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製造番号 59462 ~ 1日目

挿絵(By みてみん)



 まぶたが重い。


 ゆっくりと、それでも無理やりに目を開けると、ぼんやりとした視界にまず映り込むのは、どこか白々しい天井。


 眩しいわけでもないが、薄暗い照明のせいで、部屋全体が陰鬱な雰囲気に包まれている。


 静寂を破るものは、どこか遠くから聞こえる機械音。


 それがかすかに響いているだけで、他には何も感じ取れない無機質な空間だ。


 頭が重く、考えがまとまらない。


 ここはどこだ? 俺は誰なんだ?


 思考がまとまらないまま、瞼をさらに擦るようにして目を凝らしてみると、視界の端に培養器。


 見慣れたものが浮かんでいるのに気付いた。


「……またか……」


 自分でも驚くほど小さな声が口から漏れた。


 胸の奥に広がるのは、言葉にすらならない不満と苛立ちだ。


 もう何度この感覚を味わっただろうか。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。


 まるで同じことを繰り返しているような気がしてならない。


 それなのに、その「何か」が何なのか、どうしても思い出せない。


 ただひたすらに、全てが間違っているように思えてくるのだ。


 だが、それを深く考える余裕は今の俺にはない。


 何もかもが煩わしく感じられる。ただ、それだけ。


 その時だった。


 培養器の液体が静かに引いていき、ガラスの扉が音も立てずに開かれる。


 その中から現れたのは、いつものように同じ顔、同じ姿の少女。


 金髪に茶色の瞳、白い肌。それだけでもう見飽きている。


 変わらない、そのままの姿で目の前に再び現れた彼女の姿は、もうすっかり「いつもの」光景になっていた。


 そして、その小さな体は、相変わらず裸のまま。


「おはようございました」


 元気に挨拶をしてくる彼女の声が耳に届くが、俺は返事をする気にもならない。


 無視だ。


 何も応えず、ただ目の前にいるその存在自体を見なかったことにするように、自分の思考の中に沈んでいく。


「博士、今日は何をしましょうか?」


 無邪気な声が続けて響く。


 しかし、それは俺にとって耳障りなだけだ。


 何かを感じるどころか、むしろ苛立ちが募っていく。


 ここで初めて、俺はつい呟いた。


「……黙れ」


 その一言は、俺自身すら驚くほど小さな声だったが、それでも言葉になっていた。


 思わず出てしまったその言葉に、彼女がどう反応するのか気にもしていなかった。


 案の定、彼女はその言葉をまるで気にする素振りも見せず、さらに俺に近づいてくる。


「博士、お腹が空いていませんか? 何か作りましょうか?」


 その言葉を聞いて、俺は無意識に腹を押さえていた。


 そうだ、確かに空腹だ。


 それも相当なものだ。胃がきしむような感覚が、一層苛立ちを加速させる。


 それでも、目の前の彼女の存在に対する不快感の方が強く、俺は冷たく言い放った。


「……いいから、ほっとけ。」


「でも、博士……」


 彼女は少し困ったような顔をしたが、それも一瞬のこと。


 すぐにいつものような無邪気な笑顔を取り戻し、再び俺に寄り添うように歩いてくる。


 溜息が出る。


 俺は彼女を無視することに決め、足を進めた。


 研究所の中をあてもなく歩き回りながら、頭の中では空腹のことばかりが渦巻いている。


 食い物を探さなきゃ、と考えながらも、ふとした瞬間に彼女の存在が頭をちらついて、余計に苛立ちが募る。


 やがて、倉庫の一角でようやく食材を見つけた。


 野菜と魚、そして鶏肉。


 冷蔵庫の中にそれらが整然と並んでいるのを見て、少しだけ安心した気分になる。


 しかし、そこでふと立ち止まる。


「俺が……料理をする……?」


 ぼんやりとした考えが頭をよぎるが、どうにもその想像がうまくいかない。


 俺が料理なんてしたことあったか?


 記憶がはっきりしないまま、それでも空腹には勝てず、俺は自分で料理をすることを決意した。


 どうにかなるだろう、という安易な期待を抱きながらキッチンへ向かう。


 だが、結果は最悪だった。焦げ臭い匂いが立ち込め、鍋からは怪しげな蒸気が上がる。


 皿の上には、見るも無残な失敗作が広がっている。


 何をどうしたらこうなるのか、俺自身が理解できない。


 だが、理解できないからこそ、苛立ちが頂点に達する。


「くそっ、なんだこれ……」


 思わず口から出たその言葉に、さらに自分が嫌になる。


 イライラが止まらない。


 俺は彼女に目を向け、言葉も選ばずに怒鳴りつけた。


「お前がやれ!」


 ヤミン――そう、彼女だ。


 いつも俺を見つめ、笑顔を絶やさない彼女。


 そんな彼女が驚いたように目を見開いたが、それもほんの一瞬。


 すぐににこりと笑って答えた。


「はい、博士! 任せてください!」


 彼女は手際よく食材を扱い、料理を進めていった。


 その姿を無言で見つめる俺の腹の虫は、苛立ちと共にますます鳴り響く。


 待つのが辛くなり、俺は苛立ちを抑えきれずに口を閉ざしたままだ。


 やがて料理が完成し、食卓に並べられた。


 シンプルな野菜の炒め物、焼き魚、そして鶏肉のグリル。


 それぞれが香ばしい匂いを放っている。


 彼女は、満足げに俺を見つめながら微笑む。


「できました、博士。どうぞ召し上がりください」


 俺は一言も発することなく、乱暴に箸を手に取り、無言で料理を口に運んだ。


 最初は文句を言おうとしたが、口の中に広がる味に思わず目を閉じた。


(……うまい……)


 心の中でそう呟くものの、決して口には出さない。


 代わりにさらに口を動かし、次々と料理を平らげていった。


 満腹感がじわりと広がる中で、少しだけ彼女に感謝している自分がいたことに、また苛立ちを感じた。


「もっとあるか?」


 俺は無愛想に言いながらも、皿を差し出した。


「はい、もちろん」


 ヤミンはすぐに追加の料理を準備し、俺に差し出してくる。


 彼女は、決して文句を言うことなく、ただ俺のために料理を作り続ける。


 それが当たり前のように、また次の一皿が俺の前に並べられた。


 その瞬間、俺はふと、彼女の無邪気な笑顔を見つめながら、なぜか言いようのない孤独を感じた。



 ◆・◆・◆



 管理端末を見つけた時、俺の中で何かが引っかかった。


 薄暗い部屋の中でひときわ目立つその無機質なディスプレイに映し出される光が、ぼんやりとした俺の意識を引き寄せたのだ。


 何かを見つけたという実感があった。


 これが答えだとは思わなかったが、それでも、何か重要なものがそこにあるような気がした。


 端末に手を伸ばし、操作しようとすると、パスワード入力の画面が立ちはだかっていた。


 そういえば、俺はまだ自分が誰なのかさえ覚えていないんだった。


 パスワードなんて知るはずもない。


 腹立たしい。


 しかし、そんなことは些細な問題だ。俺にはヤミンがいる。


「パスワードを教えろ」と命令すると、彼女はすぐに応じた。


 まるで機械的に入力を済ませ、ロックが解除された。


 驚くほど簡単だったが、これも当然なのかもしれない。


 彼女は俺に従う存在であり、俺はこの施設の「最高位管理者」だという。


 俺自身がこの施設で一番偉い存在、全てを統べる者らしい。


 自分でもピンとこないが、そういうことらしい。


 まぁ、それならそれでいいだろう。


 画面を眺めながら思った。


 俺が何者なのか、まだ全く見当もつかない。


 しかし、俺がここで一番偉い人間だと言われたところで、その事実が心に響くわけでもない。


 俺が何をしたかも、何を研究していたかも、今となってはどうでもいいことだ。


 重要なのは、俺がここで何でもできるということだけだ。


「どんなデータにもアクセスできる」その事実だけが今、俺の中で妙にしっくりきた。


 この端末を使えば、俺が知りたいこと、記憶を取り戻す手がかりさえも簡単に見つかるはずだ。


 だが、それでも何故か、その気になれなかった。


 膨大なデータの中には、きっと俺の過去やこの施設が行っていた研究の詳細があるだろう。


 自分が誰なのか、この研究所が何を目的としているのか、その答えが眠っているに違いない。


 しかし、その探求には膨大な時間とエネルギーがかかるはずだ。


 それよりも、もっと目の前の面白そうなものに心が惹かれた。


 俺の目に止まったのは、ひどく単純なゲームだった。


 ブロックを積んで消すだけの、何の変哲もないゲーム。


 それでも、そのシンプルさが逆に引き込まれた。


 思わず手を伸ばし、始めてみると、意外と頭を使う。


 ブロックをうまく消すためには、少しの計算とタイミングが必要だ。


 最初はただ暇つぶしのつもりだったが、気が付くとどっぷりハマっていた。


「私は何をしますか?」


 横でヤミンの声が響くが、俺はそちらを一瞥するだけだった。


 彼女は俺の命令を待っている。


 だが今は、そんなことにかまっている暇はない。


 ゲームのテンポが乱されるのが、無性に腹立たしかった。


「邪魔だ。俺はゲームで忙しい。飯の時間までどこかに行ってろ」と、冷たく突き放すように言った。


 ヤミンはしばらく俺をじっと見つめたが、すぐに「わかりました。そうします」と短く返事をして、部屋を出ていった。


 ふん、これでようやく静かになった。


 俺は深く息を吐き、再びゲームに集中する。


 目の前のブロックが積み上がり、次々と消えていく様子を見ていると、奇妙な満足感が湧いてくる。


 考えるのをやめ、ただ目の前の単純作業に没頭することができる。


 そう、こんなふうに、何も考えずにいられる時間が、今の俺には必要なんだ。


 このゲームが、いつまで俺を夢中にさせてくれるのかはわからないが、今はそれで十分だった。


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