第20話 家系
新しい技を会得した夜。
父さんと俺は、闇に沈む山道を歩いていた。
風が、細い枝を揺らす音がする。
世界に、俺たちの足音しかない。
「……リオ」
父さんが、不意に口を開いた。
「オムイスとカロイの話を、しておこうか」
その名前に、俺は肩を少しだけ強張らせた。
父さんは、夜の深さに溶け込むような声で続ける。
「オムイスの家は、魔法しか使えない」
「……しか、使えない?」
「ああ。剣を取ろうが、鍛えようが、意味はない。生まれつき決まっているんだ。
魔法に適応する体──それが、あの家に連なる者たちの宿命だ」
「カロイの家も、同じだ。
あそこは剣だ。剣しか扱えない。魔力があろうと、魔法を編むことはできない」
父さんの声には、かすかな憐れみがあった。
「それは、ただの家風じゃない。
……代々、引き継がれてきたスキルと、呪いだ」
背筋に冷たいものが走った。
父さんは、立ち止まる。
月のない空の下で、俺の目をまっすぐに見た。
「お前も、いずれ知ることになるだろう」
父さんの瞳には、夜よりも深い影が差していた。
「この世界では、親から子へ、力が引き継がれる。それは誇りであり、同時に、逃れられない枷でもある」
父さんはふっと目を伏せ、再び歩き始めた。俺も遅れないようについていく。
「オムイスもカロイも……あの年で、もう覚悟を背負っている。自分の道が、最初から決まっていることをな」
小石を蹴る音が、静かな夜に響く。
「だから、あいつらは強い。お前が思っている以上に、な」
俺は無意識に拳を握りしめた。オムイスとカロイ──剣と魔法、それぞれにしか歩めない定め。
それは、自由に選び取れる俺とは、あまりにも違っていた。
父さんは、夜の闇を見上げるようにして、さらに言葉を続けた。
「……レイドとザードの家系はな。もともとは、ヴィサスと同じ源から生まれた」
「同じ……?」
「そうだ。三千年以上前、魔天大戦が終わった直後だ。
力の均衡を守るため、ヴィサスの力は二つに分けられた。
そして、それぞれ別々の家系として受け継がれてきたのが、レイドとザードなんだ」
俺は一歩、父さんに詰め寄った。
「それって……俺と、関係あるのか?」
父さんは目を細め、静かに頷いた。
「深く、な」
父さんはそれ以上何も言わず、夜道を進む。
足音だけが、暗闇の中に響いていた。
(ヴィサス、レイド、ザード……)
俺は頭の中でその名前を繰り返した。
もしかしたら、俺が何をしようと、どこへ行こうと──
この繋がりは、切れるものじゃないのかもしれない。
けど、それならそれでいい。
別に特別になろうってわけじゃない。
ただ、自分の力で、進むだけだ。
俺は小さく、呼吸を整えた。
夜の冷たさが、ほんの少しだけ薄らいだ気がした。




