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黒と白の異世界物語  作者: 如月
第二章 ノルディア剣魔大会
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第23話 魔獣討伐・後編

 ……温かい。


 微かに額に触れる手のひら。そのぬくもりが、ゆっくりと意識を現実に引き戻していく。


 まぶたの裏に、柔らかな光。耳に届くのは、静かな呼吸と、周囲の微かな音だけ。


「……リオ?」


 優しい声が、すぐそばで囁いた。


 目を開けると、マユがいた。ほっとしたような顔で、俺を覗き込んでいる。


 「気がついた……よかった」


 「ああ……マユ……お前、無事でよかった」


 俺がそう呟くと、マユは少しだけ照れたように目を伏せる。


「無事ってほどでも、ないんだけどね」


 マユはそう言って、苦笑するように肩をすくめた。


 「さっき、私のスキルを試してみたの。回復魔法じゃないけど……なんとか、傷だけは癒せたみたい」


 「スキル……?」


 「うん。痛みや疲れは残るけど、傷だけなら……少し、治せるの。はじめてだったけど、うまくいってよかった」


 そう言うマユの手には、まだ微かに淡い光が残っていた。確かに、魔獣にぶっ飛ばされて転がったときの傷は完全に治っていた。


 けれど、体の芯にはまだ鈍い痛みが残っている。頭も重く、動けばきっと軋むような疲労が押し寄せるだろう。


 それでも――立てる。戦える。


 「ありがとう、マユ。助かった。」


 マユは目を伏せたまま、かすかに笑った。


 そのときだった。


 「……ぐ、あああッ!」


 遠くで誰かの叫び声が響く。俺は反射的に顔を上げた。視線の先で、父さんが魔獣に押されているのが見える。今にも爪が振り下ろされようとしていた。


 思考よりも先に、体が動いていた。

痛む体を引きずるようにして。それでも、不思議と足は軽い。目の奥が澄み渡っていくような感覚――頭が、妙に冴えている。

 

 いつもなら、痛みでまともに動けないし、頭も回らない。体が重くて、何をしても反応が遅れてしまう。でも、今は違った。信じられないほど冷静で、目の前の状況を整理することができる。


 俺の体は、まるで別人のように動く。足元がふらつき、傷の痛みが体を引き裂くようでも、その痛みさえ意識の外に追いやられている。


 魔獣を一撃で倒すことのできる技――

 サンダースラッシュ。それなら、きっと倒せる。


 だが、あの技は集中して刃のラインに魔力を沿わせる構造上、発動までにどうしても時間がかかる。溜めが大きすぎる。今の俺のじゃまともに使うことができないだろう。


 ――なら、自分なりの最適解を導き出すしかない。


 沿わせるなんて面倒なことはやめだ。剣全体に魔力を纏わせる。刃の線に精密に合わせる必要なんてない。今は、とにかく速く、鋭く、確実に叩き込む。


 俺はスフィアから短剣を取り出した。


 「……雷よ、響け」


 意識を集中し、雷の魔力を短剣に流し込む。細い刃の表面に、淡い青白い光が走った。びり、と手に伝わる震え。それは恐怖じゃない。力が確かに存在している証だ。


 一歩、踏み込む。


 「――いける」


 思考の迷いも、痛みも、すべてを捨てて、ただ目の前の敵に集中する。


 そして、一閃。


 雷を纏った短剣が、空気を裂いて走った。


 その一撃は、あまりにも鮮やかだった。雷鳴のような衝撃と共に、魔獣の巨体が吹き飛ぶ。反応する間もなく、魔獣のボスは、動かなくなっていた。


 その場が静寂に包まれた。


 誰もが息を呑んでいた。その静けさの中で――俺の手の中から、かすかに「ピシリ」と小さな音が響いた。


 「……っ」


 見ると、短剣の刃に無数の亀裂が走っていた。雷の魔力を無理に纏わせたせいだ。もともと繊細な造りだったこの武器は、俺の力に耐えきれなかったらしい。


 そして、次の瞬間――


 パキン


 乾いた音を立てて、短剣は砕けた。柄だけが手の中に残り、刃は粉々になって地面に落ちる。


 俺はしばらく、その柄を見つめていた。


 呆然としていたわけじゃない。ただ、感謝の気持ちを伝える時間が、どうしても必要だった。


 「……ありがとな」


 静寂が広がる中、俺はその言葉を呟く。

 呟いたのとほぼ同時に力が漸く抜け落ちた。


 足元がふらつき、体が重く感じる。魔力の消耗がここに来てようやく襲ってきたようだ。意識がぼんやりとした。


 「リオ、大丈夫?」


 と、マユの心配そうな声が耳に入る。その声に反応しようと顔を上げるが、目の前がぐらぐらと揺れている。力を入れて支えようとするが、体がついていかない。


 「ちょっと、リオ!」


 マユが急いで俺の肩を支える。その手が温かい。けれど、力が入らない。体が反応しない。


 「ごめん……多分、魔力切れ」


 息を整えながら、なんとか言葉を絞り出す。だが、言う間もなく、体が完全に重力に逆らえずに地面に崩れ落ちそうになるのを感じる。


 そのとき、遠くから父さんの声が聞こえてきた。


 「そりゃあんなの使えば魔力切れになるわな」


 父さんの声はどこか呆れたようでいて、少しだけ笑っているようにも聞こえた。俺は地面に膝をつきながら、かろうじて顔を上げる。


 「今の技……サンダースラッシュじゃないよな?」


 マユが支えてくれているおかげで、なんとか姿勢は保てている。俺は息を整えながら、ぽつりと答えた。


 「サンダースラッシュ……の応用。刃のラインに魔力を沿わせるのは、どうしても時間がかかって……だから、剣全体に纏わせて、一気に爆発させた」


 父さんは顎に手をやり、短くうなる。


 「なるほどな。サンダースラッシュをお前なりに自分の”型”にしたってわけか。」


「……これが、俺の“型”か……」


 小さく呟くと、父さんはわずかに目を細めて、そしてうなずいた。


 「創ったな、リオ。だったら、その型をもっと磨け。武器が砕けるようじゃまだ未完成だ。だが……最初の一歩としては、上出来だ」


 そう言って、父さんは砕けた短剣と、倒れていた魔獣に目をやった。


 「こいつはオルドの鍛冶屋に持ってってもらう。素材としても申し分ないだろうしな」


 父さんが静かに片手を掲げる。次の瞬間――


 空間が裂けた。


 まるで布を破るように、宙に黒い“裂け目”が浮かび上がる。その内部には、光も音も届かない深淵のような空洞が広がっていた。


 父さんのスキル――《スフィア》。


 空間を収納の器とし、物質をそのまま“格納”する能力。その裂け目へと、魔獣の死体が吸い込まれるように消えていく。まるで重力に引かれるように、音もなく、すうっと。


 やがて裂け目は何事もなかったかのように閉じ、辺りにはただ静寂だけが残った。


「よし、片付いたな」


 父さんが手を払うようにして立ち上がる。まるで魔獣の存在そのものが幻だったかのように、辺りには痕跡すら残っていない。


 マユは俺を支えたまま、ちらりと父さんを見上げた。


 「リオ、歩けそう?」


 「……たぶん、むり」


 マユが少し困ったように笑った。


 「じゃあ、無理しないで。ほら、肩貸すから」


 そう言って、彼女は俺の腕を自分の肩に回す。体重をかけても嫌な顔一つせず、むしろどこか楽しそうだ。


 父さんがちらりとこちらを振り返る。


「お前ら、無理すんなよ。俺は先に行って安全確認してくる」


 そう言い残し、父さんは静かに森の奥へと歩き出す。背中越しに放たれたその言葉は、優しさに満ちていた。


 俺はマユに支えられながら、ゆっくりと一歩を踏み出す。身体は重いけど、不思議と気持ちは軽かった。


「ねぇリオ」


 マユがぽつりと声を漏らす。俺は視線を彼女に向ける余裕もなく、ただ「ん?」と気の抜けた返事をする。


 「今日の戦い、ちょっと……かっこよかったよ」


 その言葉に、一瞬だけ息が止まった。


 「そ、そうか?」


 間の抜けた返しに、マユはまたくすっと笑う。俺の腕を支えたまま、ちょっとだけ歩調を緩めた。


 「でも無茶はだめだからね。次からは気をつけてよ。」


 「気をつける……つもりでは、いる」


 体はまだ思うように動かない。けれど、マユの肩は思った以上にしっかりしていて、そのぬくもりが、胸のどこかを落ち着かせてくれた。


 森の中を、二人でゆっくりと歩く。鳥の声が遠くで響いている。夕暮れの風が葉を揺らし、かすかな音を連れてきた。


 体の痛みはまだ残っていたが、マユの肩に支えられながら、一歩ずつ進むたびに、それが少しずつ和らいでいくような気がした。


 何も言わず、ただ歩いた。けれどその沈黙が、不思議と心地よかった。


 森の出口が近づく。木々の隙間から差し込む光が、どこかやわらかくて、あたたかかった。


 今日という一日が、ようやく終わろうとしている。


 それでも――


 「ありがとな、マユ」


 不意に漏れた言葉に、マユは驚いたようにこちらを見た。でもすぐに、柔らかく笑って、何も言わずに前を向いた。

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