表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒と白の異世界物語  作者: 如月
第二章 ノルディア剣魔大会
26/28

第26話 ノルディア剣魔大会1

 陽の光を受けて、仮設競技場の入口は白く輝いて見えた。踏みしめる足元の土はよく踏み固められていて、ここがこの日だけの場所とは思えないほど整っていた。


観客のざわめきが、一歩進むごとに大きくなる。歓声、どよめき、笑い声……そのすべてが、俺の鼓動と混ざって加速していく。


 「リオ……ちょっと、手……握っててもいい?」


 マユが小さな声で言った。見ると、彼女の手はわずかに震えている。


 「ああ、もちろん」


 そっと手を握ると、マユは安心したように笑った。そしてそのまま、俺たちは並んで競技場の中央へと歩き出す。


 周囲を囲む観客の視線が、一斉にこちらへと向けられる。誰もが、これから始まる一戦を見届けようとしていた。


 「第一試合、リオ、マユ組、入場!」


 声が響き、歓声が上がる。その中で、俺は深く息を吸った。


 「……さあ、やろうか」


 小さく呟いたその言葉は、観客には聞こえない。でも隣のマユは、しっかりと頷いていた。


 ――その時だった。


 「リオー!思いっきりやってこーい!」


 観客席の上段から響いた、聞き慣れた太い声。振り返らずとも分かる。父さんだ。


 思わず笑みがこぼれる。たった一声だったけど、それだけで胸の奥にあった緊張が、ふっと軽くなった気がした。


 父さんの声に背中を押されるようにして、俺たちは競技場の中央へと足を踏み入れた。足元はしっかりと整地された土。歩くたびに靴の底が細かく砂を踏みしめる。


 対面のゲートが開く音が響いた。俺たちの最初の対戦相手が現れる。


 現れたのは、長身で鋭い目をした青年と、小柄で素早そうな少女。どちらも見た目からして経験者の風格を漂わせていた。武器の構えも無駄がなく、油断ならない相手なのが一目でわかる。


 「……いきなり強そうだね」


 マユがぼそりと呟く。俺は頷いて、視線を前へ戻した。


 「でも、やることは変わらない。俺たちのやり方で、ぶつかるだけさ」


 その時、観客席のざわめきが静まり、審判役の男が手を挙げて告げる。


 「第一試合――開始!」



 風を裂くような合図とともに、試合が始まった。


「行くよ、マユ」


「うん!」


 俺は軽く手を振る。空間が軋み、裂け目が走る。その奥から現れたのは、俺の愛用の剣。


 剣を引き抜いた瞬間、足元に力を込めて跳ねる。地を蹴り、長身の男、レーンへと一直線に距離を詰めた。


「なっ、速——」


 言葉が終わる前に、俺の剣がレーンの肩に迫る。彼は慌てて曲刀を振るうが、狙いが甘い。その刀身を押しのけるように弾き、俺の剣が彼の肩をかすめた。


「くっ……!」


 レーンが後退する。追撃せず、あえて止まる。代わりに、背後からマユの魔力が満ちる気配が迫る。


「風よ、切り裂け!『ウィンドカッター』」


 マユの魔法が空を裂き、レーンへと奔る。避けきれず、彼はさらに大きく後退した。


 今度は、盾を構えた女——シェラが前に出る。だが、俺はすでにその動きを読んでいた。


 シェラが前へ出ると同時に、俺は一歩引いた。剣を構えながらも、左手を軽く掲げる。


「雷よ、奔れ——『スパークショット』」


 短い詠唱とともに、空気が一瞬で張りつめた。杖などない、ただ指先に光が灯る。次の瞬間——


 バチッと雷光が閃き、シェラの足元へ直撃した。


「くっ……!」


 彼女は盾を構えるが、間に合わない。雷撃が足場を砕き、勢いを止めたその隙に、俺は剣を構えて突っ込む。


「速……!」


 光と雷鳴の中、俺の斬撃が盾の上から叩きつけられる。重たい金属音と共に、シェラが大きく後退した。


「おい……あいつ、杖も持ってねぇのに……魔法だと……?」


 レーンの声が震える。


「剣も魔法も……って、まさか両適正型……? そんなの、滅多に……!」


 口にした自分の言葉に、自分で驚いているようだった。


 その隙をついて、マユの風魔法が再び走る。


「動揺してる暇なんて、ないよっ!」


 風の刃が舞い、試合の空気は一気に傾きはじめた。レーンは身を低くして避けるが、その背後に俺の気配が迫る。


「——っ!」


 振り向く暇すら与えず、俺の剣が横薙ぎに迫る。レーンはとっさに受け止めるが、体勢は崩れたままだ。


 そこへ、さらにマユの魔法が畳みかける。


「風よ、舞え——『ストームラッシュ』!」


 連続で撃ち出される小型のウィンドカッター。それを防ぐため、シェラが盾を前に突き出す。


 シェラの盾がウィンドカッターを受け止め、金属音とともに火花を散らす。だが、マユの魔法は一発ごとに角度と速度を変えていた。二撃、三撃と、盾の隙間を狙うようにして押し寄せる。


「っ、ぐ……!」


 重さに耐えきれず、シェラの足がわずかに滑る。今だ。


「マユ、もうひと押し!」


「うんっ!」


 俺は低く構え、一気に地を蹴る。風刃の死角から、斜めに切り込むようにシェラに迫る。


「しまっ——」


 気づいたときには遅い。彼女が盾を戻すより早く、俺の剣がその脇腹すれすれで止まった。


「……動かない方がいいよ」


 静かな声に、彼女は目を見開いたまま硬直する。


 同時に、レーンが駆け寄ろうとした——が。


「風よ、包み、縛れ!『ウィンドバインド』!」


 マユの魔法がレーンの足元を絡め取り、風の鎖となって彼の動きを封じた。


 俺はすぐに間合いを詰め、レーンの背後を取る。剣を喉元すれすれで止めると、彼の全身から力が抜けた。


「……降参だ」


 レーンが剣を手放す。審判の声が響いた。


「勝負あり、リオ・マユ組の勝利!」


 会場がざわめき、そして割れるような歓声に包まれる。


 マユが駆け寄ってくる。


「リオ、やった、勝ったよ!」


 マユが笑顔で駆け寄ってくる。その顔を見て、俺も自然と笑みがこぼれた。


「……ああ、ありがとう。マユのおかげだよ」


 手を伸ばせば、マユが迷わず両手で掴んでくる。観客の歓声も、司会の声も、今はどこか遠くに感じた。


 やっとだ。


 最近、ずっといいところ無しだった。オムカロとの模擬戦とか、魔獣討伐のときとかうまくいかないことが多かった。

 正直足引っ張ってるんじゃないかって気になっていた。


 でも——


「……今日は、少しは役に立てた、かな」


 呟いた言葉は風に消えたけれど、自分の中では確かに何かが報われた気がした。胸の奥が、ふっと軽くなる。


「立てたどころじゃないよ! さすリオだよ!」


 マユがぱんっと俺の肩を叩く。思いきり笑ってくれるその顔が、妙にまぶしくて、俺は少しだけ視線をそらした。


「はは……そりゃどうも」



試合が終わり、勝利の歓声がまだ会場に響いている中、俺たちは控室に戻ることになった。試合後の疲れが少しずつ体に染みつくけれど、心の中はどこかすっきりしていた。


 控室に戻ると、さっきまで感じていた高揚感が少しずつ落ち着きはじめ、俺はベンチに腰を下ろした。マユも隣に座って、水筒から一口飲んでから、俺の方を見てにこりと笑う。


「……ふふ、なんか変な感じだね」


「何が?」


「こうして、リオと並んで試合して、勝って、控室で休憩してるの。夢みたい」


「夢ってほどのもんか?」


「うん、だって……前はこんなふうに一緒に何かするなんて、想像もしてなかったし」


 その言葉に、俺は少しだけ笑って、天井を見上げる。


「そういうもんなのか。……でも、悪くないな。こういうの」


「うん。リオとなら、何でもできる気がする」


 そう言ってマユがこちらに寄りかかってくる。俺はちょっとだけ体をこわばらせながらも、それを振り払うことはなかった。


「じゃあ、次も頼むぞ。魔法使いさん」


「はいはーい、剣士くんもね」


 軽口を交わしながら、二人で静かに次の試合を待った。控室の外では、まだ試合の音が遠くに響いている。その一つ一つが、俺たちにまた戦いが近づいていることを知らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ