第5話 目覚め
「さぁ……リオ、目覚めの時だ……」
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「おはようございます、って……あれ?」
誰かに起こされた気がしたけど、誰もいねぇ。
寝ぼけてたのかな?
さて、5年ぶりの起床だ。
どうやら魂を異世界に馴染ませるための5年間の眠りが終わったらしい。
途中、なんか変な夢を見ていた気がするけど、全く思い出せねぇ。
にしても、今日から異世界か。
楽しみだな。
俺はベッドから降りた。
その瞬間、違和感に気づいた。
この体、めっちゃ軽い。
それに、目線がやたら低い。
部屋に立てかけてあった鏡を覗き込む。
そこには、5歳くらいの子供が映ってた。
さらさらの金髪に、宝石みたいな青い瞳。
顔は……かーなり美少年って感じだ。
「これが俺かぁ……なかなかの美少年じゃん。」
そう呟いた瞬間、木の扉が軽くノックされて、ゆっくり開いた。
「リオ、起きてたの?」
入ってきたのは、優しげな雰囲気の女性。
多分、この世界の母親だろう。
後ろから、がっしりとした体格の男性も顔を覗かせてる。
こっちは父親かな?
「今さっき起きたとこ。」
「そう、なら早くご飯食べちゃってね。」
やけにあっさりしてるな……。
5年間寝てたんじゃねぇのか?
ちょっと気になって聞いてみるか。
「昨日の記憶がちょっと曖昧なんだけど……僕、なにしてました?」
俺が何気なく聞くと、二人とも顔を見合わせた。
一瞬、なんとも言えない間が流れる。
「おいおい、どうした? まだ寝ぼけてるのか?」
寝ぼけてねぇよ。
一応、5年ぶりの目覚めとかじゃねぇの?
なんなんだ、この反応?
母さんは不思議そうに目を瞬かせ、父さんは眉をひそめて首を傾げてる。
まるで「何を言い出すんだこいつ」って顔だ。
……いやいや、俺の感覚がズレてんのか?
「昨日もいつも通りだったわよね?」
「いつも通り、部屋でぼーっとしてたな。」
それがいつも通りってどうなんだよ……。
もしかして、俺が寝てた間、この体は抜け殻みたいに動いてたってことか?
そんなことを考えてると、父さんが俺の頭をポンポンと撫でて、「さ、早く朝メシ食いに行くぞ」と部屋を出ていった。
とりあえず着替えて居間に向かう。
テーブルの上には、湯気の立つ素朴な朝食。
パンとスープ、焼き野菜が並んでる。
なんか、こういうのいいな。
父さんと母さんはもう席について食べてる。
俺もさっそく食べよう。
スプーンを取った瞬間、また違和感。
手が小せぇ……。それに、スープの器がなんかデカく感じる。
とりあえず、スープを一口。
……うーん、味が薄い。
元現代人の俺からすると、めっちゃ薄く感じる。
不味いわけじゃねぇけど、なんかこう、元の世界とは別世界に来たって実感が湧いてくる。
パンや焼き野菜も食べてみるけど、やっぱり味が薄い。
でも、まぁ、ちゃんと食べよう。
お残しは許されねぇからな。
ちょうど完食したタイミングで、
「今日はよく食べるなぁ。」
「そうねぇ。」
両親が嬉しそうにこっちを見てくる。
「あ、はい。お腹空いてたんで。」
俺は口元を拭いながら、軽く笑って誤魔化した。
なんか変な感じだな……。
俺にとっては久しぶりの食事だけど、この体にとってはただの日常なんだよな。
朝食の後は、モヤモヤしながら外の景色を眺めてた。
俺が“目覚めた”のは今だ。
でも、この体は、昨日も、もっと前からもここで生きてた。
ってことは……俺は『リオ』って子供の人生に乗っ取る形で入り込んだってことか?
両親に優しくされるたび、なんか心がチクチクする。
俺は“本当のリオ”じゃねぇのに……。
すると、洗い物をしていた母さんが話しかけてきた。
「最近、よく外を見てるわね。何か気になることでもあるの?」
「うん、外に出てみたいなって。」
気になることは山ほどある。
村の雰囲気とか、ここからじゃなんとなくしか分かんねぇし。
「じゃあ、今日、お母さんと一緒にお出かけする?」
これはまたとないチャンスだ。
俺の答えは、
「行きます!」
「ふふっ、今日はずいぶん元気ね。じゃあ、着替えてらっしゃい。」
母さんが優しく微笑んだ。
着替えを終えて母さんのところに戻ると、彼女はもう出かける準備を整えてた。
籠を手に持ってるけど、ただの買い物って感じじゃねぇな。
「今日はお母さんの職場に薬草を持っていくの。治療院に行きましょ。」
治療院か。
村の治療院……なんとなくのイメージはあるけど、実際どんなとこなんだろ。
西洋風の診療所っぽいやつ?
それとも、魔法とかバンバン使う系?
そんなことを考えながら、俺は母さんと一緒に家を出た。
外の空気は澄んでて、太陽の光がじんわり肌を温める。
草の匂いと、どこか遠くの動物の気配。
いかにも「自然の中の村」って感じで、思わず深呼吸したくなる。
道を歩くと、ぽつぽつと民家が並び、石畳じゃなく土の道が続いてる。
畑仕事してるおじさんや、洗濯物を干すおばさんたちが、母さんに気さくに挨拶してくる。
「おはよう、ファラさん!」
「今日もお綺麗ですねぇ!」
「あら、またお世辞が上手なんだから。」
母さんは軽く笑って応えながら、俺の手を優しく引いて歩いていく。
……この距離感、めっちゃ温かいな。
でも――その優しさが、俺の心に刺さる。
(“リオ”って子の人生を乗っ取った俺が……こんな幸せ感じてていいのかよ。)
そんな罪悪感に苛まれてると、母さんが不意に立ち止まり、俺の頭を優しく撫でた。
「リオ? 大丈夫?」
「えっ? あ、うん……ちょっと考えごと。」
「そう。もう少しで着くからね。頑張ってね。」
「……うん。」
母さんの笑顔に、ふと心が和らぐ。
この世界で、俺は『リオ』として生きていく。
今はまだ、気持ちの整理はできてねぇけど……せめて、もらったこの人生をちゃんと大切にしよう。
そう思いながら、母さんと一緒に治療院に向かった。
村の中心に近づくと、少し大きめの建物が見えてきた。
木と石を組み合わせた建物は、他の家より立派で、玄関前には小さな薬草棚が置かれてる。
風に揺れる薬草の香りが、ほのかに鼻をくすぐる。
「ここが治療院よ。さ、入りましょ。」
母さん――ファラがドアを軽くノックすると、中から柔らかい声が返ってきた。
「はーい、どうぞー。」
中に入ると、木造の温かみのある空間が広がってた。
天井からは乾燥させた薬草が吊るされ、カウンターの奥には白衣みたいな服を着た中年の女性がいた。
「あら、ファラさん。いらっしゃい。あら、この子は?」
「うちのリオよ。今日は一緒に薬草を届けに来たの。」
「まぁ、こんにちは、リオくん。はじめまして。」
「はじめまして、リオです。」
俺はちょっと緊張しながら、ペコリと頭を下げた。
「礼儀正しいわねぇ。ファラさんに似て優しそう。」
そう言われて、母さんが照れ笑いを浮かべる。
こういう穏やかな雰囲気、懐かしいようで、なんか新鮮だ。
「ところで、今日はどんな薬草を?」
「いつもの鎮痛と消毒用のものね。少しだけど、質はいいと思うわ。」
母さんが籠の中身をカウンターに並べる。
葉っぱの形や色が微妙に違う。
これを見分けられるって、すげぇ技術なんだろうな。
「すごい、これ、違い覚えるの大変そう……。」
思わず呟くと、母さんが、
「ふふ、リオも覚えてみる?」
急にそう言われて、ビックリした。
「え? 僕……?」
「この子、最近外に興味を持ち始めてね。だったらいろんなことに触れさせてあげようと思って。」
母さんの言葉に、女性が目を細めて笑った。
「いい考えねぇ。じゃあ、ちょっとだけ手伝ってくれる?」
俺は一瞬迷ったけど、頷いた。
「……はい、やってみます。」
「じゃあ、この葉っぱ、触ってみて。痛み止めに使う草なの。柔らかいでしょ?」
女性が優しく草を手渡してくる。
俺はそっと指先で触れてみた。
少ししっとりしてて、ハーブみたいな香りがする。
「この香り……なんか落ち着く。」
「ふふっ、そうね。治すっていうのは、まず安心させることなのよ。」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。
俺はまだ何も分かんねぇ。
でも、こうやって人を癒やす世界もあるんだなって、ほんの少し実感できた。
その後も、薬草の仕分けや簡単な道具の名前を教えてもらいながら、短い時間だけど充実したひとときを過ごした。
帰り道、母さんがそっと俺の手を握る。
「どうだった? 楽しかった?」
「うん、面白かった。」
「それならよかった。」
そう言って微笑む母さんの横顔が、夕日に照らされてキラキラして見えた。
俺はこの世界で、“リオ”として生きていく。
そう思えたことが、今日一番の収穫だったのかもしれねぇ。




