【権力と癒着】企業・団体献金の禁止は憲法違反なのか?【歪む政治】
筆者:
本日は当エッセイをご覧いただきありがとうございます。
今回は「企業・団体献金」「個人献金」について「透明性の確保」以外で必要なことについて個人的な解説と意見を述べていこうと思います。
◇令和の価値観における憲法解釈は「不明」
質問者:
そもそも、「企業・団体献金」というものはあるのと無いのとでどう違うのでしょうか?
筆者:
僕の価値基準で判断させてもらいますと、企業団体献金は国益を損なう存在だと考えており、完全に無くしていく必要があると考えています。
「大企業優遇措置」で事実上の輸出補助金である消費増税が行われ、法人減税が行われ続けてきたという事実があります。
「大企業の献金」と言う圧倒的な存在が日本の政治・経済を歪めてきたのです。
質問者:
なるほど……。
しかし、自民党や石破総理大臣は「企業・団体献金」を禁止することは「憲法に違反」するというお話ですがそれについてはどうなんですか。
特に憲法21条の「表現の自由」に抵触するかもしれないというお話なのですが……。
筆者;
企業や団体の政治献金の問題については「八幡製鉄事件」と呼ばれる1970年の最高裁判決がよく取り上げられ、石破氏も国会内で引用されました。
ザッと最高裁判決の内容をまとめますと。
・日本国内の会社は税金を納めている自然人であることから、寄付する権利はある。
・会社規模に対して不相応に巨額な政治献金でない限り、政治献金を決めても取締役の忠実義務違反にはならない。
・憲法上は公共の福祉に反しないかぎり、会社といえども政治資金の寄附の自由を有し、そう解しても国民の参政権を侵害するものではない。
・よって、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められる限りにおいては、会社の政治家に対する献金は定款所定の目的の範囲内の行為である、
と判断しています。
質問者:
つまりは禁止することで企業の「寄付の自由を侵害する」という事になってしまうわけですか……。
筆者:
ですがこの判決には一つ留意するべき重要な点があります。
「公共の福祉に反しない限りにおいて」企業献金を認めるという限定文句が付いているわけです。
企業献金が公共の福祉に反しているかどうかについては議論が分かれると思うのですが、
僕の価値基準で先ほどの内容をまた書くようで恐縮ですが、
この判決から50年以上経過した今では、「大企業優遇措置」で事実上の輸出補助金である消費増税が行われ、法人減税が行われ続けてきたという事実があります。
この2つの事象だけを取ってみても「企業献金が遠因となって一般国民の困窮」はこの50年余りで明らかとも言える状況のために「公共の福祉に反する」と言われても仕方のないレベルと言えます。
更に大企業主導の政治は日本経済全体では30年ゼロ成長、既得権益を固定化させ産業構造改革が進まなかった、国民の平均賃金は低下し続けた、ここ数年は円安誘導による物価高で国民は苦しんでいるという事象も招いています。
質問者:
確かに前回の判決と比べて50年も経てば大きく時代が変わっているので、裁判所の判断が変わってもおかしくはありませんよね……。
それに、他の野党は企業献金禁止に前向きなのに、自民党は「公開する」だけで終わりそうですよね……。
筆者:
まぁ、自民党以外の他の政党は企業献金が少ないから改革をしようとしているわけですがね。
自民党が弱体化すれば相対的な地位向上になりますから、それを狙っているだけに過ぎないと思います。
実際に24年12月6日の日本経済新聞の記事によりますと、自民党支部に17億8437万円に対して立憲民主党の支部には5024万円となっています。
※立憲民主党も団体献金禁止を訴えるならそれぐらいの金額は「受け取るな」とは思いますけど。
質問者:
その金額の差なら自民党が守りたくなる気持ちも分かりますね……。
筆者:
ただし、権力機構への献金禁止は公共の福祉の範囲内という解釈も可能ではあります。
しかし、最後の判決から50年が経過し、権力者に都合の良い憲法解釈は権力の濫用ではないか? とすら思えます。
今の価値観における最高裁の「公正な判断」を期待したいところですね。
どうも政治資金の裏金に関しても「会計責任者しか逮捕起訴されない」ことから“権力者への忖度“みたいなものも見え隠れしますのであまり期待できないのですが……。
◇完全禁止手前の「折衷案」
質問者:
現状の状態が実は「憲法違反かどうか何とも言えないのではないか?」という事はなんとなくわかったのですが、
献金の完全禁止の前段階の「折衷案」みたいなのは無いのでしょうか?
どうにもこの問題は政策が歪められることが明らかなことから「完全公開」だけでは何だか解せない気もするのですが……。
各種世論調査でも企業献金禁止に賛成が45%、反対が25%という感じがしますし……。
筆者:
そこで僕が提案したい案としては「政治団体に対する全ての寄付控除を無くす(損金不算入にする)」という事です。
質問者
? ? ? ?
一体それで何が変わるのかよく分からないのですが……。
筆者:
寄付控除というのはいわば「経費化」です。
つまりは、寄付をした金額分、企業の税金(法人税)または個人の税金(所得税・住民税)の支払う額を軽減する効果があります。
これを無くしてしまう事によって「純粋に応援したい気持ち」に近づけることが可能になります。
現状では「税金で納めるぐらいなら寄付控除を受けて、ついでに政治家に便宜を図ってもらおう」ぐらいなノリで寄付が気軽に行えてしまうわけです。
質問者:
なるほど、税金控除を受けられるメリットを無くすという事ですか……。
筆者:
事実上、課税後の所得から献金することになります。
これによって自民党が金科玉条としている「八幡製鉄所事件」の判決でもあるような「法人の政治活動の自由」の問題もなくなります。
また、ついでに個人の政治献金についても寄付金控除の対象外とすれば企業と個人から見た場合でも公平になりますので平等性についても担保できます。
個人献金も企業献金の「抜け穴」として、お偉い社長さんが個人で献金すれば一緒ですからね。
こちらも必ず引き締める必要があると思います。
ですから「政治団体に対する全ての献金」と定義させていただいたわけです。
質問者:
なるほど、その状態なら全く政治が歪められないとは断言できませんが、
余剰資金でやるならまだ問題は少なそうです。
筆者:
まぁ、僕としてはゆくゆくは「全献金」を無くして欲しいですけどね。
現在だって連合が作った政治組織団体が立憲民主党や国民民主党に対して計2.4億円献金すると言う抜け穴があるぐらいですからね。
今の政治資金規正法は「ザル」過ぎていくらでも「合法の範囲内」でやりようがあるという事です。
違反で捕まるような人たちって言うのは、それらの「ザル合法」では飽き足らないほどに「ガメツイ」んでしょうね。
でも、一足飛びでそこまで行くとは思わないので経過的な措置としての先ほどの案と言うですね。
質問者:
仮に献金をしないで表現の自由や政治活動の自由と言うのは保障されるんでしょうか?
筆者:
僕が思うに、1円も献金できずとも「推薦」という形で組織の長が特定政党のために支持表明すれば良いだけの話だと思いますよ。
企業側が秋波を送って、政党はその組織票を頼りにすると言うだけで十分影響力はあると思います。
その上で現状は多額のお金を貰っている状況ですから“暗黙の了解”として大企業のいう事を聞いているという事です。
質問者:
結局、政治家の方は当選が一番大事ですからね……。
筆者:
話は戻りますが、「企業・団体献金は現状のままか」「企業・団体献金完全禁止か」と言う二項対立だから平行線を辿っていくのです。
このままだと企業献金に関しては「透明化」程度で終わってしまうでしょうね
特に今は過半数を取っている政党が無い状況ですから“話し合い”で妥協点を探ることが大事だと思います。
質問者:
今のままだと「自民党寄りの妥協点」になっちゃいそうですよね……。
元があまりにも酷い状況だったのでちょっと改善しただけで「大改革した」と宣伝しそうですし……。
筆者:
野党の意地を見せて欲しいですね。
という事で最後までご覧いただきありがとうございました。
今回は、
・1970年の時点では企業・団体献金について「公共の福祉に反しないかぎり、会社といえども政治資金の寄附の自由を有する」とあるものの現在はどうか分からない。
・1970年の解釈でも合法で効果がありそうなのは「政治団体に対する全ての寄付控除を無くす(損金不算入にする)」案だという事をお伝えしました。
今後もこのような政治や経済のトレンドについて個人的な解説をしていきますのでどうぞご覧ください。