乾坤一擲
「鉾矢形の陣じゃ!」
「おおう!」
若殿の馬廻りを中心に紡錘型の陣を組む。先手は平手長政。政秀の嫡子で剛勇無双と言われている。
俺の手勢は左翼に位置している。そして自分自身は……紡錘の先端、さらにその先にいた。白装束の裃に、皆朱の槍を手にして。
「天田、いや、史郎よ。頼むぞ」
「はっ! 必ずや大手柄を上げ、若殿の前に手柄首を並べて見せましょうに」
「……天田殿。貴殿の策が成らねば我らは窮鼠となる。その時は若を逃がすことのみにこの皺首をかけねばならぬ」
「お任せあれ。では、行きます」
小高い丘を挟んで両軍は睨みあっていた。高所を押さえれば優位に戦える。そう考えてお互いがじりじりと進んでいる。このままいけば頂上付近でぶつかり合う、そんな状況だった。
「やあやあ、とおからば音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」
源平合戦のころのような名乗りを上げる。
「我こそは柴田権六が家臣にして、天田士朗なり! 我が槍先にかかりたくなくば今すぐに逃げるがよいぞ。今なら特別に追い打ちはしないでおいてやる」
引きつりそうになる顔を無理やり笑みの形にゆがめる。すげえ迫力だ。1500人の目が今、俺に引き寄せられているのだ。
『システムメッセージ 見切りスキルを軍勢に適用。敵陣の弱点が分かります。そこに攻撃を加えると敵を混乱させたり、士気を落とすことができます』
・敵軍 大将:織田信安
統率:47 武勇:51 知略:63
兵力:1483名 士気:100 うち斎藤家の兵:481名 将:長井道利
状態:挑発状態
敵は美味く俺の挑発に乗ってくれたようだ。
「おおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
口から自然と雄たけびが上がった。その気あたりに最前列の兵が怯む。
「ここ!」
びくりと足を止めてしまった兵に向けて槍を突き出す。
「ぐが!?」
兵は断末魔を上げ倒れる。そのまま槍を振り回して数名の兵をなぎ倒す。
「いまじゃ。天田を死なすな! 全軍突撃!」
背後から近寄る味方の軍勢の足音を背にさらに斬り込む。
「らああああああああああああああああああああああああああ!!!」
当たるを幸いに敵をなぎ倒す。
「死に狂いを相手にするな! 弓兵、狙え!」
「うてえええええええええええ!!」
左翼に回り込んだ俺の手勢が矢を放つ。俺に狙いをつけていた弓兵がそれで混乱し、こちらにはパラパラとしか矢が飛んでこなかった。
「天田衆、突貫せよ!」
「おう! ここで殿を死なせれば我らの一分は立たぬぞ! 行けやあ!」
一文字に斬り込んだ兵たちは、混乱して手薄になっていた敵旗本へ切り込むことに成功した。
「ぐぬ、なんだと!?」
「どうなっておる、どうなっておるのだ!?」
敵将、織田信安は見事に混乱していた。
「出会えい! わが名は織田三郎なり! よき首を所望いたす!」
「敵将、手柄首じゃ!」
「ふん!」
若自ら槍を振るって敵将を討ち取った。
「我は池田勝三郎じゃ!」
「であえい! 丹羽五郎左が相手いたす!」
なにやらのちに織田家の中核を担う綺羅星のごとき将が、今はただの馬廻り、小姓として敵と切り結んでいる。
「織田三郎が荒小姓、前田犬千代とは俺のことじゃ!」
「佐々内蔵助、参る!」
「川尻与兵衛の前を塞ぐな!」
「千秋四郎、推して参る!」
うん、それぞれがネームドの武者ばかりだ。うちにものちの秀吉がいるが……もっと他にいないかなあ……。
「ひけ、ひけええええええ!」
斎藤軍は最初から戦う気は無かった。であれば数は互角。機先を制したこちらの勝ちだ。
「深追いはするな! こちらも合わせて下がれ!」
「はっ、鐘を鳴らせ!」
若の命に平手殿がすぐさま陣鐘を鳴らす。
その音を聞きつけた兵たちは足を止めた。
「殿! 追い打ちの絶好の機会ですぞ!」
「まあ、まて。あやつらは尾張の侍であろう? すなわちこれから大殿の兵になる者らだ」
「は、はあ」
「今は逃がす。そしてのちに従わせればいいのだ」
配下の足軽に説明する。大暴れしただけあって疲労度が限界近くまで上昇しており、立っているのがやっとだ。
「士朗、よくやったぞ!」
そこに若が現れた。平手殿も皺が寄って谷間のようになっていた眉間が穏やかになっている。
「ははっ」
と言ったところでシステムメッセージが開く。
『ミッション達成!』
・敵兵87人を討ち取りました。
・敵を潰走させました。
・一番槍、および一番首で褒賞ボーナス獲得。
・信長との好感度が上がりました。織田家での名声が高まりました。武名が高まりました。
おおお、なんかすごいことになった。
「具足もなく、ほぼ素肌のいでたちで傷一つ負っておらぬか」
「運がようございましたな」
「くく、あれほどの働きを運で済ますか」
「いくさ場に立つというのはそういうことでしょう。矢が当たるも当たらぬも武運ひとつにて」
「命を掛札にした博打とでも言うか。面白きやつじゃ」
「人事を尽くしたのちは乾坤一擲、あとは天運に任すのみにございましょう」
「であるな。まずやるべきことをして、その上で天運に身を任すか……」
戦闘は終結し、信安は楽田へと逃げ帰った。捕虜は一応勧誘し、断った者はそのまま開放する。これから反転して犬山衆の背後を衝かないといけないからな。
「爺、楽田、黒田に調略をかけよ。このいくさで奴らの屋台骨は揺らいでヒビが入っておろう。そこを揺さぶってへし折れ」
「御意!」
ないとは思うが敵が反転してきてこちらの背後を襲うこともあり得る。先鋒を務めた平手衆を今度は後ろ備えとし、馬廻りを先頭に反転した。
「かかれ! かかれ! かかれええええええええい!!」
先陣で声を涸らして兵を叱咤する権六殿様はまさに鬼のような武威だった。
「おおおおおおおおおお!!」
配下の兵たちは奮い立って敵と渡り合う。合戦ゲージは互角。ということは……一突きで趨勢は傾く。
「若」
「うむ、十郎左に織田三郎が武辺を見せつけてくれるわ! 行けえ!」
飯を食い、疲労度は回復している。
「よし、続け!」
「「おおおおう!!」」
そのまま攻撃すれば奇襲になる。一気に敵の側面を突いた。
「なにっ!?」
信清は別動隊の将が初陣の信長と聞いて、戦力を正面に集中していた。だからこそ互角以上にわたり合えていたのである。
それがわずかな時間で信安は敗れ、反転してこちらを攻めている。
「なんたることじゃ。者ども退け!」
完全に混乱した軍をどうこうすることはできず、斎藤の兵は真っ先に逃げ出した。100近い討ち死にを出しつつ、何とか城に帰還できたが言い訳の余地もないほどの完敗に城内の雰囲気もざわついている。
「……今は降るしかないか」
歯噛みしつつ信清は和議の使者が来たと小姓から報告を受け、そう独りつぶやいた。
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