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黒と白の異世界物語  作者: 如月
第二章 ノルディア剣魔大会
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第28話 ノルディア剣魔大会3

会場の扉がゆっくりと開く。その向こうから、まばゆい光と、観客たちの歓声が一気に押し寄せてきた。


 「……行こう、マユ。」


 俺は小さく息を吐きながら言った。マユは頷き、無言のまま並んで歩き出す。


 観客席はすでに熱気に包まれていた。目の前に広がるのは、巨大な闘技場。その中央に設けられた決戦の舞台に、俺たちはゆっくりと足を踏み入れる。


 「さあ皆さん、お待たせしました! いよいよ――決勝戦の開幕です!」


 場内に響く実況の声が、さらに歓声をあおる。観客たちは名前を呼び、手を振り、足を鳴らして応援を送っていた。


 「決勝戦の組み合わせは――リオ・ヴィサス&マユ組 VS オムイス&カロイ組!」


 まるで嵐のような歓声が、俺の鼓膜を打った。けれど不思議と、騒がしさの奥で、ひとつだけ聞き慣れた声が届いてくる気がした。


 「……リオ……やってこい!」


 視線を上げると、観客席の端で、父さんが拳を握りしめていた。口は硬く結ばれているけど、目は真っ直ぐに俺を見ている。


 ――分かってるよ、父さん。見ててくれ。


まばゆい光に包まれた闘技場の中心で、俺たちは立ち止まった。砂の匂い、足元に伝わるざらつき。目の前には、すでに対面する形で立つオムイスとカロイの姿。


 マユは隣でそっと息を吐いた。顔はいつもより少しだけ強張って見えるが、目の奥には確かな覚悟が宿っている。


 俺たちは頷き合う。言葉はもういらない。やるべきことは、すでに決まっている。


 「両チーム、位置についてください!」


 審判の声が高らかに響くと、観客のざわめきが少しだけ静まった。張り詰めた空気の中、俺はゆっくりと歩みを進め、指定された位置に立つ。


 カロイは相変わらずにやついた顔でこちらを見ていた。だがその後ろで、オムイスが一歩前に出て、じっと俺を見つめている。柔らかなその目の奥に、決して折れない火が灯っているのを、俺は見逃さなかった。


 ――これが最後の戦い。全力でいく。


 「――決勝戦、開始!」




 その瞬間、場内の空気が一気に張り詰めた。


 だが、誰も動かなかった。


 砂埃が舞い上がる中、俺とマユは敵の動きをじっと見据える。カロイは相変わらず、口元に薄笑いを浮かべたまま、微動だにしない。目の前にいるオムイスも、無駄に体を動かさず、腰に手を添えたまま静止していた。彼の視線は、鋭く俺に向けられている。


 ――一気に仕掛けてこない。探り合いか。


 俺も同じように、動きを封じた。息を整えながら、相手の次の動きを見極める。今は焦る必要はない、どこかで隙を見つければいい。それが分かっているから、俺はじっと待つ。


 だが、すぐにチャンスが訪れた。


 マユが少しずつ間合いを詰め、オムイスの視線が一瞬、彼女に移った。そのわずかな隙に、俺は動き出した。


 「――スフィア」


 心の中でつぶやきながら、俺はスフィアを展開する。カロイの背後にひっそりと展開し、すぐにスフィアから剣を射出した。音もなく、まるで風のように突き刺さるように進むその刃。


 「っ――!」


 カロイは驚いた様子で一歩後ろに飛び退くが、すぐにその動きを察知して身体を反転させる。剣は、カロイの頬をかすめ、わずかな傷を残す。


 「……くそが!」


 カロイが怒りを露わにしながら声を上げる。その目には、明らかな憤怒の炎が宿っていた。だが、俺は一歩も退かず、冷静に構える。


 「オムイス、撃ち落とせ!」


 カロイが叫ぶと、オムイスはその命令に従い、冷静に前に出て、すぐに魔法を展開し始めた。だが、俺はすでに次の手を準備していた。


 「スフィア!」


 スフィアを再度展開し射出した剣を収納する。


 

スフィアを手元に再展開すると、空間が淡く軋むように揺れ、裂け目のような歪みが宙に浮かび上がる。


 「よし、回収。」


 その言葉とともに、裂け目の中から俺の剣がするりと滑り出し、手の中に収まった。手応えは変わらず、刃も損傷なし。俺はそのまま剣を軽く振るって砂を払い、鋭い音を響かせる。


 「どうした、カロイ。焦ってんのか?」


 わざと軽く笑ってやると、カロイの顔がぴくりと引きつる。頬の傷が、赤く滲んでいた。


 「……何つった……?」


 怒りのままに踏み出そうとするカロイの肩を、オムイスが無言で押さえる。淡々と、しかし確実に魔力が彼の手のひらに集まりつつあった。


 「ほら、来いよ。――前までの俺とは、ちょっと違うぜ?」


「てめぇ……舐めてんのかよォ……!」


 カロイが奥歯を噛みしめながら、腰の剣を抜き放つ。その刃が空気を裂いた瞬間、彼の全身から熱気が立ち上った。


 「――フレイムエッジ!」


 怒号とともに、カロイの剣が紅蓮の炎に包まれる。柄から刃の先まで、燃え盛るような魔力が纏い、剣そのものがまるで火焔の化身のように変貌する。


 「焼き尽くしてやるよ!!」


 燃える剣を振りかざし、カロイが地を蹴る。その勢いは、先ほどまでの静寂が嘘のような、真っ向からの突撃だった。


燃え盛る剣を振り上げたまま、カロイが一直線に突っ込んでくる。その勢いはまさに猛火のごとく、踏み込むたびに地面が焼け焦げる。


 「マユ、サポート頼む!」


 俺が声をかけると、マユはすぐに頷いた。


 「わかってる!」


 マユの手元に魔力の光が集まる。支援魔法か、それとも妨害か。だが――。


 「させないよ!」


 オムイスが呟くと同時に、鋭い風の刃がマユの詠唱に向けて放たれた。咄嗟に防御結界を張るマユだったが、集中は寸断され、魔力の輝きが一瞬で掻き消える。


 「くっ……!」


 マユが悔しげに歯を噛みしめるのを横目に、俺はカロイの炎剣に狙いを定めて駆け出す。


「……コピア」


 俺はカロイの剣先に燃え上がる炎を見つめ、静かに呟く。目指すは《フレイムエッジ》の模倣。かつて一度、模倣を試みて、そして――派手に失敗した技。


 (前と同じ流れ……だが、今度こそ――)


 魔力を剣に流し、炎の属性構成を組もうとした瞬間。剣がびりびりと震え、嫌な手応えが走る。


 (……ダメだ、また暴走する)


 火属性の魔力が不安定に渦巻き始める。あの時と同じだ。剣先が光熱を帯び、爆ぜる寸前だった。


 「……チッ」


 魔力の流れをすぐに断ち、構成を強制中断する。剣はただの鋼へと戻り、危うく大爆発は免れた。



 けれど、迷ってる暇はない。カロイはもう目前まで迫っていた。


 「なら……正面から、受ける!」


 俺は剣を振り上げ、炎を纏った剣と、自らの刃を真正面からぶつけにいった。



「うおおおおッ!!」


 炎を纏ったカロイの剣が唸りを上げる。その赤い軌道は、まるで蛇が獲物に食らいつくようにしなやかで凶暴だった。


 「っ……!」


 俺も負けじと剣を振るう。金属と金属が衝突し、耳をつんざく火花が飛び散った。


 ギィンッ!!


 二度、三度、四度――剣が交わるたび、振動が腕を痺れさせる。カロイの《フレイムエッジ》は一撃ごとに重さを増し、熱を帯び、俺の剣を焼こうとしてくる。


 「どうしたよリオォッ! さっさと降参したらどうだ!?」


 「……誰が降参なんかするかよ!」


 言葉を交わす暇すら惜しんで、俺たちは次々と剣を振るう。剣戟の衝突で地面が抉れ、周囲に砂埃が巻き上がる。


 「マユ、援護を――!」


 「わかってるッ!」



 マユが後方で魔法を展開するが、そのたびにオムイスの冷静なカウンターが飛んでくる。火球、水弾、風刃――どれも精密に、確実にマユの魔法を打ち消していく。


 「マユちゃんは僕が見とくから、カロイはリオに集中して。」


 オムイスの声が響く。マユは苦しげに唇を噛んだまま、詠唱をやめないが、魔力の流れは寸断され続けていた。


 「……っ、マユは援護できそうにないな」


 俺は苦笑しながら視線をカロイに戻す。


 「じゃあ、一人でやるしかねぇな――!」


 フレイムエッジを纏った剣が再び迫る。カロイの突進、俺の迎撃。剣と剣が火花を散らし、会場の空気がどんどん熱を帯びていく。


 観客すら声を飲み込んで見守る中、俺はただ、正面から全力でぶつかるしかなかった。


「くっ……!」


 カロイのフレイムエッジが猛攻を繰り出す。だが、何度目かの衝突の瞬間、俺は思い切って力を抜いて一瞬だけ剣を引く。


 その隙にカロイが勢いよく突進してくるのを、俺は巧みにかわす。剣が空を切り、カロイの体勢が崩れるのがわかった。


 「今だ!」


 俺はその隙を逃さず、後ろに一歩引いて距離を取る。空気を切り裂くような一撃をかわしただけで、少しだけ呼吸を整える。


 「……っ!」


 カロイもすぐに体勢を立て直し、怒りを滲ませた顔で俺を睨む。しかし、俺はそのまま一瞬の隙を見逃さず、すぐに自分の剣に手をかけた。


「響け……」


 俺は剣に手をかけ、内なる魔力をすべて集中させる。目を閉じ、手元に感じる雷の力を呼び起こす。それはまるで、空の雷鳴のように鋭く、強烈なエネルギーが剣に宿っていく感覚だった。


 「今度こそ、全力で――!」


 その瞬間、剣の先端から稲妻が跳ねるように放たれ、目の前で青白い光を放ちながら雷の力が剣にまとわりつく。その魔力が剣身に伝わり、光の筋が空気を震わせ、周囲の温度を一気に下げていく。


 「行くぞ、カロイ!」


 再び、俺は前に出る。雷の魔力を纏った剣をカロイに向けて一気に振りかざす。



カロイはその一撃に対し、顔を歪ませて後ろに退く。だが、雷の閃光が一気に迫り、彼はその身を全力で守ろうとする。


 「くっ、こんなもの――!」


 炎をまとったフレイムエッジを強く振るい、雷の力に抗おうとするが、雷の魔力はその勢いを増し、カロイの剣を一瞬で覆うように圧倒的な力を振るう。フレイムエッジの炎が激しく揺らぎ、次第にその光が薄れていく。


「こんな奴に……!」


 カロイが悔しげに歯を噛み締めたその瞬間――


 「――《風刃散弾エア・スプリット》!」


 突如、鋭い風の刃が横から飛来し、俺の雷気を断ち切るように剣に絡みついた。


 「っ……!?」


 反射的に剣を引いた俺の視界に、オムイスの姿が滑り込む。彼は風の魔力をまといながら、無言のままカロイの前に立ち、構えを取っていた。


 (……なんで、こいつがここに?)


 眉をひそめた俺は、すぐに視線を会場の片隅へ走らせた。


 「マユは……?」


 いた。地面に崩れた姿で、膝を抱えるように小さくなっている。肩がわずかに上下しているが、もう立ち上がれる様子ではなかった。


 (魔力切れか……!?)


 俺はすぐさまマユのもとへ駆け寄った。彼女は地面に膝をつきながらも、意識ははっきりしていて、息を整えようと必死に耐えている。


 「マユ、大丈夫か!?」


 声をかけると、マユはうっすらと顔を上げ、俺に小さく笑いかけた。


 「……うん、大丈夫……ちょっと、魔力が……切れちゃっただけ……」


 苦しそうな呼吸の中に、強がるような口調が混じる。


 「無理するな。もう動かなくていい、あとは俺が――」


 「リオ……気をつけて。あいつら何かする気だよ……」


 その言葉と同時に、空気が重くなる。背筋が粟立つほどの魔力の共鳴。振り返ると、カロイとオムイスがすでに連携の構えに入っていた。


 「――フレイムエッジ!」


 カロイの剣が再び炎に包まれ、その輝きはさっきとは比べ物にならないほどだ。そして、すぐ背後に控えるオムイスが、指先から魔法陣を展開する。


 「増幅の陣エンチャント・リング!」


 風と炎の魔力が混じり合い、激しく揺れる空気が観客席まで押し寄せる。


 「リオ、離れて……これは、くる……!」


 マユが必死に声を張った。


 (……ここで、決め切るつもりか)


 「やるぞ、オムイス!」


 「うん!」


 カロイが火花を散らして動く。背後へ、一気に回り込む軌道。目にも止まらぬ速さで俺の背中を狙ってくる。


 「――《閃撃・裏翔バックブレイズ》!」


 その瞬間、オムイスが両手を広げる。


 「《裂空・風衝斬スカイ・ヴァレイ》!」


 鋭く広がる風刃が、正面から波のように迫る。前後同時――挟み撃ち。


 「くっそ……!」


 咄嗟にマユを背後に庇うように立ちふさがり、俺は剣を構え直す。


 (守るしかねぇだろ……全部、受け止めてやる!)


 だが――その時。


 「……《ルミナスヴェール》……!」


 か細く、けれど確かに届いた声。


 次の瞬間、淡い金色の光が俺たちを包み込んだ。まるで陽だまりのような、優しくも力強い光の障壁。正面から迫る風刃も、背後から迫る炎の一閃も、その光に触れた瞬間、勢いを殺されるように弾かれた。


 「マユ……!」


 振り返ると、マユが膝をついたまま、手をわずかに掲げていた。だが、その腕はすぐに力を失い、ゆっくりと地面に落ちていく。


 「――っ」


 彼女の身体が、音もなく崩れるように倒れ込んだ。


 「マユ!」


 慌てて駆け寄ると、彼女はすでに意識を失っていた。けれど、顔にはどこか安堵のような表情が浮かんでいる。

 

「……あれを、受けきった……?」


 カロイが、信じられないものを見るように呟いた。炎の剣を握る手が、微かに震えている。


 「連携までしたのに……何だよ、あの光は……」


 オムイスも唖然としながら、肩で息をついていた。風の魔力がまだ空気中に渦巻いているというのに、彼の眼差しはもはや次の一手を見てはいなかった。


 「……すまん、少しだけ時間をくれ」


 俺はそう言って、マユの身体をそっと抱き上げる。ふたりは言葉を返さなかった。ただ、その目が「分かった」と告げていた。


 試合の緊張が張り詰めたままの会場の中、俺は静かに駆け出す。


 控えエリアの入口まで走ると、待機していた大会係の男がこちらに気づいて駆け寄ってきた。


 「その子は……!」


 「魔力切れです。あそこに置いとくには危険なのでなんとかしてください。」


 「わかりました、こちらへ!」


 男は手早くマユの身体を受け取ると、控えのテント内にある簡易ベッドへと案内してくれた。毛布をかけ、誰かが水を運び、別の係員が治癒魔法の準備を始める。手際のよさから、こうした事態にも慣れているのが分かった。


 マユの安らかな寝顔を確認してから、俺は立ち上がり、静かに踵を返す。


 「……戻ります」


 「ちょ、ちょっと待ってください!」


 係の男が慌てて声を上げた。


 「君、一人で戦うつもりですか?」


 その問いに、俺は振り返らずに答える。


 「やるだけやる。それだけです」


 その言葉に、しばし沈黙が落ちた。だが次の瞬間――


 「……その覚悟、本物ですね」


 小さく頷いた係の男が、何かを差し出してきた。マユのローブと杖だった。


 「彼女のものです。持っていってください。」


 「ありがとう」


 ローブはサイズが合わないが、それでも羽織ると妙に落ち着いた。杖を背に差し、剣の柄を握り直す。


 そして、再び俺は戦場へと走った。


 ――場内に戻ると、観客の視線が一斉に集まった。


 剣を携え、少女のローブと杖を身につけた少年の姿に、誰もが息をのむ。


 オムイスとカロイが、すでに構えを取って俺を待っていた。二人の瞳には、さっきまでとは違う熱が宿っている。


 「戻ってきたか、その覚悟だけは認めてやるぜ」


 カロイがニヤリと笑い、剣を肩に担ぐ。


 「でも、情けは無用。本気でいくよ」


 オムイスが低く構えながら告げる。風が彼の周囲で螺旋を描き、鋭い気配を放っていた。


 「いいさ。こっちも――そのつもりだ」


 俺は剣を構え、静かに深呼吸する。マユのローブが風に揺れ、背の杖がかすかに音を立てた。


 先ほどの攻防で体の節々は軋んでいたが、意識は冴えていた。痛みすらも、今の俺には必要な熱だ。


 審判が、恐る恐る手を上げた。


 「……再開! 第二ラウンド、始めッ!」

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