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黒と白の異世界物語  作者: 如月
第一章 異世界生活の始まり
10/28

第10話 白髪と少年の正義

4/21日の18時から1時間おきに4話連続更新します。

「はーい……あら、リオ。ずいぶん遅かったわね……って……。」

扉がわずかに開いた瞬間、母さんの声が止まった。


 俺の腕の中の少女を見て、目を見開いたまま動かなくなる。

「母さん、こいつ……森で襲われてたんだ。助けたんだけど、俺じゃ怪我を治せなくて……お願いだ! こいつを助けてやってくれ!」


 少女をそっと抱き直しながら、俺は必死に訴えた。

母さんは何度か瞬きをし、小さく息を呑むと、すぐに顔を引き締めた。

 

「入って。ひどい傷……まずは手当てが先ね。あと、リオ、あなたもボロボロじゃない。」

母さんが扉を大きく開く。


 囲炉裏の火がほのかに揺れる居間に、布団を敷き、俺は少女をそっと寝かせた。

母さんの指先が動き始める。


 血のにじんだ擦り傷を拭い、打撲の腫れに冷やした薬草を当て、手際よく包帯を巻いていく。

深い傷には、淡い光を放つ回復魔法を施し、少女の呼吸が少しずつ落ち着いていく。

その所作は穏やかで、まるで壊れ物を扱うような優しさだった。

 

「……よく、ここまで頑張ったわね。」

母さんの指が少女の頬に触れる。

少女は一瞬、痛みで眉をひそめたが、すぐに静かに目を閉じた。

 

「意識はあるわ。でも、かなり衰弱してる。しばらく休ませないと。」

「ありがとう、母さん……。」

「にしても、白髪ね……。」

 

母さんの手がわずかに止まり、俺を見た。

その視線に、村の掟――“白髪は魔族、見つけ次第殺せ”――が重くのしかかる。

 

「……森で襲われてたって言ったけど。」

「うん、多分、父さんの言ってた人攫いだと思う。でも、白髪だからって殺されかけてた。もう少し遅れてたら、きっと……。」


 言葉に詰まりながら、俺は最後まで伝えた。

母さんは静かに頷き、少女の白銀の髪にもう一度視線を落とした。

「……こんな小さな子でも、白髪だからって……。」


 呟く声には、怒りより深い悲しみが滲んでいた。

まるで、遠い記憶を掘り起こすような、切なさだった。

 

「この子、名前は?」

「いや……聞けてない。あんまり話せる状態じゃなかったから……。」

「そう……。」


 母さんは少女の頬を撫で、布団の端を整えた。

「少し席を外すわ。水ともう少し薬草を取ってくるから、リオはここにいてあげて。」

「うん。」


 俺は頷き、少女のそばに座った。

彼女の呼吸は浅いが規則正しく、かすかな安心感を与えてくれるリズムだった。

(この世界の“普通”が、どれだけ狂ってるかなんて、転生しなきゃ分からなかったかもしれない。)

そんなことを考えていると、玄関の戸がガタリと開いた。


 

「ただいま……って、おい、リオ、まだ起きてるのか?」

父さんの声に、俺ははっと顔を上げた。

 

「父さん……。」

「どうした、そんな顔して――って、ボロボロじゃないか。」

父さんが駆け寄り、俺の全身をさっと見回す。

「何があった? 怪我してるのか?」

「いや、大丈夫。僕は平気……でも、こっちの子が……。」

 

 俺は横たわる少女に視線を落とした。

父さんの目が少女に向けられた瞬間、表情が一変する。

「……白髪、か。」

低く、重い声だった。

 

「森で襲われてたんだ。人攫いか、あるいは……誰かに殺されかけてた。僕が見つけなかったら、今頃……。」

父さんはしばらく無言で、じっと少女を見つめていた。

やがて、深い息を吐き、呟いた。

 

「……それで、お前が助けたのか。」

「ああ。」

「……そうか。」

父さんはそれ以上何も言わず、静かに腰を下ろし、少女の手元に毛布をかけた。

そのごつい手は、まるで壊れ物を守るように優しかった。

 

「母さんが水を取りに行ってる。少ししたら戻ってくる。」

俺がそう言うと、父さんは頷いた。

そして、ぽつりと。

 

「今朝話した人攫いのこと、覚えてるか? その犯人であろう男たちが自警団に自首してきたんだ。」

「――え?」

思わず声が漏れた。

 

「奴らはこう言ってた。金髪のバケモノみたいに強いガキがどうこうってな。」

「……多分、僕のことだと思う。」

唇が自然に動いた。声は震えていたが、妙に冷静な確信があった。

 

「襲ってたやつら、僕が倒したんだ。……あいつら、自首したのか……。」

父さんは驚いた様子もなく、小さく頷いた。

「そうか。お前が……。」

その目に、一瞬、何かがよぎった。誇らしさか、心配か、あるいは――何かもっと深いものか。

 

「お前は正しいことをした。この子を守ったのは、お前だ。けどな、リオ。」

父さんの声が低くなり、俺の目を真っ直ぐ見据える。

「この村の“正しさ”は、必ずしもお前の正義と同じじゃない。」

その言葉が、冷たい刃のように胸を切り裂いた。

分かってる。

この世界は、俺のいた世界と違う。

理不尽も、暴力も、差別も――当たり前の顔をしてそこにある。

 

「……それでも、俺は……見捨てられなかったんだ。」

父さんは黙って、俺の言葉を待ってくれていた。

「……白髪ってだけで殺されるなんて、絶対おかしい。」

そう言い切ると、胸の奥で何かが静かに燃えた。

父さんは目を細め、ゆっくり立ち上がった。

 

「……そうだな。おかしいな。だけど、それが“普通”だと信じてる奴らが、この村には山ほどいる。何より――それが掟だ。」


 掟。

あの石碑に刻まれた文字――“黒髪や白髪は魔族、見つけ次第殺せ”。

俺は唇を噛み、少女の白銀の髪を見つめた。


 父さんは無言で囲炉裏の火を見つめていた。

炎の揺らめきが、彼の顔を影絵のように揺らす。

「リオ、お前がこの子を助けたのは……運命だったかもしれないな。」

「運命……?」

「この世界の正しさがどうであれ、お前が選んだことは“人として”正しかった。俺は……それを誇りに思うよ。」


 その言葉が、胸の奥にじんわり染み込んだ。

否定されると思った。怒られると思った。ぶん殴らると思った。


 でも――父さんの言葉は、俺の心を軽くした。

「……ありがとう、父さん。」

父さんはただ、頷くだけだった。


 やがて、母さんが戻ってきた。

水の入った桶と、薬草を乗せた木皿を手に。

「ふたりとも、ちゃんと休まないとダメよ。リオも、自分の身体をもっと大事にしなさい。」

「うん……ごめん。」

苦笑しながら返すと、母さんはふっと微笑み、俺の頭を軽く撫でてくれた。

 

「この子、朝まで様子を見て、状態が安定したら……名前、聞いてみましょう。きっと、話せるようになったら、いろいろ教えてくれるわ。」

「……そうだね。」

母さんは少女の枕元に薬草を置き、静かに立ち上がった。

 

「リオ、今日はもう休んで。ここは私たちが見るから。」

「……わかった。何かあったら、すぐ起こして。」

俺はそう言い残し、自室に向かった。


 

 翌朝、少女はまだ目を覚ましていなかった。

目を覚ますと、朝の日差しが窓から差し込み、鳥のさえずりがかすかに聞こえていた。

居間に行くと、父さんと母さんが静かに話している。

 

「……やっぱり、このままじゃ危ないわ。村の誰かに見られたら――。」

母さんが言いかけたところで、俺の姿に気づき、言葉を飲み込む。

 

「おはよう。……どう? まだ、眠ったまま?」

「ええ。だいぶ落ち着いてはいるけど、まだ意識は戻らないわ。」

「そっか……。」


 気まずい沈黙が流れる。

俺も薄々感じていた。

あの子の白銀の髪が、村で“悪”として扱われる現実。

 

「リオ、この子の髪……どうするつもりだ?」

父さんの声が、重く響いた。

「このままじゃ、村に見つかったときに面倒になるわ。隠すにしても限界があるし……。」

「染めればいいんじゃないかな。金髪とか。目の色が青いし、金髪なら僕とそっくりになる。」

 

 母さんは少し驚いた顔をし、ゆっくり頷いた。

「そうね……それが一番安全だと思う。リオ、これで染料を買ってきてくれる?」

小さな革袋を差し出され、中に銀貨が数枚入っているのを確認する。

 

「わかった。オルドさんのところに行ってみるよ。鍛冶屋だけど、いろんな雑貨も扱ってるから、あるかもしれない。」


 着替えを済ませ、家を出る。

朝の空気はひんやりと澄み、村の通りはまだ静かだった。

鍛冶屋のオルドは、いつも通り工房にいた。

鉄を打つ音が響く中、俺は入口で声をかけた。

 

「オルドさん、ちょっといい?」

「ん? おう、リオか。なんだ、剣でも折ったか?」

「いや、今日は雑貨を見に来たんだ。髪を染める染料、ある?」

オルドは目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。

 

「めずらしいもん探してるな。あるにはあるぞ。旅人向けに仕入れてるからな。どの色にする?」

「金色とかある? 僕の髪と似たような色で。」

「了解。ちょっと待ってろ。」


 奥から瓶を一つ持ってきて、カウンターに置く。

中には濃い金色の液体が入っていた。

「肌にも優しいやつだ。薄めて使えば、しばらくはもつ。銀貨二枚だ。」

「ありがとう。」

代金を渡し、瓶を受け取ると、俺は家へと急いだ。

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