うつけの若殿
那古野の北東、小牧山のふもとに陣を張った。夜襲を警戒して見張りを出してはいるが、こちらに向けて出撃している様子はない。
「城に籠られると厄介だな」
「楽田の伊勢守が兵を挙げるかも知れぬな」
もともと伊勢守家の支援のために大殿は弟の信康を犬山に入れられた。数年前の美濃攻めで討ち死にされたのち、嫡子の信清が後を継ぎ、父の死は大殿の責であると弾正忠家から半ば離脱していたのだ。
信清は伊勢守家と盟を結び、弾正忠家の所領を横領しようとしてきた。今回のいくさの発端はそんなところだ。
「犬山の裏には斎藤がいるのだろうな」
ふとつぶやいた一言に権六殿が答えた。
「まずは間違いないだろうな。あちらからすれば尾張がまとまることは死活問題であろうが」
「であれば、北の国境沿いの地は調略されているとみるべきでしょうな」
「ふむ、犬山の手勢が正面に立ち西から楽田の兵が来るとみるべきか」
「犬山の兵力はどれほどで?」
「まずは一千、楽田も同じ程度であろう」
「なれば明日の軍議でそのように具申しましょうか」
「そうだな。今日は見張りに任せて我らも休むぞ」
「ええ」
操作パネルのスキップボタンを押すと、すぐに朝になった。
「さて、犬山より兵が出撃してきたと物見より知らせがあった。数は1200だ」
「……対岸より加勢が入っておりますな」
「城周辺の防備も随分と整いる様子」
「ふん、釣りだされたというわけか」
若殿が不満げにつぶやいた。
「十郎左はたわけだの。この程度の絵図、我が読めぬと思うてか」
「ではいかように?」
大殿の言葉に林殿が口を開く。
「挟み撃ちを仕掛けてくるということであれば、こちらも兵を分けよう。西より来る楽田の兵を受け持つ者はおらぬか?」
「我が受け持とうぞ」
若殿が即答された。
「よかろう、任す」
大殿も即答する。
「なっ!」
「若殿は初陣では!」
「……そもそもうつけの若に別動隊を任すと?」
ぼそりとつぶやいた言葉は本来なら聞こえなかったのであろうが、システムのアシストによりテキストとして表示される。
そう、ここが一つの分岐点だった。
『MISSION:若殿の初陣を補佐せよ』
・達成条件 敵援軍の撃破もしくは撤退
・失敗条件 信長隊の敗北(討ち死に確定となります)
「親父、権六に付けし新参者がおろうが。そやつを貸してくれい」
「天田をか?」
「うむ。新参を権六に付けるなどまずあり得ぬ。されば相応の才があろう」
「くっくっく、目ざといな。よかろう。権六もよいな?」
「はっ!」
「天田の兵が抜ける分は本陣より一手差し向ける。先陣は変わらず権六に任す」
「ははっ!」
「されば者ども、動けい!」
こうして軍議は決し、俺は若殿の陣に回された。
「若、いかようにするおつもりで?」
平手殿が困り果てた表情で若殿に問いかける。
「ふん、信賢ずれに我が負けると?」
「そういうことを聞いておるのではありませぬ!」
「方策か?」
「犬山に美濃衆が入っておる以上、楽田に援軍がないことはありませぬ。犬山衆はいざとなれば城に籠ればよい。となればこちらを断ち切る楔となる楽田には精兵がおると考えるが必定にございましょう」
おお、すごい長セリフを噛まずに言い切った! 声優さんいい仕事したな!
「爺、いかほどの兵が来ると考える?」
「1500は堅いかと」
「こちらの倍じゃな。さていかにして叩き伏せるかのう」
若殿は飄々として応える。そこに初陣に臨む緊張や畏れは見受けられない。
危地にあってなお奮い立つ、傾奇者の血が騒ぐといった風情だろうか。
「されば、一つ手を」
「ほう、聞こうではないか」
俺の提案に若は大笑いを始めた。
「わはははははは、何たる傾いた振舞よ。気に入った! 此度のいくさで手柄を立てれば我よりも親父にとりなしてくれようぞ」
「ははっ、であれば褒美を先にお伝えしてもよろしいか?」
「良いぞ。武士たるものそれくらいでなくばいかん」
「されば……若のお考えをもっとわかりやすく周囲にお伝えください」
俺の一言に若はぽかんとした表情を浮かべた。
「……申せ」
ああ、これはよく信長のエピソードで聞くやつだ。端的な言葉で察することができる家臣を好んだという。
「若をうつけと申す者どもは若の考えについてこれておりませぬ」
うつけ呼ばわりにやや眉間にしわが寄ったが、言葉を発することはなくわずかに頷く。
続けよという意味と解釈してさらに言葉を続ける。
「昨晩、大殿に目安箱という策を具申いたしました。大元は東の北条家で行われているものです」
「続けよ」
「相手が民草であっても御恩と奉公の間柄は同じです。つまり……」
「つまり?」
「利がなくば人は動きませぬ」
「うむ!」
「すなわち、互いの利がどこにあるかをすり合わせることが必定でありましょう」
「相分かった。我が何をなすべきかをな」
「若のつむりは人並み外れて鋭く、いわんや我らのような凡愚には思いもよらぬ考えを導き出されます」
「くく、突拍子もないということであれば貴様も人後に落ちぬようだがのう」
「いえいえ、若のその才は天下を取るにふさわしいものです」
俺たちの話を平手殿はあきれたような表情で聞いていた。織田弾正忠家はいまだ弱小。尾張にてある程度の勢力を持ってはいるがその基盤は弱い。
なにより東には今川、北には斎藤、西には長島の願正寺と敵対している。
急速に勢力を伸ばすのにあちこちにいくさを仕掛けた結果ではあるが、そろそろ手詰まり感が出ているのも事実だ。
よってこのいくさでそれに風穴を開けてやろう。
近隣の地図は若が持ち出してきた。
「くく、こんなこともあろうかとな」
その言葉に平手殿が愕然とした表情を浮かべる。
「若、まさか……?」
「爺ですらわかっておらなんだ。これは確かに少しは行状をあらためるかの」
うつけの若は尾張の国中を駆け回った。その真意はその土地をよく知ること。戦いとなったとき、地形を把握し、間道を知ることだ。
「人を信じすぎると寝首を掻かれる。だがそれだと我一人の手しか使えぬ。なれば……少なくとも爺は我をかばってくれたからな。我がいかにうつけと呼ばれようとな」
「若……」
「ふん、老け込むにはまだ早いぞ。息切ってくたばった暁には爺の名で寺を立ててくれるわ」
「おお、それはありがたい。ただの墓でなく、寺を建ててくれますか。それは命を懸けてつかみ取るべき褒美にございますなあ」
「ここで美濃のマムシの罠を食い破り、弾正忠家ここにありと示す。さすれば和議の道も見えてくるであろう」
「ほう、そうなれば儂の出番にございますな。斎藤の姫君は美しいと聞きます」
「ふん、うわべだけ取り繕った女などいらぬわ」
「なに。彼のマムシ殿の娘ゆえただの姫君ではありますまい。天下を制するお方にふさわしき、手ごわき姫君でしょうぞ」
「ふん、先のことを言うておっても仕方ないな。まずは……目の前の敵を討ち破ってくれようぞ」
若の兵は平手衆と俺の兵を合わせて1000ほど、目の前に展開する楽田の兵は平手殿の見立て通り1500ほどだ。
「ふん、天田よ。貴様の策、期待しておるぞ」
「はい、お任せあれ」
こうして俺は陣の前に立ち名乗りを上げた。
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