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製造番号 59462 ~ 2日目

挿絵(By みてみん)



 一晩中、俺はゲームに没頭していた。


 あの単純なブロックを並べて消すだけのゲームに、気づけば完全に時間を忘れていた。


 いつの間にか体力も限界に達していたのだろう。


 気がつけば、そのまま椅子にもたれかかりながら寝落ちしていた。


 やれやれ、まるで子供みたいなものだ。


 体が固まったように重たく、背中が痛い。


 だが、それ以上に俺を突き動かすのは、腹の底からこみ上げてくる不快な空腹感だった。


「腹が減った……」


 思わず口からその言葉が漏れ出る。


 頭はまだぼんやりとしている。


 まるで、霧の中にいるような感覚だ。


 何もかもが曖昧で、はっきりしない。


 俺が今どこにいるのか、なぜここにいるのかもわからない。


 ただ、確かなのは一つ、腹が減っているということだけだ。


 ベッドからよろよろと起き上がり、壁に手をつきながらふらふらと部屋の中を歩き始めた。


「ヤミン! 飯はどうなってるんだ?」


 俺の口から自然に名前が出てくる。


 ヤミン。昨日もそう呼んでいた気がする。


 だが、俺がそう呼んでいたのか、それとも誰かがそう呼んでいたのか、それすら曖昧だ。


 ただ、目の前にいるこの小さな少女がヤミンだということは、どうやら確かなようだ。


 最高位管理者の俺の、便利な召使い。


「おはようございました、博士。今、朝ごはんの準備をします」


 ヤミンはいつもの穏やかな微笑みを浮かべて答える。


 そうだ、確か昨日もこいつが飯を作っていたはずだ。


 いや、作っていたに違いない。


 俺の記憶は曖昧だが、彼女のその穏やかで無垢な笑顔だけは、どこか心に引っかかって離れない。


 しかし、それがどうしてなのかはわからない。


 俺はただ腹が減っていて、イライラが募っていた。


「おい、早くしろよ。腹が減ってんだ。」


 言葉が荒っぽくなるのも無理はない。


 空腹というのは理性を奪う。


 さっさと飯を用意しないヤミンが悪い。


 ヤミンは俺の苛立ちをまるで気に留めていない様子で、淡々と朝食の準備を始めた。


 彼女の動きはいつも通り、ゆっくりとしたペースで、まるで時間など無限にあるかのようだ。


 野菜を丁寧に切り、魚を処理し、鍋に火をかけるその手際は確かに見事だが、俺の腹の虫にはそんなことどうでもいい。


「なんでこんなに時間がかかるんだよ……俺がやった方が早いんじゃないか?」


 また、思わず口にしてしまう。


 けれど、内心では昨日のことを思い出していた。


 そうだ、昨日俺は自分で料理をしようとして大失敗したんだ。


 野菜は焦げ、魚は台無しになり、キッチンはひどい有様だった。


 結局、腹を満たすどころか、余計に疲れただけで終わった。


 その後、ヤミンが何とかしてくれたのだ。


 彼女の手際を見ながら、俺は腕を組んで苛立ちと共にため息をつく。


 なんだか無駄な時間を過ごしているような気がしてならない。


 しかし、漂ってくる香ばしい匂いが俺の不満を少しずつ和らげていく。


 焼き魚の香りが鼻をくすぐり、炒めた野菜の香ばしさが胃を刺激してくる。


 腹が再び大きな音を立てて鳴り、俺はさらに待ち遠しく感じる。


「……もう少し早く作れたらな」と、不満げにぼやく。


 だが、本当のところ、彼女の腕前には少し驚いているのも事実だ。


 あの小さな手で、これほどまでに丁寧に料理を作れるとは思っていなかった。


 まあ、結果的に美味しい料理が出てくることはわかっているのだが、待っている時間が長く感じて仕方がない。


 ようやくヤミンが料理をテーブルに並べた。


 焼き魚、野菜の炒め物、鶏肉のスープ。色とりどりの食材が目の前に広がり、俺の腹がもう一度大きく鳴った。


 香りが強く、俺の理性をかき乱す。


「お待たせしました、博士。どうぞ召し上がってください」


 ヤミンはにっこりと微笑みながら、食器を並べる。


 その笑顔に答える気も起こらず、俺は無言で箸を手に取ると、さっさと口に運び始めた。


 味は予想通り、いやそれ以上だった。


 魚の焼き加減は絶妙だし、野菜もシャキシャキとした歯ごたえがある。


 スープは温かく、体全体に心地よく染み渡る。


 この瞬間だけは、満足感が俺を支配した。


 とはいえ、そんな気持ちを口に出すつもりはない。


「ふん、俺が作るよりマシだな……」と、食べながらつぶやく。


 それは心からの賛辞ではないが、昨日よりは正直な気持ちかもしれない。


 何度も箸を動かし、口に運び続ける。腹は徐々に満たされ、気分も少し落ち着いてきた。


 食事を終え、俺は少し考え込む。


 ヤミンの料理がこれほどのものなら、これからも彼女に任せるのが一番だろう。


 俺は何気なく命令する。


「これからもずっと、お前が作れよ。」


 まるで当然のように言葉が出てきた。


 特に考えもせず、ただ口にしただけだった。


 だが、ヤミンは一瞬困ったような表情を浮かべた。


 その様子に気づいたが、特に気にも留めずに続ける。


「博士、それは……難しいかもしれません……」


 彼女の声はか細く、どこか申し訳なさそうだった。


 その意味を深く考えることもなく、俺はすぐに苛立ちを覚えた。


「口ごたえするな!」


 声を荒げてしまう。


「いいから、俺の言うことを聞け。俺がやるよりお前がやった方がマシなんだから。」


 ヤミンは一瞬言葉を飲み込むようにして黙り込んだが、やがていつもの微笑みを取り戻して静かに答えた。


「はい、博士。」


 彼女が微笑んだ瞬間、なんだか妙に胸が締めつけられるような、落ち着かない感覚が一瞬だけ俺を襲った。


 けれど、その感情はすぐに霧散していった。


 まるで、俺の心に微かな波を立てたかと思えば、そのまま何事もなかったかのように静かに消え去った。

 何なんだ、あの感じは。…まあ、どうでもいいか。


 俺はこの研究所の最高位管理者だ。


 俺の言うことは絶対で、誰にも逆らわれる理由はないし、そもそも逆らうこと自体が許されない。


 ヤミンもその一部に過ぎない、単なる従属的存在だ。


 召使いが主人に従うのは当然のことで、彼女が俺の命令を黙って受け入れるのもまた当然のことだろう。


 何もおかしくはない。


 俺は間違っていないし、そもそも、俺が間違うことなどあるはずがない。


 それに、腹が満たされた今、少なくともその瞬間はすべてが順調だった。


 料理の味も悪くなかったし、俺は満足している。


 だから、このままでいいんだ。


 あの違和感なんて無視すればいい。


 些細なことだ、気にする必要はない。


 満腹感に浸りながら、俺はベッドに腰を下ろし、手元に置いた端末を手に取った。


 ゲームを続ける。昨日も同じことをしていたような気がするが、気にしない。


 俺の時間は自由だし、何をしようが俺の勝手だ。


 端末の画面が明るくなり、あの馴染みのあるゲームのタイトルが表示される。


 これでまた、時間を潰せる。


 俺はゲームに没頭した。


 最初は楽しんでいた。


 ブロックを並べて消し続けた。


 飽きてきたので別のゲームを見つけた。


 敵を撃ち倒して、クエストをクリアして、スコアを稼ぐ。


 けれど、段々とそれにも飽きが来る。


 何度も同じ敵を倒し、同じエリアを走り回っていると、最初の高揚感が薄れていくのが分かる。


 ふと、俺は手を止めた。


 画面に映るキャラクターが無意味に跳ね回っているのをぼんやりと見つめながら、ため息が漏れた。


「……つまんねぇな。」


 ゲームが悪いわけじゃない。


 俺が悪いわけでもない。


 ただ、同じことを繰り返すのに飽きてきた。


 それだけだ。


 そろそろ他に面白いことを探さないと、このままではただ無駄な時間を過ごすだけになってしまう。


 何か他に、刺激的なことはないだろうか。


 思い返してみると、ここ最近はずっと同じことの繰り返しだ。


 食事して、ゲームして、寝て起きて、また同じことの繰り返し。


 ヤミンが飯を作ってくれることにも感謝しているとは言い難いが、俺が手を動かす必要がないという点では助かっている。


 しかし、それすらも飽きが来ているのかもしれない。


 彼女の料理の腕は確かだが、俺の空腹を満たす以上の何かが欲しくなっている。


 何か新しいこと。新しい刺激。


 新しい楽しみ。それが今の俺には必要なんだ。


 さもなければ、この退屈な日常に押しつぶされてしまいそうだ。


 だが、そんな簡単に新しい楽しみが見つかるわけでもない。


 ゲームにも飽きた、食事にも飽きた。


 この研究所にはもう何も残っていないんじゃないかという気さえしてくる。


 そう考えると、少し苛立ちが込み上げてきた。


 何か面白いことがあるはずだ、何か新しいことが。


 俺は部屋を見回し、ヤミンの姿を探した。


 彼女に何か提案してもらうか?


 いや、それも同じ結果になりそうだ。


 だが、この退屈から抜け出す方法はないものか…。


「くそ、なんか面白いことはねぇのかよ。」


 呟きが自然と口から漏れた。


 その声に誰も答えない。


 ただ、俺の中の空虚さだけが膨らんでいく。


 その日はもう何もする気も起きずに、そのまま眠った。


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