放ってくる。俺は慌てて受け取った。

 

「スキル……?」

剣と魔法の他に、スキルなんてのもあるのか、この世界。

「父さん、僕にもスキルとかあったりするの?」

そう尋ねると、父さんは一瞬目を丸くし、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「そうか、お前、まだスキル鑑定を受けてなかったな。今度一緒に受けに行こう。」

スキル鑑定か。めっちゃゲームみたいだな。

父さんの声は弾んでて、まるで「その日が待ちきれねぇ」って感じだった。

こういう無邪気な父さんの表情、なんか新鮮だ。

この世界のこと、まだまだ分かんねぇことだらけだけど――不思議と、不安はねぇ。


  

「さぁ、始めようか。」

木剣を握り直す父の背中は、朝日に照らされて誇らしげに見えた。

俺も一歩踏み出す。

こうして、父さんとの初めての剣の稽古が始まった。

 

最初は構えの確認から。

木剣を両手で握り、足を肩幅に開く――父さんに言われた通りに真似るけど、なんかぎこちねぇ。

「肘、少し下げてみろ。腰の向きはこうだ。……そうそう、いいぞ。」

父さんが横から軽く手を添えて、姿勢を正してくれる。

その動き一つひとつが無駄なく、自然で、まるで職人みたいだ。

 

「よし、じゃあ素振りをやってみよう。最初はゆっくり、力を抜いてな。」

言われた通りに剣を振ってみる。

振るたびに木剣が風を切る音が、耳に心地よく響く。

「ふむ……悪くない。力の入れ方が素直だな。……お前剣の才能があるのかもな。」

「ほんとに?」

「嘘は言わんさ。さて、次は打ち込みだ。」

父さんが剣を軽く構えた。

 

多分、ここに打ち込めってことだろ。

俺は父さんの胸元めがけて木剣を振り下ろした。もちろん全力じゃねぇ。けれど――

「おっ……。」

父さんが軽く目を細める。

木剣は父さんの剣に難なく受け流されたけど、その一瞬、俺の体に何か“ズレ”みたいな感覚が走った。

 

――俺、今、ちゃんと頭で考えて動いたか?

次の一撃。

足が勝手に動く。

間合いに踏み込み、腕が自然に振り下ろす。

 

――カンッ!

木剣同士がぶつかり、乾いた音が庭に響く。

父さんは軽く受け止めたまま、ちょっと眉を上げた。

「……リオ、お前……。」

「え、なに? なんか変だった?」

「いや、むしろ……驚いた。形は拙いのに、無駄がない。妙に筋が通ってる。」

 

俺は思わず木剣を見下ろす。

確かに、さっきから――体が勝手に動いてる気がする。

でも、全然怖くねぇ。不思議なくらい、落ち着いてる。

 

「続けよう。次は防御だ。」

父さんが構え直し、今度はこっちに踏み込んでくる。

速い。木剣がうなりを上げて迫る。

反射的に剣を構える――

 

――ガン!

腕に衝撃が走ったけど、しっかり受け止められた。

(今の……見えた。いや、読めた?)

自分の反応に自分で驚く。

頭で考える前に体が動く。そんな感覚が続いてた。

 

「ふむ……リオ。お前、剣術は初めてのはずだよな?」

「うん。本とかで見たことはあるけど、実際に振ったのは初めて。」

父さんはしばらく俺をじっと見て、ふっと小さく笑った。

 

「覚醒するのも、そう遠くないのかもな。」

「覚醒? 何か特別な力が目覚めるとかですか?」

RPGのイベントみたいな響きだな。

この体に、隠された力とかあったりして……?

「あぁ、人によって違うけどな……そのうち、わかるよ。」

父さんはそう言って、木剣をあの異空間にしまった。

「さて、疲れただろ? ちょっと休憩しようか。」


 

休憩中、何人かの大人が家を訪ねてきた。

そこで今さらながら、父さんの名前がヴァルクで、家名がヴィサスだってことを知った。

ってことは、俺の名前はリオ・ヴィサスだ。


 

「さて、休憩も終わった! 模擬戦やるか!?」

父さんが目を輝かせて言うと、庭いじりをしていた母さんがパッとこっちを見た。

スコップを片手に、ズンズン歩いてくる。

 

「ちょっと、ヴァルク。本気でやるつもりじゃないでしょうね?」

その声は穏やかだけど、めっちゃ鋭い。

父さんがバツが悪そうに笑う。

 

「いや、まぁ、軽くだぞ? ちゃんと加減するし。」

「軽くだろうが何だろうが、子ども相手に模擬戦なんて。」

母さんは俺の方を見て、ちょっと眉をひそめた。

「リオ、疲れてない? 無理することないからね。」

「だ、大丈夫だよ。僕、やってみたい!」

そう答えると、母さんは一瞬目を丸くして、ふっとため息をついた。

 

「はぁ……わかったわ。でも、お父さんが本気出しそうになったら――スコップで頭叩くからね。」

「え、それは冗談だよね……?」

母さんの微笑みは、何も答えてくれねぇ。

父さん、明らかに一歩下がってるぞ……。


 

「さ、さて、模擬戦始めるか。」

構えを取ると、風がそっと頬を撫でた。

さっきの稽古とは違う、ピンと張り詰めた空気が流れる。

(これが――模擬戦。)

木剣を握る手に、自然と力が入った。

 

「準備はいいな?」

「いつでも!」

「じゃあ――始めるぞ!」

父さんの足が地を蹴った。

俺も、それを迎え撃つように踏み込む。

 

――ガンッ!

木剣同士が鋭くぶつかり合う。

(速い――けど、見える!)

体が自然に反応する。

動きが、まるで流れの中で繋がっていく感覚。

さっきの稽古とは違う、俺の中で何かが加速してる――。

 

木剣を受け、流し、打ち込む。

まるで呼吸するように。

父さんが、ふっと笑った。

「……面白い。少し本気出すか!」

 

次の瞬間――父の木剣が、風と共に迫る。

さっきまでとは桁違いの速さ。

反射的に防御を試みるが――

(――間に合わねぇ!?)

 

と思った瞬間、腹にすさまじい激痛が走った。

「やっちまった!!」

父さんの木剣が、俺の腹にモロにクリーンヒット。

そのまま俺は吹っ飛ばされ、家の塀にドンッと突っ込んだ。

 

「おい、リオ! 大丈夫か!?」

「ちょっと、あなた! 本気出さないって言ったでしょ! リオ……大丈夫?」

 

痛ぇ。

でも、それ以上に――何かが目を覚ました感覚があった。

体の奥、胸の中心から熱が湧き上がる。

まるで眠っていたものが呼吸を始めたような、脈打つ力。

視界が一瞬、光に染まった。

時間がゆっくり流れた気がした。

何か、分かった。

 

「父さん、続きを。」

俺の声が、わずかに低く響いた気がした。

父さんが俺を見つめる目が、ふっと細められる。

「……分かった。」

 

父さんの目が、さっきより鋭くなってる。

でも、どこか楽しそうでもある。

俺も木剣を構え直す。

できるところまで、やってみよう。

 

「来い、リオ。」

その一言が合図だった。

次の瞬間、父さんの姿が消えた――いや、錯覚するほどの速さで動いた。

 

(速――っ!)

反射的に剣を横に振ると、父さんの木剣がそこにあった。

一瞬遅れてたら、肩に当たってたかもしれねぇ。

「今のが見えてるのか。よし、もう一段階上げるぞ。」

 

言葉と同時に、父さんの剣圧が変わった。

重く、鋭く、強く――俺の木剣はすぐに押し負けそうになる。

(やべぇ……!)

でも、不思議と怖くはなかった。

むしろ、体のどこかが熱くなってる。

剣を構え直し、一歩踏み込む。

 

――カンッ! ガンッ!

木剣が何度もぶつかり合う。

父さんは余裕で受け流してるけど、俺の動きは止まらなかった。

――と、次の瞬間。

視界の端に、黒い“ひび”みたいなものが走った。

(……え?)

意識が一瞬、遠のきかける。

胸の奥が、何かに触れられたように熱い。

 

「リオ!」

父さんの声で我に返った。

同時に、木剣が手から落ちてた。

呼吸が少し乱れて、胸の熱がまだ脈打ってる。

 

「大丈夫か……?」

父さんがそっと肩に手を置いてくる。

その表情は真剣そのものだった。

 

そこに、母さんが駆け寄ってきて、俺を抱きかかえるようにしゃがみ込んだ。

「ちょっと、あなた! 本気出さないって言ったでしょ! こんなに倒れるほどって……。」

母さんの目にはうっすら涙が浮かんでる。

俺は苦笑しながら、どこかくすぐったい気持ちでその心配を受け止めた。

 

「大丈夫だよ、母さん。父さん……よく分かんねぇけど、何か分かった気がしたよ。」

母さんは少し安心したように、俺の頬を軽く撫でて、そっと身を引いた。

 

「それがさっき話していた覚醒だ。お前の中にあるヴィサスの力が目覚めたんだ。」

父さんがポツリと呟いた言葉に、俺はそっと目を見開いた。

 

「ヴィサスの力って……父さんの?」

「ああ。でも、それを詳しく話すのは、もう少し先だな。」

父さんはそう言って微笑んだ。 

母さんはその横で、まだちょっと不満そうに睨んでたけど――。

 

模擬戦はそこで終わった。

 

でも、俺の中では何かが始まりかけてた。

うまく言葉にできねぇけど――この“世界”での俺の「何か」が、動き出した気がした。

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