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黒と白の異世界物語  作者: 如月
第一章 異世界生活の始まり
14/28

第14話 適正検査

ザードが先導し、石造りの回廊を抜ける。薄明かりに照らされたその背中は、いつもより少し頼もしく見えた。

静かな足音だけが響く。俺もマユも、無言だった。でも、それは気まずさじゃない。ただ、胸の中で何かが形になろうとしていて、うまく言葉にできなかっただけだ。


ほどなくして、俺たちは目的の部屋にたどり着いた。


扉が開かれると、そこには幾何学模様の魔法陣が床に刻まれていて、部屋の中央には透明な水晶柱が立っていた。その周囲には何台かの測定器のような装置が置かれていて、どこかの医療施設みたいな雰囲気を感じさせる。


「ここが、適正検査の部屋だ。君達の持つ資質をランク付けして測ることができる」


ザードが静かに説明する。


「怖がることはない。あっという間に終わる」


マユが小さく頷いたのが見えた。


「じゃあまずはマユちゃんから」


 ザードの声に、マユが小さく頷く。

一歩ずつ、魔法陣の中心へと歩いていくその背中は、ほんの少し震えていた。でも、その足取りには確かな覚悟が宿っていた。


彼女が指定された位置に立つと、水晶柱が淡く光り始めた。

まるで彼女の存在に反応するように、床の魔法陣が静かに輝きを帯びる。


「リラックスして、そのまま立っていればいい。深呼吸してごらん」


ザードの言葉に、マユがこくんと頷き、そっと目を閉じた。


空気が揺れる。

温かくもない、冷たくもない、ただ透明な力が満ちていくのを肌で感じる。

水晶柱の内側で淡い光が脈動をはじめた。


やがて、その光がすっと収まり、静寂が戻る。

ザードがそばの魔道具から一枚の紙を引き抜いた。


目を通した彼の眉が、わずかに動く。


「……これは、興味深い結果だ」


「えっ……?」とマユが不安げに声をもらす。


俺も横から覗き込むようにして、結果に目を走らせた。


 【適正検査結果】


氏名:不明 (通称 マユ)

年齢:12歳

検査日:魔天暦三一二五年 華月二十三日


【基本適性】

剣術適性:D

魔術適性:A

成長傾向:魔術型

身体特性:癒しの因子


【魔術属性適性】

火属性:B

水属性:A

風属性:A

土属性:B

雷属性:C

回復属性:A

状態異常回復:A

光属性(天の因子):微反応

闇属性(魔の因子):無し


【スキル所持】

家系スキル:無し

スキル1:未覚醒

スキル2:未覚醒


【総合評価】

戦闘適正ランク:A

魔力量評価:高い

成長潜在力:高い


「回復と状態異常回復の適性が高い。水と風にも適性があるし、総合的に見て優れた魔術型だね」


ザードが淡々と分析する。その声に、マユは目を丸くしていた。


「わたしが……こんなに……?」


「うん、驚いたよ。とても安定した素質を持ってる。何より、“癒しの因子”を持つのは非常に稀だ。これは、生まれながらにして人を癒す力を秘めている証拠だよ」


「……よかった」


マユが、そっと胸に手を当てる。その表情には安心と、小さな自信が宿っていた。


「さて、次はリオ君の番だ。さぁ、奥の部屋へ」


 ザードの言葉に、俺は思わず首を傾げた。


「え? 同じ場所じゃないんですか?」


「うん。君には、強化魔法陣を使ってもらう必要があるんだ。……ヴァルクの息子だからね」


ザードはそう言って、奥の扉に手をかけた。


「実はね、昔ヴァルクがまだ若かった頃、今のマユちゃんが使った一般用の魔法陣で検査をしたことがあってね――」


一瞬、ザードの顔に苦笑いが浮かぶ。


「そのとき、魔法陣が焼き切れたんだ。検査装置も一部壊れてしまってね。全く、困ったもんだよ。」


マユが目を丸くして俺を見つめる。俺は戸惑いながらも、無言で頷いた。


 

奥の扉の向こうは、さっきよりも広く、空気が少し張りつめていた。床には精緻な文様がびっしりと刻まれ、中心には似たような水晶柱が立っていたが、どこか威圧感がある。


「始めよう。リオ君、中央へ」


促されて、俺はゆっくりと魔法陣の中心へと歩いた。


――ゴォオ……


立ち位置に足を置いた瞬間、床が振動し、空気が一変する。まるで部屋全体が息を呑むような、静かで重い気配に包まれた。


水晶柱がすぐに反応し、脈動するような光を放ち始める。 その輝きは、マユのときよりもはるかに強く、色も複雑だった。青、紫、金、そして赤――さまざまな色が入り混じり、螺旋を描きながら天井へと伸びていく。


「――ッ!? 出力上昇、制御レベル第3へ移行!」


「安定装置、全出力に切り替え!」


部屋の端にいた技術者らしき人物たちが、次々に操作を始める。その様子に、マユが不安げに俺を見るのが視界の端に映った。



──瞬間、空気が震えた。


床の魔法陣が脈打つように淡い光を放ち、水晶柱の内部で幾重もの光が交錯する。測定器の音が不規則に鳴り始め、まるで何かが過剰に反応しているようだった。


「……ッ、これは……!」


ザードの声が鋭くなる。


水晶柱の脈動が急激に強まり、部屋全体が揺れた。床の魔法陣から小さな火花のようなものが走り、明らかに通常の動作ではない異常な反応が始まっていた。


「リオ君、今すぐ下がって!」


その言葉と同時に、水晶柱の中心で白と黒の光が激しく交錯する。


バチンッ――!


鋭い破裂音とともに、魔法陣が閃光を放ち、床の文様が焼き切れるようにして消えた。煙が上がり、測定器のいくつかがバチバチと火花を散らしながら沈黙した。


空気に焦げた臭いが漂う。


俺は思わず膝をつき、胸を押さえる。息が荒い。体の奥が熱く、でも冷たい。妙な感覚に襲われる。


「……無事かい?」


ザードが駆け寄り、俺の肩を支える。


「なんとか……でも、なんだったんですか、今の……」


「……測定不能だよ。君の力は、強化魔法陣すら耐えきれなかった。まるで、規格外の魔力が溢れていたようだった」


ザードは機器の一部を操作し、どうにか読み取れた数値を確認する。


「……一応出た情報を簡単にまとめてみるよ。とはいえ、正確性には欠けるけれど――」


 【適正検査結果】


氏名:リオ・ヴィサス

年齢:7歳

検査日:魔天暦三一二五年 華月二十三日

 

【基本適性】

剣術適性:S

魔術適性:S

成長傾向:両適性型

身体特性:測定不能


【魔術属性適性】

火属性:A

水属性:A

風属性:A

土属性:B

雷属性:S

回復属性:B

状態異常回復:B

光属性(天の因子):無し

闇属性(魔の因子):無し


【スキル所持】

家系スキル:ヴィサス

スキル1:コピア

スキル2:未覚醒


【総合評価】

戦闘適正ランク:SS

魔力量評価:高い

成長潜在力:未知数(測定不能)


 ザードが検査結果の紙をしばらく見つめてから、ふっと苦笑した。


「まったく……ヴァルクの息子は、とんでもないな」


「……なんか、すみません」


俺がそう言うと、ザードは「いやいや」と手を振った。


「謝ることじゃない。むしろ誇るべきことだよ。これほどの数値は、王都の学院ですら滅多に見られない。ましてや、“両適性型”でここまでの魔力量と剣術適性を持つ子供は……」


彼は言葉を切り、俺の目をじっと見つめた。


「リオ君。君は、いずれ大きな選択を迫られることになる。その時、自分の力に惑わされず、何のために剣を握るのかを忘れないでくれ」


「……はい」


その言葉の重さが、なぜか心の奥に深く沈んでいった。


 

  俺は検査用紙をもう一度見下ろした。「家系スキル:ヴィサス」と書かれたその一文が、やけに目に引っかかる。


「……あの、ザードさん。ヴィサスって、なんですか?」


 問いかけると、ザードは少しだけ眉を上げて、またあの苦笑を浮かべた。


「やっぱり気になるよね。うん、まあ当然か。――“ヴィサス”は、君のお父さん、ヴァルクから受け継いだ家系スキルだよ」


「家系……」


「そう。特定の一族にだけ受け継がれる、いわば“血の魔法”みたいなものだ。代々伝わるものだから、自分で選べるわけじゃない。でもね、だからこそ――その力の意味を知ることが、すごく大事なんだ」


 ザードの視線は、どこか遠くを見ているようだった。懐かしさと警戒心が入り混じったような、そんな色が目に宿っていた。


「ヴィサスはね、異質なんだ。剣にも魔術にも干渉できる、希少な特性を持っている。それが、“両適性型”の由来でもあるんだけどね。」


「じゃあ、父さんも……?」


「ああ。ヴァルクも剣と魔法の両方を扱えるよ。もっとも、最近は剣ばかり使っているがね」


 俺はその言葉を聞いて、胸の奥にほんの少しだけ、温かいものが灯った。


「俺も……父さんみたいになれますか?」


 その問いに、ザードは一瞬目を細めた。だが、すぐに頷いてこう答えた。


「君はもう、十分すぎるくらい“父さんみたい”だよ。でもね、リオ。君には君の道がある。父の背中を追うのもいい。でも、それに縛られすぎないでくれ」


 俺は静かに息を吸い込んで、うなずいた。

 もう一つの疑問も聞いてみた。


 

「ザードさん、じゃあここの書いてあるコピアって俺もう使えるんですか?」


 ザードは一瞬だけ目を細め、再び検査結果の紙に視線を落とした。そこには「スキル:コピア」と記されている。


「……確かにここに記されているとなれば、君の魔力はすでにこのスキルを認識しているはずだ。つまり、使おうと思えば、使える状態にはある」


「でも、どうやって使えばいいのか……」


俺が首を傾げると、ザードは少し思案してから頷いた。


「“コピア”……古代語で“模倣者”を意味する言葉だ。おそらく、対象の技術や魔法、あるいはスキルそのものを模倣する力だろう。だが、模倣系のスキルには共通の“発動条件”がある」


「発動条件?」


「そう。たとえば、“模倣する対象を明確に意識していること”。そして、“一度見たことがあるか、触れたことがあるか”が必要になるケースが多い。君の場合も、おそらくそうだろうな」


ザードは懐から木の枝ほどの長さの細い杖を取り出し、俺に向けた。


「試してみるか? 簡単な風魔法を見せよう。君はただ、それを“真似する”ことだけを強く意識してみてくれ」


「……わかりました」


彼の指先が杖の先端に触れ、風が小さく渦を巻いた。


「《ウィンド・スレッド》」


次の瞬間、空気が細い糸のように絡まり、目の前の机の上を軽く吹き払った。


ザードが静かに言う。


「さあ、リオ。今の技を“真似してみる”と意識して、魔力を込めてみなさい」


 俺は目を閉じ、ザードの動きを頭の中で何度も再生した。


風が糸のように絡まり、軽く舞うように流れていた。

あれを、自分でも――。


「……《ウィンド・スレッド》」


呟いた瞬間、右手がわずかに熱を帯びた。魔力が動いている感覚がある。

だが、何も起きない。


……いや、違う。目を凝らすと、空気の中にうっすらと細い筋のようなものが揺れていた。

一瞬だけ、ザードの真似をした風が、ほんの少しだけ流れたのだ。


「おお……!」


ザードが、目を見開いて言った。

「……初めてでこれか。やはり、“コピア”は模倣系のスキルで間違いないようだ。おそらく、成功率や出力はまだ低いが……使いこなせるようになれば、君は“見た技術”をすべて自分のものにできるかもしれない」


「これが俺のスキル……」


今の一瞬でコピアの使い方が少し理解できた気がする。

 見た技術全てを自分のものにできる……

 なら父さんのスフィアも使えたりして……


 心の奥で湧き上がる好奇心に抗えず、俺はゆっくりと右手を掲げた。


(……試してみよう。父さんの“スフィア”を)


 あの技を見たのは何度かある。父さんが物を取り出すたびに、空間に裂け目が出来てそこから剣や薬草、紙束までもが出てきた。特に印象に残っていたのは、訓練用の重たい剣をまるで羽根のように取り出す動作だった。


(空間の“向こう側”に、何かがある感覚……)


 イメージを集中させ、父さんの動作と気配、魔力の流れを頭の中で再現する。


 そして、口に出した。


「……《スフィア》」


 その瞬間、空間がかすかに歪んだ。空気が波打つように揺れ、俺の掌の上に、小さな裂け目が現れた。


「……っ!」


 息を呑む。これは――父さんが見せていた、“あれ”だ。


「リオくん……何を……?」


 ザードの声が震えていた。


 俺は試しに、いつも腰に着けている短剣を裂け目の中に入れてみる――次の瞬間、短剣がスッとその中に吸い込まれた。


 ……成功した。


 心臓が跳ねるほど驚いた。だが、動揺を押し殺して再び《スフィア》と唱え、今度はさっきしまった短剣を思い浮かべる。


 裂け目の中から、シュッと音を立てて、短剣が宙に現れ、俺の手元に収まった。


「やった……!」


「リオくん、もしかしてヴァルクのスキルを真似したのかい……?」


 ザードの問いかけに、俺は小さく頷いた。


「はい。父さんが使っていたのを何度も見ていたんです。動作と感覚を思い出して……“真似してみた”だけです」


 ザードは一瞬、言葉を失った。驚きのあまり、彼の目は大きく見開かれていたが、次第にその表情が変わり、興奮と感嘆の色が浮かんできた。


「……真似? ただの真似でここまで――君、まさか本当にヴァルクのスキルを再現したのか?」


 俺は少し照れながらも、頷きを返す。


「はい……。父さんが使っていたのを何度も見ていたから、なんとなく……その感覚を覚えていて。それを再現してみただけなんです」


 ザードはその言葉にしばし黙っていたが、やがて深く息を吐き、冷静さを取り戻すように言葉を続けた。


「リオくん、それは――ただの“真似”にしてはあまりにも完璧すぎる。ヴァルクのスキルは、コントロールするにはかなり高度な技術が必要だ。空間を操る能力など、簡単に再現できるものではない。それを一度の観察で再現できたということは、君が持っている潜在能力が並外れているということだ」


 ザードの言葉に、思わず息を呑んだ。自分ではただ、父さんが使っていたことを真似してみただけだと思っていたけれど、どうやらその認識は甘かったらしい。だって、ザードはあんなに驚いていた。まさか、それほどまでに特別なことだとは……。


「でも、僕はただ……父さんがやっていたことを思い出して、試してみただけなんです。それに、そんなにすごいことだとは思わなくて」


 自分でも少し照れくさく感じて、ついそんな言葉が口をついて出る。しかし、ザードはそんな僕の言葉に深く頷きながら、さらに続けた。


「君が思っている以上に、それは特別なことだよ。ヴァルクはそのスキルを、いつも軽々と使っているが、それでも使いこなすためにはかなりの才能と訓練が必要だった。しかし君は、ただ一度見ただけで、それを再現してしまった。」


 その言葉に、さすがにちょっと驚いた。確かに、何度も父さんが使っているのを見ていたけれど、まさかそれがこんなにすごいことだとは思わなかった。でも、言われてみれば確かに、普通なら何年もかかるかもしれない技を、俺はたった数回の観察で再現できたんだ――それに気づいて、少しだけ誇らしくなった。


「でも、どうして僕にそんな力が――」


 思わず口にしたその疑問に、ザードは静かに答えてくれた。


「それは、君が持っている“何か”だ」

 彼は真剣な眼差しで僕を見つめた。

 「君の父親、ヴァルクも一種の特殊な才能を持っていた。恐らくは家系スキルのヴィサスの影響だが……君にはそれ以上の資質があるのかもしれない。それを完全に引き出すためには、もっと多くの経験と訓練が必要だ。しかし君は、この時点でそれを使いこなしている。恐ろしいほどの速さでね」


 その言葉に、俺は少しだけ自信が湧いてきた。父さんもすごかったけれど、僕にはそれ以上の何かがあるのかもしれない――そんな期待が心の中に広がっていく。


ザードは少し間を空けて、再び話し始めた。


「だが、力を持つこと自体は、決して良いことばかりではない。君が今後どれだけ成長するか、どれだけ強くなるかは、全て君次第だよ。力をどう使うか、誰のために使うか――それは君の選択だ」


 彼の言葉は、どこか重くて、でも優しさが滲んでいた。力を持つことは、時に重荷にもなり得る。でも、その力をどう使うかは自分次第だということが、よくわかる気がした。


「君がどうするかで、すべてが決まるんだ。力を持ったからこそ、しっかりと自分の道を見つけ、選ばなければならない。その覚悟を持って、これから進んでいくんだ」


 俺はザードの言葉をじっくりと噛み締めながら、頷いた。自分の力がどれほどのものなのか、まだよくわかっていないけれど、これからそれをどう使っていくのか――その道を自分で見つけなければならない。


「わかりました。自分の力をどう使うべきか、しっかり考えます」


 その言葉を口にすると、なんだか少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「さて、疲れただろう?少し休んだ後に屋敷を案内しよう」


 ザードの穏やかな声に、俺は小さくうなずいた。さっきまで心を占めていた緊張が、少しずつほどけていく。これが新たな一歩――そんな気がした。

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