斯波武衛賞(秋)
本当は昨日アップしたかった……
さて、ついにメインイベントだ。天高く馬肥ゆる秋と言うように、夏の間しっかりと飼葉を与えられ、鍛錬を積んだ人馬が集う。
参加者は150名を数えた。これはかなり多い。自前で馬を養うということは相当の費用を負担することにある。それこそ並みの足軽数人分の費用が目安と言われた。まあ、よく食うんだ、馬って。馬具もいい値段するしな。
「これより競馬競技を始める」
殿の宣言にもう何度目かわからないほどの盛り上がりを見せる観客たち。
清須郊外の練兵場にはそれぞれ自らが鍛え上げた愛馬と共に意気軒高な武者たちが気合を入れていた。
そして観客の間を織田家が認めた商人の手の者が縫うように歩き回る。
「さあ、どの武者が勝つか! 賭け札は1枚100文だよ!」
「当たったら倍返しだ。ここで儲けていいお土産を買いましょう!」
射幸心を煽るのは良くないんだろうが、そんなモラルは現実世界に放り投げてしまおう。ゲームだしな。
賭け札の売り上げは一度こちらの運営陣所に集められる。売上そのものの3割が織田家の取り分で、残りから払い戻しが行われる。的中者が多くなった場合は賭け札を販売した商人の持ち出しとなる。
故に競技が荒れる方が商人たちの実入りが大きくなるというわけだ。念のため、八百長が発覚した場合、根切り(族滅)と伝えてある。
4人の騎馬武者が地面に引かれた線の前で緊張の面持ちで合図を待つ。
彼らには赤、白、黄色、緑の母衣と呼ばれるマントを身に着けていた。
馬廻りのモブ武者たちであるが、殿の側に仕えるだけあって馬術レベルが高い。鉄砲足軽の空砲を合図に……あ、一人落馬した。
「うがあああああああああああ!!」
落馬した武者に賭けていたのだろう、観客の中から断末魔のような悲鳴が聞こえてくる。
「いけえええええええ!」
疾駆する騎馬武者に熱狂的な応援が降り注いだ。
「そこだ、まくれええええええええええええええ!」
「差せ、差すんだ! そこだ! がんばれ緑!」
目を血走らせて応援する観客たち。これまでの競技でも賭けは行われており、それこそ1年の稼ぎを叩きだした幸運な者もいた。
……土倉(金貸し)の簡易受付は来年から規制することにしよう。少なくとも上限は設けるべきだ。
などと考え事をしている間に、最初のレースの勝者が決まった。
ゴール前で見事に差し切った緑が優勝、2着は赤。なんと落馬した白が3着に入っていた。
「なん、だと!?」
さて、こちらは重臣たちが集まる観覧席では別のギャンブルが行われていた。
3着までの着順を当てるゲームだ。1回の掛け金は100文。平民たちの掛札と同じである。
そして的中が出ない場合は、掛け金はそのままプールされ、的中者が出た時点でその人数に応じて頭割りされて貰えるルールにした。
こっちもやたら盛り上がっている。この方々の身代で言えば100文は小遣いの小銭だ。最初のレースでは的中者が出なかったので、2500文がそのままプールされた。
そして彼らは気づく。このまま的中者が出なければ掛け金はかなりの金額になる。多少の人数で頭割りしても相応の銭がもらえる。
出場する武者の名前はあらかじめわかるようにしている。彼らはそれこそ戦場で敵陣を見渡すような眼差しで出馬表に見入るのだった。
「遠駆け、始め!」
清須から那古野の往復という長距離部門の競技が始まった。決められた順路はあらかじめある程度整備されている。また道の脇には観客がいて、少なくとも順路を間違うことが無いようにしてあった。
那古野の城門で割札を受け取り、清須に戻るというのがルールだ。ちゃんと那古野まで行ったって証明がいるからね。
そしてペースも考えずに駆けだした二人がさっそく馬をへばらせた。比較的ゆったりとした速さで走らせていた者に抜かれ、地団太を踏む。
歩かせるわけではないが疾駆というほど走らせるわけでもない。こちらは比較的のんびりとした雰囲気で競技が進んでいるようだ。
ゲームのマルチ視点って便利だね。俺は本陣に詰めつつイベント用のカメラであちらも確認できるわけだから。
一応柘植衆を派遣して監視しているという体ではある。
「うおりゃああああああああ!!」
おお、小姓たちのレースもなかなかに見ごたえがあった。城の馬房から馬を引っ張ってくるところからスタートし、開始線に立つ。そのままレースに臨んで勝利を納めると言った流れだ。
小姓たちはさすがに自分で馬を養うだけの給料はもらってない。だから城の馬房からなるべくいい馬を引っ張ってくるという馬を見る目を競わせるわけだ。
あとは馬術の競い合いである。馬がいまいちでも騎手の腕でカバーできるし、良い馬を連れてこれても、騎手がへぼだとまともに走らない。
側仕えの小姓でも、まだ馬術が未熟な者も多く、個人の力量差が大きく出る結果となった。
ちなみに、殿がここで大きく儲けたのは俺と殿だけのヒミツとされたのは言うまでもない。
「最終競技、武衛様観覧である」
まあ、もともと貴賓席にいたのでずっと観戦されていたのには間違いない。今回のレースの特別な意味は、ゴール地点に武衛様が立ち、勝者を迎えるということだ。
勝者には尾張一の騎馬武者の称号が与えられる。もちろんこれまでのレースの勝者にも名誉が与えられる。給料アップなどの副賞と共にだ。
そしてここにサプライズが炸裂した。なんと……殿が参戦したのだ。(お約束)
「尾張一の韋駄天、我らが殿、織田上総介が参戦だあああああああああああ!」
実況の声に観客のテンションは有頂天に達した。(ネトゲスラング)
賭け札は当然殿に集中し、何とか儲けが出そうだと安堵していた商人たちの顔色が変わる。
順当に殿が勝てば、売り上げのほぼ倍の金額を払い戻さないといけないからな。
「いざ!」
一緒に走る馬廻りの連中こそ災難だった。まず勝ち目がない。馬術も馬の良さも隔絶しているからだ。
重臣連中は殿の1着を確定させ、2着3着の予想に苦悶の表情を見せている。ここまでの競技で偶然にも的中者はいなかった。掛け金のプールは20貫文(20000文)に膨れ上がっている。
レースが始まった。殿は真っ先に飛び出すと、凄まじい勢いで馬を駆けさせる。2着の武者は必死に追いすがるが差は広がるばかりだ。
少しでも差を詰めようと、残りの3人はほぼ横並びで走る。そのままならんでゴールとなり、武衛様の権限で着順が決まった。
重臣席からは丹羽長秀殿が普段の冷静な様子からはイメージできないほどの大喜びを炸裂させる。
「おう、五郎左。あとで酒でもおごれよ」
「ふははははは、儂に任せておけ! 奈良から取り寄せた僧帽酒があると聞いておる」
佐久間殿が茶化すと、丹羽殿が大笑いしながら応える。重臣席はそのまま酒盛りが始まった。
さて、大盛り上がりのなか、ひっそりと長距離競技の優勝者が決まった。勝者は木下藤吉郎である。
藤吉郎はすさまじい集中力と根気でずっと同じペースで馬を走らせていた。焦りから馬をばてさせるものが出る中、終位にゴールまで馬を走らせ続けたのである。
もちろん藤吉郎に賭けていたし、ガッツリ儲かった。儲けの半分はそのまま藤吉郎への褒美としたのだった。
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