第13話 法王の講義
「魔法やスキルには、生まれ持った資質がある。まずはそこから話そうか。」
ザードは椅子に腰掛け、指先で空中に円を描く。
淡い光が軌跡をなぞり、浮かぶ文字が部屋の薄暗さを柔らかく照らす。
「この世界で魔法やスキルを使うには、“資質”が深く関わる。努力で補える部分もあるが、超えられない壁もある。」
資質――その言葉に、胸の奥が突かれた。
転生した俺には、何か力が与えられているのか。
「資質の一つが“適正”だ。剣や魔法への才能を示す。稀に、私のようにスキルで縛られた者もいるが。」
ザードは円に二本の線を描く。
一本は剣、もう一本は杖のシルエット。
「剣の適正が高い者は、体の動きが戦闘に向く。筋肉のつき方、反応速度、バランス感覚……無意識に鍛えられる。」
それは、父さんとの稽古で感じた感覚だ。
努力した覚えもないのに、技が体に馴染む。
それが適正か。
「魔法の適正が高い者は、魔力の流れを感じ、制御に優れる。精神力や集中力も、魔法の下地として整っている。」
俺には両方ある気がする。
人攫いとの戦いで放った黒い雷――あれは魔法だったはずだ。
「剣と魔法、どちらか一方の適正が強い者がほとんど。両方を極めるのは、ほんの一握りだ。」
ザードの視線が一瞬、俺を捉え、思わず目をそらした。
「次は“属性”について。」
ザードは円に七つの光点を描く。
炎、水流、風の渦、岩、雷光、緑の癒し、澄んだ泡に変わる。
「魔法の基本属性は、火、水、風、土、雷。加えて、属性とは異なる“回復”と“状態異常回復”の七つ。理屈では、全属性を学べる。」
だが――ザードは炎の光を指で弾く。
「適性がなければ、どれだけ学んでも形にならない。適性がある属性なら、短期間で驚くほどの成長を見せる。」
「極めて稀な資質として、“光”と“闇”がある。」
新たな光球が現れる。
一つは純白に輝き、もう一つは吸い込まれるような濃い闇を湛える。
「これを扱うには、“因子”という素質が必要だ。“天の因子”で光を、“魔の因子”で闇を操る。完全な先天性で、後から得ることはできない。」
横でマユがうつむく。
その表情の奥に、過去の傷が潜む。
「属性の話はここまで。次は“スキル”だ。」
ザードは立ち上がり、光の文字を散らし、人型の図に小さな円を並べる。
「スキルは、生まれつきの特性、あるいは才能だ。努力や訓練で強化できるが、新たに得ることは基本的にない。」
持って生まれたものがすべてか……
「通常、一人に最大二つのスキル。両親からの遺伝や、稀に自分だけの“固有スキル”を持つ者もいる。」
ザードの目が鋭さを帯びる。
「特別な血筋――王族、聖職者、古代種の末裔――は、三つを持つことがある。彼らは世界に深く根差した“意味”を持つ存在だ。」
「スキルには攻撃系、防御系、補助系があるが、重要なのは“発動条件”と“制御の難易度”だ。複雑なスキルほど条件や難易度が高くなる傾向にある。」
ザードは円を指し、“刃の舞”と浮かぶ文字をなぞる。
「〈刃の舞〉は、回転を利用した連続斬撃技。反射神経と柔軟性が必要で、“回避行動の直後に一定速度で動く”という条件がある。」
発動条件は、動きや状況に縛られるのか。
「勝手に発動するものもあるが、複雑な条件のスキルは、使いこなすには経験が必要だ。“怒り”や“恐怖”に反応するスキルは制御が難しく、暴走することもある。」
胸がちくりと痛む。
人攫いとの戦い、父さんとの稽古――あの黒い力が、俺のスキルなら……。
「未覚醒のスキルもある。極限状態や命の危機、“意識で抑えきれない衝動”で引き出される。」
マユがぴくりと反応する。
「スキル発現は心身に大きな負荷をかける。成功すればいいが、失敗すれば代償は大きい。だからこそ、見極める目を持たねばならない。」
その言葉は、誰かに向けられているようで、胸にずしりと響いた。
「スキルは、持っていても使わない者もいれば、幼少期に発現する者もいる。大事なのは、“どう使いこなすか”だ。」
ザードの指が円に触れ、淡く光る。
「スキルの性質を知ること。それが戦いでの最大の武器だ。」
「最後に、“体質”だ。」
ザードは図形を消し、新たな円に脈のような光の線を描く。
「体質は、魔力や生命力の巡り方、肉体の構造に根差した性質だ。魔法やスキルの発現に深く関わる。」
俺は胸に手を当てる。
体の奥から湧く力の感覚――それも体質か。
「例えば“高密度魔力体質”は、魔力の濃度が常人の数倍。魔法の威力や効果時間が増すが、制御が難しく、暴走しやすい。」
マユが肩をすくめる。
彼女にも、思い当たる何かがあるのか。
「“魔力循環型体質”は、魔力が自然に巡り、回復が早い。長期戦向きだが、瞬間的な出力は劣る。」
二つの魔法陣が並ぶ。
一方は強く輝き、もう一方は穏やかに波打つ。
「他にも、“筋肉強化特化”、“神経伝達高速化”、“五感鋭敏化”など、身体能力に関わる体質がある。剣の適正と組み合わさると、驚異的な戦闘力を生む。」
剣の稽古で反応できた理由――“神経伝達”や“反応系”の体質なら、納得がいく。
「体質は変えられない。だが、理解し、扱い方を学べば、“力”にも“呪い”にもなる。」
「今出た呪いについても話そう。」
ザードの声が低くなる。
光が一瞬、黒と白に染まり、ぶつかり合うように揺れる。
「体質の中には、“呪い”と呼ばれる性質がある。本人の意思とは無関係に、肉体や魂に刻まれた異常な現象だ。代償と引き換えに莫大な力を発揮するものや、生きるだけで他者に影響を与える危険なものもある。」
マユが息をのむ。
俺の背筋に冷たいものが走る。
呪い――黒い雷の記憶がよぎった。
「さらに重要なのが、さっき話した“因子”だ。」
ザードは白と黒の魔法陣を重ねて描く。
「“天の因子”と“魔の因子”。極めて稀で、体質を超える資質だ。持つ者は、“光”または“闇”と結びついている。」
「……体質の一種ですか?」
ザードが頷く。
「厳密には異なるが、肉体や魂に刻まれている点では近い。覚醒の引き金は、強い感情、瀕死の状態、あるいは――他者との共鳴と様々だ。」
ごくりと唾を飲む。
「“因子持ち”は忌避される。特に“魔の因子”は、かつての魔神と同じ力を持つと恐れられる。“天の因子”も異質すぎて疎まれる。」
光と闇が、なぜ嫌われるのか。
「魔天大戦」の傷が関係しているんだろうな。
「体質は才能であり、業だ。扱いきれなければ、自身を滅ぼす。」
ザードの言葉が、深く心に染み込む。
「以上が、資質の基本だ。君たちがこれから向き合うものだ。」
ザードの声は穏やかだが、試すような響きがあった。
「質問はあるか?」
俺は迷い、口を開く。
「“資質”は、すべてを決めるんですか? 適正や因子がなければ、努力しても届かないんですか?」
ザードは目を細め、微笑む。
「いい質問だ。だが、答えは――“否”だ。」
マユも顔を上げる。
「資質は限界を示す枠かもしれない。だが、人はときにその枠を壊す。“才能を越える執念”が、歴史に幾度も刻まれている。」
その力強い声に、胸が熱くなる。
「君たちは若い。資質に縛られるには早すぎる。自分を知り、諦めず、進み続けること。それができれば、資質はただの“目安”だ。」
ザードが立ち上がる。
「さて、準備もできた。適正検査を受けに行こうか。」
俺は立ち上がる。
自分の中に眠る“何か”を知るために。
その手がかりが、“適正検査”だ。
「マユはどうする? 受ける?」
マユは目を伏せるが、すぐに顔を上げる。
「……うん。私も、自分のことをちゃんと知りたい。」
揺れる声に、確かな意志が宿る。
逃げるためでも、恐れるためでもない。
自分が何者かを知り、世界と向き合うために。
「じゃあ、行こうか。」
俺たちは肩を並べ、歩き出す。




