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恋を奏でて  作者: 心愛
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フェルマータの時に終止符を

あの夏で止まった僕の時は、この夏に動きだす。

「あ、四葉先生だ!おはようございます!」

「おはよう。今日も元気だね!」

 挨拶当番は大変だけれど、こうやって挨拶をしてくれるとそんな気持ちも吹っ飛んでしまう。

「宮崎先生人気者ですね」

 隣に立っている校長先生に茶々を入れられる。照れた僕は「いえいえ」と少し笑って目線を下げた。そういう校長先生にも児童たちは元気いっぱいの笑顔を見せて挨拶をしている。

「若くてね、かっこいい先生には目がないですからね。しかし2年目でここまで人気がない出るのも珍しいですよ」

「そんな、まだわからないことばかりで」

 胸元で小さく手を振る。校長先生も仰っていたように、僕はまだ2年目の新米教師。ここの小学校が先生としてくる初めての学校。僕は音楽の教員免許をとったので、担当授業はもちろん音楽。早速低学年のクラスを担当させてもらっているのだが、わからないことが多すぎて失敗の毎日。それでも児童たちは笑ってくれて、先生方も「気にすることない。次がある!」と擁護してくれる。

「それでもすごいことです。就職して2年目までが大変だとよく言いますから。この夏を超えたら大分楽になれると思いますよ」

「頑張ります!」

 児童の波が途切れて、もう誰も登校しないかもしれない。校長先生がベストを脱いだら僕も脱ごう。

「ところで先生、彼女とかいるんですか」

「今はいません」

 校長先生がベストを脱いだので、袖からベストを脱ぎ始める。天気雨みたいに予想外なことを聞かれて思わず2度見をしてしまった。

「いないんですか?!先生みたいな方でいらっしゃらないんですか。世の女性は皆もったいないことを」

 校長先生は目が飛び出るくらいに目を丸くした。

「大げさですよ」

「結婚願望とかは」

「今のところは。まずは仕事に慣れることからなので」

 僕は首を横に振る。すると校長先生は口を縦に開いて「おお」とでも言うように首を立てに大きく振った。こういう表情豊かな人こそ愛想よくて信頼されているんだろうなと思う。



「ここはね、裏声を使って声を出していきましょう。そうすることでよりきれいな歌い方になります」

 音楽の授業では、鑑賞、楽器演奏、もしくは今のように歌を歌うかのどれかだ。

「じゃあ行きますよ」

 そしてピアノをひく。知らない曲もあるが今までピアノをひいてきた指は鈍ることを知らないらしく、数回見ただけでもう半分以上をひくことができる。

「そうですそうです!いい感じですよ。じゃあ次行きますね。ここは大きく息を吸って一息でつなげるように歌いましょう」

 音楽教師は僕の他にもう2人いる。一人の先生は丁寧に教えてくれて嬉しいのだが、もうひとりの先生は短気なのか、すごく怒ってくる。ほんの小さな失敗でもだ。だからその先生は嫌いだ。

 優しい方の先輩教師に教わったのだ。「授業では決して自分人を怒らない。褒めて伸ばすことが大切!指摘するなら褒めたあとに、『もっとこうしたほうがいいよ』って優しく言うことが大事なの」と。1年目の、それも最初の方に言われたことだけど、今でも胸に深く刻み込んである。

「みんないいですよ!とても素晴らしいです。じゃあ通して歌ってみましょう」

 僕の教えたことでみんなが上達するのが今はただ嬉しい。それだけで自分が報われた気がするから。

「先生、今日飲みに行きませんか?」

 授業終わりの職員室にて同僚の中田先生が話しかけてきた。

「もちろんです。行きましょう!」

 中田芽依(めい)先生は僕と同期。僕と同じく2年目でここが初勤務場所。同い年、同期など色々と合うところがあり仲良くなった。




 瓶からジョッキにビールが注がれる音で喉が鳴る。そして疲れた脳にアルコールを流す。それはまるで疲れた体で湯船に浸かったような感覚だ。

「授業はどうですか」

 中田先生もビールを喉に流した。

「みんな真面目に頑張ってくれてますから。なんとかなってますよ」

「今年は合唱会、なんとかなりそうですか?」

「去年のようにはなりませんよ!頑張ります」

 この学校では毎年10月に音楽祭がある。学年ごとに合唱、合奏を行う。そのために7月くらいから課題曲の練習が始まる。今が5月中旬だからあと一ヶ月と少し。去年も僕は低学年を担当したのだが、児童よりも慌てふためいてしまい聞いていていいものではなかった。それでも学年の先生ではよく頑張ったと、児童だけでなく僕も褒めてくれた。それが偽善な気がして悔しくて、今年こそはと気合が入っている。

「去年悔しそうでしたもんね。見ててわかりましたよ」

 中田先生にはお見通しのようだった。

「そうなんです。だから今年は頑張らないと」

「期待してますね。あ、乾杯するの忘れてましたね」

 差し出されたジョッキに僕も気づいた。優しく微笑んだ先生に答えるようにしてジョッキを差し出す。

「ホントですね。それでは、乾杯」

 僕らの間にガラスの音が小さく響く。そして半分くらい残っているビールを減らす。仕事終わりに飲むものは何度飲んでも格別に美味しい。

「もう2年目ですか。早いですね、時が経つのは」

「中田先生、僕たちはまだ24ですよ」

 僕は届けられた串に手を伸ばす。鳥串だ。

 大学卒業して1年目から教師。こうして思えば忙しない日々を送っているんだなと思う。

「子供のとき、それこそ小学生の時なんかは、もうこの年になればお嫁さんに行ってるのかなーなんて考えてましたよ。でもいざ蓋を開けてみれば、お嫁どころか彼氏すらできてないだなんて」

 お酒が周り始めたようだ。明らかに顔が赤くなっており、喋り方も老けている。

「焦る必要ないですよ。まだ若いんですから」

「そういう先生はいるんですか」

 今朝もした会話だ。中田先生からすれば知ったこっちゃないだろうけど。先生に校長先生と同じ内容のことを話したと冗談交じりに言った。

「やっぱ気になりますよ。先生イケメンですもん」

 羨むような目で見られる。ビールを飲んだ中田先生は頬杖をついた。

 ふたりで飲んでいるからか、どちらかがたくさんのんでいるのか、ビールの残りが少なくなってきた。

「いえいえそんな」

「いたことはあるんですか?彼女」

 僕が首を横にふると先生は意外そうな顔をした。自分で言うのもあれかもしれないけど、よく同じようなことを聞かれ、同じような顔をされる。だからこの展開は慣れっこだ。

「同じ立場ですね」

「確かにそうですね」と笑って返す。

 話が途切れ、密かに運ばれてきていたご飯たちに手を伸ばす。

 

「そういえば、あれいきます?」

 テーブルの食材が大分片付けられ、締めに入ろうかというとき。ビールを注いでくれた先生が少しひさしぶりに口を開いた。

「あれとは」

 僕は眉間にしわを寄せた。

「ピアノの演奏会ですよ。有名人とかが弾きにくるみたいです」

「そんなものがあるんですか?」

「はい。隣の市でありますよ。車で…一時間もかからないくらいかと」

 意外と近くでびっくり。それにピアノのコンサート。音楽の教師として行かない選択肢はない。

 今でも家にキーボードがある。好きな歌を耳コピして弾いたり、趣味であるガーデニングで植えた花に合わせて曲を作ったりするくらいピアノが好きだ。幼い時からずっとピアノを続けてきた。最初は親に強制されていた。でも、途中からは自主的にするようになり、いつしか教えたいと思うようにまでなった。まさかここまで続けるなんて思ってなくて、昔の自分が今の光景を見たら目を丸くして驚くだろうなと思う。

「これ、パンフレットです。誰が出るとか書いてあります」

 えーっと。日時は6月8日。お。この日の誕生花はシャガ。僕が育てようと思ったけどできなかったから少し苦い思い出もある。

「行きます」

「私もご一緒していいですか?」

「ちょうどよかったです。僕場所わからないので、お願いします」

 ビールがなくなったので、そろそろお開きだ。僕は席を立った。少し先だけれど楽しみになってきた。

「それでは、また明日」

「お疲れ様でした」

 店を出て、別々の道なのでそこで別れを告げ家に帰った。

大切なのは、思う気持ちと花言葉

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