第3話 転生の瞬間
目が覚めると、目の前に見知らぬ天井があった。
一瞬、病院か?って思ったけど、違うな。
だって、病院にあるあの耳障りな機械の音が聞こえない。
それどころか、人の話し声も何も聞こえねぇ。
まさに無音。
じゃあ、ここは一体どこなんだ……?
体を起こして周りを見渡してみた。
その瞬間、違和感に気づいた。
「体……全然痛くねぇ。」
黒コートに滅多刺しにされたはずの体が、まるで何ともねぇみたいだ。
ベッドから降りて、服をめくってみる。
制服じゃなくて、軽い白い布に変わってる。
胸も腹も、血まみれだったはずの傷が一つもねぇ。
まるで何もなかったかのようだ。
部屋をを見渡してみる
部屋の中には、俺が寝てたベッドと棚があるくらいで、他には何もねぇ。
棚の中には本が数冊しまってある。
背表紙の文字は、なんだか分からない。
試しに一冊手に取って、ページをめくってみた。
そこには見たことねぇ文字で何か書いてある。
当然、読めねぇ。
「ダメだこりゃ。」
本を棚に戻した。
ここにいても何も分かんねぇってことが、よく分かった。
とりあえず外に出てみるか。
俺は扉に手をかけて、ゆっくり開けた。
外は真っ白な空間で、雲がフワフワ漂ってる。
一歩踏み出したら、床がフワッとしてて気持ち悪い。
思わず膝を曲げてバランスを取った。
空間が白すぎて、どこまで続いてるのかさっぱり分かんねぇ。
なんか夢の中を歩いてる気分だ。
足元を確認したけど、落ちる気配はねぇ。
雲の近くまで歩いて、しゃがんでみた。
フワフワ揺れてるけど、触るとスッと手が抜ける。
「なんか天国みたいだなぁ。」
雲しかない空間をうろうろしながらぼやいてると、後ろから声がした。
「ここは天国ではありませんよ。」
聞き覚えのある声。
黒コートに「女神」と呼ばれてた声だ。
振り返ると、そこには白髪の女が立ってた。
白いドレスが雲みたいにフワッと揺れて、長い白髪が光の粒に溶けてる。
金色の目が穏やかに俺を見つめてて、なんか吸い込まれそうな雰囲気だ。
背中には翼が生えてて、いかにも天使って感じ。
翼は光を反射して、微かにキラキラしてる。
白髪が揺れるたび、雲が動くみたいに空間が揺らいだ。
金色の目は優しいけど、なんか深い秘密を隠してる気がして、目が離せなかった。
「私についてきてください。」
彼女はそう言って、優しく微笑んだ。
名前も何も言わねぇけど、雰囲気はまじで女神って感じだ。
「ついてくって、どこに?」って一瞬思ったけど、声には出さなかった。
彼女の金色の目がじっと俺を見てて、安心する反面、変な緊張もあった。
微笑んだまま、彼女は雲の奥を指さした。
歩き出すと、雲がスーッと分かれて道ができた。
俺は黙って後ろをついていった。
雲の隙間から光が強くなって、頭がボーッとしてきた。
ふと、黒コートの「魂を回収」って言葉を思い出した。
そもそも、俺はこの人に付いていってもいいのか?
この「女神」と呼ばれてた奴も、魂を預かるとか言ってたよな……。
一応、警戒しておくべきか?
何かできるってわけでもねぇけど。
「つきましたよ。」
前を見ると、白い柱がそびえる宮殿みたいな建物が現れた。
壁は光を反射してキラキラしてて、雲が漂う空間に浮かんでるみたいだ。
柱には細かい模様が彫ってあって、近くで見ると光が動いてるように見えた。
女神は振り返らずに中へ進んだ。
俺もついていくと、広い部屋に通された。
真ん中に白いテーブルがあって、ティーカップが二つ置いてある。
なんか現実の喫茶店みたいで、妙に落ち着いちまう。
「座ってください。」
彼女が静かに言って、俺の前の椅子を指した。
俺はとりあえず素直に座った。
なんか変に緊張するな。
彼女も向かいに座って、ティーカップに手を伸ばした。
普通にお茶飲む雰囲気で、頭が混乱した。
「飲まないのですか?」
この部屋に来てから30分くらい経った頃か。
俺がこの紅茶?に口をつけないから、不思議に思ったんだろう。
いや、確かに飲まねぇのには理由がある。
まず、俺、紅茶が飲めねぇんだ!
でも、それ以外にも理由があって……。
「俺の魂を体から引っ張り出す薬とか、入れてないですよね……?」
さっき魂関連の話を思い出したせいか、つい警戒しちまった。
「そんなに警戒しないでください。変な毒なんて盛ってませんよ。」
彼女はクスッと笑って、ティーカップを口に運んだ。金色の目がちょっと細まって、なんか楽しそうだった。
「それにもう、あなた死んでるんですから。体から魂は抜けてますよ。」
あ、やっぱ死んでるんすね、俺。
一瞬、夢かと思ってたけど、違いますか。
そうですよね。
「まぁ、死んだって実感、湧かねぇですけど。」
俺はカップを手に持ったまま、テーブルに視線を落とした。
コンビニの血まみれの床が頭をよぎった。
「なんで俺をここに連れてきたんですか?」
ずっと気になってたことを聞いてみる。
「話し相手が欲しかった。そんな理由じゃダメですか?」
ホントかよ?
確かにこの宮殿、俺たち以外に誰もいる雰囲気ねぇな。
神なら召使いの一人くらいいてもおかしくねぇのに、そんな気配もねぇ。
でも、だからって一般人をこんなとこ連れてくんのか?
「そんなに警戒され続けると、さすがに傷つきますよ。」
めっちゃ悲しそうな顔でこっち見てくる。
もしかして、マジで話し相手要員で連れてこられたとか……ねぇよな?
「他に理由がない、と言えば嘘になりますが。」
他に理由あるんかい。
「あなたは友を救うため、命を捧げました。その勇気が、私があなたを選んだ理由です。」
蓮のことか。
ガラスドアが閉まる音と「ごめん!」って声が頭に浮かんだ。
「蓮、生きてるんですよね?」
つい口に出ちまった。
彼女は静かに頷いた。
「はい。彼は生きています。あなたの選択が彼を救いました。」
胸のモヤモヤがスッと消えた。アイツ、逃げ切ったんだ。
よかった。
アイツが生きてるなら、俺の死も無駄じゃなかったろ。
「なぁ、黒いコートの女、あれは何なんですか。知り合いみたいですけど。」
気になることは山ほどあるけど、もう一個気になってたことをぶつけた。
ピンクと青の目と、あの冷たい「魂を回収」の声がよぎる。
「彼女は魂を運ぶ者。私は新たな生を与える者。役割が違うだけです。」
なんかハッキリしねぇ答えだな。
「あんたは黒いコートの魂の回収を妨害して、俺の魂をここに運んだわけですけど、俺はどうなるんですか?」
俺はカップを置いて、彼女をじっと見た。
紅茶は結局飲まなかった。
彼女の金色の目が一瞬キラッと光って、軽く微笑んだ。
「妨害だなんて、ちょっと大げさですね。」
彼女はクスッと笑って、ティーカップをテーブルに置いた。
「黒いコートの彼女は魂を運ぶだけ。あなたの魂は、私が新たな道のために選んだんです。」
やっぱハッキリしねぇけど、なんか大事なこと言ってるっぽいな。
「それってどんな道なんすか?」
俺は少し身を乗り出して聞いた。
蓮が生きてるって聞いて、ちょっと気が楽になったせいか、口調が軽くなってた。
「あなたがいた世界とは別の世界で、もう一度生きてください。あなたたちの世界で言うなら、剣と魔法の世界ってやつですよ。」
剣と魔法? めっちゃゲームみたいじゃん
なんか悪い気はしない。
「そこで、俺は何すりゃいいんすか?」
もう一個突っ込んでみた。彼女の翼が微かに揺れて、部屋の光がチラッと反射した。
「それはあなたが選ぶこと。自由に生きてください。」
自由、ね。
「では、行きますか? 準備はできていますか?」
彼女が立ち上がって、穏やかに聞いた。
準備も何も、頭の整理は全然できてねぇ。
でも、この金色の目を見てると、進むしかねぇって気分になる。
「まぁ、ここまで来たら行くしかねぇでしょ。」
俺は立ち上がり、軽く肩をすくめて答えた。
彼女はニコッと笑って、テーブルに手を置いた。
「では、転生の儀を始めます。」
さっきまであったテーブルが消え、足元に魔法陣が浮かび上がった。
「あなたの魂が異世界に馴染むには時間がかかります。なので、転生にあたり、5年ほど眠ってもらいます。」
魔法陣が光って、体がフワッと軽くなった。
彼女が手を動かすたび、陣の模様がスーッと変わって、頭がクラクラした。
5年寝るって、どんな気分なんだろ?って一瞬思ったけど、考える暇もなかった。
「次に、転生にあたって私からの贈り物です。言葉が分からないと不便でしょうから、異世界の言葉が分かるスキルを与えます。」
言語スキル? それだけ?って一瞬思ったけど、さっきの本を思い出して、まぁ助かるか、って納得した。
「それは助かるな。さっき本読もうとしたけど、全然読めなかったんで。」
「喜んでもらえて何よりです。」
その後も、目の前の女神は魔法陣を動かして転生の準備を進めていく。
俺は頭がクラクラしてて、それを見てることしかできなかった。
突然、女神が質問してきた。
「ちなみに、紅茶は嫌いですか?」
急に何だよ、って思ったけど、彼女の目がちょっとイタズラっぽくて、つい笑っちまった。
「嫌いっすね。」
彼女はクスッと笑って、
「全く飲んでなかったですもんね。次は別の飲み物を準備します。」
まるで次があるみたいな言い方だな。
「さて、準備完了しました。」
気づけば、最初は足元にしかなかった魔法陣が数十個に増え、周囲を漂ってる。
空気がビリビリして、光が波みたいに揺れて、目がチカチカした。
にしてもついに異世界か。せめてお礼くらいは言っとくか。
「女神様、ありがとうございます。俺に第二の人生を歩ませてくれて。」
「いえいえ、それにお礼を言うのは私の方ですよ。」
お礼?俺、何かやったっけ?
「どういうことですか?」
「長い間、話し相手がいなかったので。短い間でしたけど、楽しかったです。」
話しただけだろ。
絶対お礼言われるようなことじゃねぇ。
案外、謙虚だな、この人。
「では、頑張ってくださいね。」
女神が手を振ると、目の前の全てが光に溶けた。
体がフワッと浮いて、温かい光に包まれた。
「うおっ……!」
金色の目が最後にチラッと見えて、意識が遠のいた。
全部が白くなった。
ここから――何か始まるらしい。
俺の新しい、異世界での生活が。




