家督継承
清須の城に凱旋したのを見届けたのか、大殿が息を引き取られた。
「親父……」
殿にとって疑うことの不要な味方は大殿と平手殿くらいだったのではなかろうか。いつかは独り立ちをする必要はあるとはいえ、早すぎる試練だと思う。
「上総介よ。お主を弾正忠の後継と認める」
「ははっ!」
殿は武衛様より弾正忠家の家督を認められ、そのまま守護代の任に付いた。
大殿の葬儀はしめやかに執り行われた。菩提寺となる万松寺には寺領が加増され、大殿の菩提を弔ってくれることとなる。
「さて、勘十郎よ。申し開きはあるか?」
「織田家の家督を狙い、兄上に敗れた。それだけにござる」
「であるか。その上で問う。我に従う気はあるか?」
「……示しがつきませぬぞ?」
「そのようなこと、貴様が我と共に天下をとれば良いことであろうが」
「天下ですと!?」
「うむ。尾張の静謐を求めて戦ったがのう。尾張のみ平和でも隣国が荒れておれば同じことよ。されば日の本すべてを静謐と成すしかなかろうが」
「……兄上の志の高さ、見くびっておりました。我は尾張一国を差配することしか考えておらず」
「我が領国が広がれば本貫の地である尾張を任すものが要る。さればそなたの希望は叶うであろう」
「いえ、領国は要りませぬ。兄上の大望の礎となれればそれでよいと思えるようになりました」
「ふん、犬死だけはさせんと泉下の親父に誓おう。もしくは我が倒れたならば貴様が後を継げ」
「そうならぬよう、身命を賭して兄上をお守りいたします」
「くく、言いよるわ」
ここに兄弟の和解は成った。イベントシーンで選択肢などは出ないが、なぜか重臣とか近臣の誰かではなく、俺が立ち会っているあたり違和感しかない。
「天田よ。此度の騒動で貴様の果たした役割は大きい。その功に報いる故楽しみにしているがよい」
ちなみに、この戦いの背後でしていたことはいくつかある。まず、佐久間殿の隊に藤吉郎を派遣していた。
藤吉郎は職人を率いて作事普請の経験を積ませていた。有名な割普請の逸話があるが、人の心を掌握して仕事の効率を上げるスキルがある。
また機転が利く。佐久間同士の戦いとなった場面で、水をぶちまけることを提案したのも藤吉郎だ。
これによって余計な犠牲を減らすことができた。
はっきりと言えばこの一連の戦いは出来レースだ。勘十郎様も殿の家督継承を支持していたのだが、一部家臣がそれに不満を表明していた。
世間一般の評判では勘十郎様の方が受けがいい。しかし、殿の能力は世間一般では理解不能な域に達している。
なのでわかりやすく優劣をつけ、またありていに言えばのちに火種になりそうな家臣を粛清したわけである。
さて、今後の予定として、旗幟を鮮明にしなかった土豪の類は干される。日和見をするようなものは要らないというわけだ。
勘十郎様に付いた者はその戦いぶりに応じて減俸はされるが家を保つことができる。さらに殿に付いた者は、信じるに足るという扱いで、加増などの褒美にあずかれることとなるだろう。
そして俺は……。
「天田士朗。貴様の功を認め、那古野城代に任ずる」
「ははっ!」
本来城主は信光様が任命される予定だったが岩倉の守りを固めるため、そのまま北の国境にとどめおかれた。
清須城詰めは殿と勘十郎様。勘十郎様は連枝衆筆頭に任命された。事実上のナンバー2である。
これで殿を中心とした支配体制が整うこととなった。
尾張のちょうど真ん中にある那古野を任された意味は大きい。配下の侍たちを代官に任命し、支配領域を固める。愛知郡の代官をしていた時にほかの代官の相談に乗ったりしていたので、那古野周辺ならば顔が効く。おかげで城代就任にも特に問題なく引継ぎができた。というかそういう部分も見越しての人事なのではないだろうか?
林佐渡殿は筆頭家老として留め置かれた。謀反をあおった美作は討たれその罪を死をもって償ったということだ。林家の実働戦力は大幅に削がれ、その力を失墜させている。
佐久間は信盛殿が惣領として認められた。大学盛重殿は馬廻りとして清須の側に所領を持ち、別家として扱われる。
柴田殿は末森の城を任されることとなった。勘十郎様の配下から直臣に戻ったことになる。
頼母の所領は没収となったが、実入りは変わらずで、城主の立場も変わらずだ。ある意味罰則と言える点は手勢を加増されている。人件費は柴田殿持ちなので実入りが減った部分ではある。
土豪や豪農の次男三男を足軽として雇い入れたもので、戦力にするには相応の手間がかかる。
尾張一の武辺を謳われた権六殿であれば精兵を鍛え上げるだろうとの期待もあるものと思われる。
こうして、一度揺らぎはしたが尾張一国はまとまった矢先、岡崎城が太原雪斎の奇襲を受けて落城し、松平広忠殿が討ち死に。安祥の城も援軍を出そうとして野戦で敗れた。
敗残兵を収容して何とか籠城しているが、敵の猛攻を受けているっとの知らせが飛び込んできた。
これから内政に励もうとしている矢先で、内紛で兵も傷ついている。なんというタイミングかと俺は天を仰ぐのだった。
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