第24話 大会に向けて
午前の日差しが差し込む部屋の中で、俺はごろりと寝転がっていた。
魔獣を倒したあの日から数日が経ったというのに、体のだるさは抜けない。傷はもう塞がっているのに、どこか抜け殻みたいな感じだ。まあ、あんな魔力の使い方をして無事だったのが奇跡なんだろう。
そんな俺のすぐそばに、マユが当然のような顔で座っている。膝がかすかに触れる距離。前よりずいぶん距離が近くなったことに、気づかないふりをしていた。
「……マユ、ずっとそこにいるけど、暇なのか?」
「んー、まぁね。暇っていうか、なんか……リオの顔、ぼーっと見てたい気分」
「見てたいってなんだよ……」
そう言いながら、顔を少しだけ背ける。けれどマユはお構いなしに笑って、膝の上の本を指でぱらぱらとめくった。
「前はこんなに近くにいると、ちょっと緊張してたのにね。人って変わるんだね」
「変わったのはお前じゃないのか?」
「んー……そうかも、でもリオも、ちょっとは変わったと思うよ」
「……そうか?」
何となく、照れくさい。でもそれ以上は何も言えなかった。
すると、玄関の戸をノックもなく開けて、父さんの声が響いた。
「おーい、リオ。生きてるかー?」
「……生きてるよ」
体をのろのろと起こすと、父さんはにやりと笑って入ってきた。手には何も持っていないが、どこか嬉しそうだ。
「オルドのじいさんから連絡があった。例の武器、仕上がったってよ。見に行くか?」
「……もう、できたの?」
「ああ。思ったより早かった。やっぱり、素材がよかったんだろうな。あの魔獣、牙も骨もなかなかのもんだったってさ」
「へぇ……さすがオルドさん」
「ほんとに、オルドさんには頭が上がらねえよな」
父さんは嬉しそうに笑いながら、俺に向かって言った。そんな様子に、少しだけ不安がよぎった。武器が完成したことは嬉しいけれど、それがどんなものになるのかは、やっぱり気になる。
「オルドのじいさん、相変わらず手間惜しまねえからな。俺も昔から世話になってるし、なにより、あの人は武器にこだわりを持っているからな」
「こだわり?」
「おう。特に素材にはうるさいんだ。だから、お前のためにも最適なものを選んでくれたんだろうよ」
「……なるほど」
父さんが言うには、オルドの鍛冶はただの技術ではないらしい。その人柄や理念、情熱がこもっているからこそ、どんな武器でも一つ一つが価値を持つのだという。それを思うと、どこか心強さを感じる。
「じゃ、さっそく見に行こうか」
「うん」
父さんの後に続いて、家を出ると、外の風が少しだけ肌寒かった。まだ春とはいえ、朝は冷え込むことが多い。この時期にしては、ちょっと肌に沁みる。
村の中心から外れた鍛冶屋へと向かう道を歩きながら、俺はつい先日までのことを思い返していた。あの日の魔獣との戦い、その後の疲れが今でも体に残っている。力を使いすぎた感覚が、今でも肌に残る。それと、マユとの距離も、いつの間にか少しだけ縮まっている気がする。
「……なあ、マユ」
歩きながら、思い切って口を開いてみた。
「ん? どうしたの?」
マユは少し驚いた顔をして振り向く。
「その、魔獣の一件から、なんか……お前、距離が近くなった気がするんだけど」
「え?」
「いや、なんでもない」
思わず言いかけた言葉を、途中で飲み込んでしまった。それでもマユは小さく笑って、何も言わずに歩き続ける。
「リオがそう思うなら、そうなんじゃない?」
「……そうかもな」
ふと、父さんの方を見ると、歩きながらもニヤニヤしている。どうやら、こっちの様子に気づいているようだ。
「おいおい、リオ、照れんなよ」
「うるせぇ」
俺は軽く肩をすくめて言い返す。父さんのニヤニヤが止まらない。
「いや、ほんとに、リオも大人になったな~」と、父さんは呟きながら歩き続ける。
「……何が大人だよ、全然変わってないだろ」
「いや、外見じゃなくて、心の話だよ。そんな風に照れるところなんか見たことないからな。」
「照れてねぇよ」
俺はつい顔を真っ赤にしそうになるのを必死にこらえる。正直、今までと少しでも違う自分を見せるのが恥ずかしい。
「ま、いいけど。お前がそう思うんなら、それで」
「なんだよ、急に照れなくなって。素直になれよ」
「うっさいな!」
俺が否定するたびに、父さんはますますニヤつく。その顔がやたらと楽しそうで、気がつけば少しだけイラっとしてしまう。
「でもな、リオ。この数年で魔獣と戦えるくらい強くなったんだ。今後もきっともっと大きく、成長していくんだろうよ」
「ああ、変わるつもりだよ」
「その調子だ。リオの成長を見守るのも、父さんの楽しみの一つだからな」
父さんは嬉しそうに言って、さらに歩みを進める。
その言葉を聞いて、少し胸が熱くなった。
村の中心から少し外れた場所にある、石造りの鍛冶屋。オルドの工房は、いつも熱と金属の匂いが満ちていて、近づくだけで汗がにじむ。扉を開けると、奥からゴン、ゴンと鉄を打つ音が聞こえてきた。
「おーい、オルドのじいさん。来たぞー」
父さんの声に、打音が止まる。
「おう、早かったな。小坊主、体はもう平気か?」
現れたのは、筋骨隆々の大柄な男。白髪まじりの髭を撫でながら、俺の方をじろりと見た。
「まあ、なんとか。だるさは抜けてませんけど」
「そうか。無茶しやがって……ったく、昔のお前さんによく似てきたな」
父さんが肩をすくめた。
「似てんのは顔だけだって言ったろ。こいつはこいつで、俺よりもよっぽど真面目だよ」
オルドはふん、と鼻を鳴らして奥へ引っ込むと、すぐに黒布をかけた細長い包みを抱えて戻ってきた。
「ほれ。まずは剣からだ。素材は魔獣の牙と骨、芯に鉄を通してある。軽くて折れにくい。癖はあるが、お前なら使いこなせるだろう」
黒布を外すと現れたのは、黒と銀が入り混じった刃の細身の剣だった。柄の部分には簡素だが美しい装飾が施されている。
「……すごい」
「名前もついてるぞ。《黒牙》だ」
「……ありがとう、オルドさん」
「礼はいい。前に言ったろ?お前の剣を作ってやるって、それとなお前への剣がもう一本ある」
オルドは、少しだけ照れたように言うと、今度は短めの剣を取り出した。
「これをお前にやる。覚えてるか?《獣喰い(ビーストイーター)》だ」
「……これって……」
俺はその剣を見た瞬間、記憶がよみがえった。
「ああ、前にここへ来たとき、お前が見てたやつだ。あの時から気になってたんだろ?」
オルドの声に、俺はゆっくりと頷いた。
黒鉄の刃に金の紋様が刻まれ、柄には獣の牙の装飾。まるで生き物のような気迫を放つ短剣――《獣喰い(ビーストイーター)》。間違いなく、あのとき俺が目を奪われた剣だ。
「……本当に、くれるの?」
「おう。ソロの爺さんに斧を届けてくれたろ? あの時の礼がまだだったからな。もってけ。」
オルドは、そう言って俺の手に《獣喰い》を押しつけるように渡してきた。
ずしりとした重み。刃の冷たさ。そして、俺が初めてこの剣を見たときに感じた、言葉にできない衝動。全部が、そのままだった。
「……ありがとう、オルドさん。」
素直にそう言うと、オルドは少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。
「礼なんていいっての。俺は鍛冶屋だ。誰かのために剣を打つ。それが俺の仕事だ」
俺は改めて《獣喰い(ビーストイーター)》を手に取る。重みと鋭さが、手のひらに確かに伝わってくる。これが、俺の新たな武器になるんだ。
「なぁちょっと気になったんだけどさ、防具みたいなのないの?」
オルドは少し渋い顔をして、顎をかいた。
「お前の分はな……素材は揃ってんだが、あのボス魔獣の毛皮の加工に手間がかかっててな。どうしてもこの辺じゃ処理できねぇってんで、別の国の職人に頼んでるところだ。届くのは、まだ先になる」
「……ってことは、防具なし?」
「悪いな、だがその代わり――お前のその剣剣をきっちり仕上げてある。そっちは文句ねぇはずだ。いっそのことやられる前にやっちまえ」
大会は防具無しで出ることになってしまった。
無いものをどうこう言っても仕方ないな。
やる前にやろうそうしよう
「――さてと、小坊主の分は終わりだ。次は、そっちのお嬢ちゃんのだな」
オルドは作業台の脇から大きな布包みを持ち上げた。布をほどくと、中から現れたのは一本の杖と、淡い灰色のローブだった。
「まずは杖だ。素材は前にヴァルクの坊主から貰った小型の魔獣を使った、こいつの角と骨は上等でな。芯には魔力を通しやすい銀糸を編み込んである。軽くて頑丈、しかも魔力の増幅もある程度見込める。扱いやすいはずだ」
差し出された杖は、深い焦げ茶の木肌に、うっすらと青白く光る線が走っていた。自然な風合いの中に、確かな力が宿っているのが分かる。
「……すごい、こんな立派な杖……」
マユは恐る恐る手を伸ばし、それをそっと抱きしめるように受け取った。指先が震えている。
「ローブもな、例の狼の魔獣から取れた毛皮を使った。表面は薄く仕上げてあるが、内側はちゃんと魔力の干渉を和らげる構造にしてある。多少の攻撃魔法なら弾けるぞ」
オルドが広げて見せたローブは、外は灰に近い白、裏地は柔らかな藍色。控えめな色合いなのに、不思議と目を惹かれる一着だった。
マユはローブの袖にそっと腕を通し、鏡のない工房の窓に向かって身なりを整えた。見慣れない装備にまだ少しぎこちない仕草だったが、それでも嬉しさを隠しきれない笑みがこぼれていた。
「似合ってるぞ、お嬢ちゃん」
「う、うん……ありがとう、オルドさん……!」
マユは照れくさそうにうつむいたが、顔はほのかに赤く染まっていた。
「ふん、礼なんざいらん。どっちもヴァルクの坊主から頼まれてた品だ。……それに――」
オルドは、ぐっと俺たちを見据える。
「お前ら、ノルディア剣魔大会に出るんだろ? だったら、しっかり戦えるようにしておかねぇとな」
オルドの言葉に、俺とマユはお互いを見つめ合った。大会のことを考えると、少し胸が高鳴る。でも、まだ準備が整っていない気がして少し不安もあった。
「うん、出るよ」俺が言うと、マユも頷いた。
「私も出る。リオと一緒に戦うから、しっかり頑張りたい」
オルドは二人のやり取りを見て、少し微笑んだ。
「お前らが本気なら、応援するぞ。だが、ノルディア剣魔大会は簡単な大会じゃない。魔法や剣術の腕を試されるだけじゃなく、相手の戦い方、戦術を読む力も求められる。気を引き締めていけよ」
「もちろんだ、オルドさん」俺は答えながら、背筋を伸ばす。
「頑張るよ、リオと一緒に」マユも決意を込めた言葉を添えた。
オルドは満足そうに頷くと、また工房の作業台に戻りながら言った。
「お前たちが大会でどう戦うか、楽しみにしてるぞ。力つけて、しっかり準備しとけよ」
「ありがとう、オルドさん。私たち、必ず頑張るから」
「おう、期待してるぞ」
オルドの言葉が心に響き、俺たちは改めてこれからの戦いに向けて気を引き締めた。
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それから、数ヶ月が過ぎた。あれから俺たちは、各々の力を少しずつ高めるために訓練を続けてきた。
マユはあれからますます魔法の使い方をマスターし、あの杖が彼女にとって本当に頼もしい武器になったことがわかる。最初はぎこちなく感じていたけど、今では杖を使った魔法の精度が格段に上がっている。
俺も、剣術と魔法の使い方を一緒に学びながら、少しずつだが自分の力がどう変わっていくのかが感じられるようになった。
そんな日々が過ぎて、俺たちはあのノルディア剣魔大会の日を迎えた。
「リオ、頑張ろうね!」
大会の日、マユが声をかけてきた。いつもの、少し照れたような笑顔で。
「うん、絶対に勝とう」
俺は力強く答えながら、胸の奥で静かに高鳴る鼓動を感じていた。緊張なんてしてない――そう思いたかったけど、心のどこかがざわついていたのも事実だ。
家を出ると、玄関先には父さんと母さんが待っていた。
「……リオ、マユちゃん。頑張ってきなさいね」
母さんは少し目を潤ませながら、マユのローブを直していた。
「しっかり見てるからな。今日は仕事を抜けて、後で会場まで行くつもりだ」
父さんの声はいつも通り低く落ち着いているのに、どこか誇らしげだった。
「うん、行ってくる!」
「いってきます!」
俺とマユは声を揃えて返事をし、並んで歩き出した。




