第2話 現実の終わり
「蓮!! 危ねえ!!!」
何かものすごい嫌な予感がした。
俺の体は勝手に動いて、蓮を突き飛ばしていた。
その直後、肩に鋭い痛みが走った。嫌な予感が確信に変わる。
「痛えな。おい、揚斗、急に何するんだ……ってそれ大丈夫か!?」
蓮が心配そうに俺の肩を見てる。
大丈夫かって?
「大丈夫なわけねぇよ……クソ痛えよ……刃物でザックリ切られてんだから……。」
黒コートに切りつけられた肩からは血がドバドバ溢れてて、ズキズキする痛みが止まらない。
昔、カッターで指を切ったことがあるけど、そんなのとは比べ物にならないレベルだ。
「うっ……!」
肩を押さえたら血で手が滑って、うめき声が漏れた。
黒コートは俺の血がついたナイフをじっと見つめてた。
よく見ると、普通の食卓に並ぶようなナイフとは全然違う。
ナイフってより、ゲームとかに出てくる短剣に近い見た目だ。
「お客様!? 何をしてるんですか!?」
騒ぎを聞きつけた店員が駆け寄ってきた。
「店員さん! こいつが……こいつが!」
俺は店員の質問に答えようとした。パニックになりながらも助けを求めようとした。
「あなたは違うわね。邪魔よ。」
言い終わる前に、黒コートが口を開いた。
その瞬間、黒コートは店員の首を一閃で切り裂いた。
流れるような動きで、一瞬にして。
店員の首から血が噴水みたいに噴き出し、その場にバタンと倒れた。
血が床に広がって、俺のスニーカーが赤く染まる。
蛍光灯のチカチカが目に刺さって、頭がガンガンした。血の匂いが鼻をついて、吐き気がこみ上げてきた。
俺は混乱しながらも、どうすればいいか考えた。
考えた結果、
「蓮、お前だけでも逃げろ。逃げて助け呼ぶなり警察に通報するなりしてくれ。」
蓮だけでも逃がす。それが俺の答えだ。
「はぁ!? 無理に決まってんだろ!」
まあ反対するよな。分かってたさ。
でも、時間がねぇんだ。
黒コートはジッと俺たちの方を見てる。
動く気配はないけど、いつ動き出すか分からない。
「ここでグダグダして二人揃ってあいつに殺されるよりマシだろ。だったら怪我してる俺より元気なお前が逃げた方がいい。」
「でも……。」
「な、頼むぜ、親友。」
俺はめったに使わない、対蓮用の切り札を出した。
「頼むぜ、親友」。
こいつは昔から、俺がこれを言うと断れない。
心を弄ぶみたいであまり使いたくなかったけど、今回ばかりは仕方ねぇ。
「分かったよ……。」
蓮は目を潤ませながら答えた。
「お話は終わったかしら?」
黒コートが話しかけてきた。
「あぁ……終わったぜ。わざわざ待ってくれてありがとうな。つーわけで……逃げろ! 蓮!!」
「おう……!」
俺の掛け声で、蓮は出口に向かって走り出した。
「行かせると思ってるのかしら?」
黒コートが蓮を追いかけようと動き出した。
「行かせねえよ!! うぐっ……!」
俺は痛みで鈍る体を必死に動かして、商品棚を蹴り倒した。
肩がズキッと悲鳴を上げて、「クソッ!」って声が漏れたけど、構ってられねぇ。
棚が倒れ、スナックや缶が床に散らばった。黒コートの足元に缶が転がって、一瞬動きが止まる。
上手く決まった。
これで蓮は逃げられるって思った。
一瞬、やっちまったって後悔がよぎったけど、蓮を逃がせるなら何でもいい。
黒コートは俺の妨害に一瞬顔を歪めた。
蓮がドアを閉める瞬間、「揚斗、ごめん!」って叫んだのが聞こえた。
俺は心の中で「謝んなよ、バカ」って呟いた。
ガラスドアがバタンと閉じる音が響いた。黒コートが「逃しちゃった……」と呟いた。
そして、ゆっくり俺の方に振り向いて、短剣についた血を拭った。
完全にターゲットを俺に切り替えたな。
「素人にしてはよくやったんじゃない? もう終わりだけど。」
黒コートはフードを外してそう言った。
黒コートの素顔は女だった。
特徴的なのは、青のグラデーションが入った黒い短髪と、左右で色の違うピンクと青の目。
顔立ちはかなり美人だと思う。
「何か言い残すことはあるかしら?」
黒コートがナイフを俺に向けて言った。
言い残すこと? お前相手に言い残すことなんてこれしかねぇよ。
「くそったれが……。」
痛みで声が掠れたけど、なんとか睨みつけた。
「無駄に命乞いせず生にしがみつかないの、嫌いじゃないわ。」
そう言って、目の前の女は俺の腹にナイフを突き刺した。
腹を刺される瞬間、真由香姉の笑顔が浮かんだ。
これが走馬灯ってやつなのか……?
「ぐあっ……!」
腹から血が溢れて、冷たい衝撃が体を貫いた。
ナイフを引き抜かれた時、俺の血がそいつの顔に飛び散って、ピンクの目が光った気がした。
「念には念を、よね。」
こいつ何を言ってんだ?と思った瞬間、
胸と腹を滅多刺しにされた。
「がっ……あぁ……!」
血が喉に逆流してきて、ドクドクと噴き出した。
体が崩れ落ちる。
「ううっ……」ってうめき声しか出ねぇ。
大量の血が溢れて、視界がぼやけた。
「本来のターゲット――回収――かしら……。」
遠くで黒コートが何か言ってるのが聞こえる。
ターゲットとか回収とか、意味わかんねぇよ。
カツカツと黒コートの足音が近づいてくる。
来るな、来るな。
黒コートは俺の耳元でこう呟いた。
「あなたの魂、回収していくわね。」
魂を回収……?
死ぬ寸前の俺にこれ以上何すんだよ。
突然、別の女の声が聞こえた。
「その方の魂はこちらで預かります。」
聞こえたっていうか、直接脳内に響いた。
どうやら俺の魂を狙う奴は他にもいるらしい。
黒コートが「女神め! 復活の邪魔を……!」と短剣を床に叩きつけてキレてる。
ピンクと青の目が俺を睨んで、「あんな奴なんかに渡さないわ」と吐き捨てた。
でも、今の俺にはそれが何のことか考える力はもうねぇ。
黒コートが「女神」と呼ぶ声が、
「安心して眠りなさい」と優しく脳内に語りかけてきた。
また黒コートが何か叫んでたけど、もう聞こえねぇ。
温かい光に包まれているような感じがする。
体の痛みがどんどん引いていき、僅かに残ってた意識も遠のいていく。
これが死ぬってことか。
もっと色んなこと、したかったな……。
完全に俺の意識は途絶え、18年という短い人生は静かに幕を閉じた。