清須落城
「君側の奸を討つのじゃ!」
大殿が指揮する軍勢は苛烈な突撃を繰り返した。みるみる間に敵の側面がえぐり取られ、軍勢の士気は大きく下がって行く。
「若!」
「行けい!」
土塁の北側に作ってあった馬出しより出撃する。東西で向き合っていた軍勢の南から攻撃が加えられた。そちらに気をとられているすきにこっちはその反対側から攻め立てる。
「続け!」
「おう!」
柘植衆30が素早く展開し、短弓を用いての矢継ぎ早の妙技を見せる。水平射撃でバタバタと敵兵が倒れていく。
朱槍を振るって敵陣の最もスキの大きいポイントに攻撃を仕掛ける。
どんっと腹に響くような音が響き、敵兵が吹き飛ばされる。
「おおおおおおおああああああああああああああああああ!!!」
腹から声を張り上げ槍を振るう。すぱーんと宙に跳ね上げられる敵兵の姿はあるシリーズのようだ。
「うわ、うわああああああああ!?」
左翼を指揮していたモブ侍と向かい合う。腰が引けた構えで槍を構えているのでガードブレイクを仕掛け、一気に首を刎ねた。
「かかれい!」
左翼の将が討たれたことで敵陣が大きく動揺する。そこに正面から森三左殿が土塁を駆け下り、配下の兵を率いて突撃した。
次々と槍先に掛けられる敵兵はすでに士気が崩壊し、踏みとどまって防戦する甚助と、前に押し出そうとする大膳との間で齟齬が発生し、混乱に拍車をかけている。
南の方で大きな勝鬨が上がった。権六殿が誰かを討ち取ったのだろう。
そうして混乱の極致に達した清須衆にさらなる蜂の一刺しが加わった。川尻秀隆殿が率いて土塁の上に展開した足軽たちは手に鉄の棒のようなものを持っていた。
筒状になっている棒の先端に何かを流し込み、棒を差し込み固める。筒の手元には火のついた縄がぶすぶすと煙を上げている。
「うてーーーー!」
筒先を敵陣に向けて退き金を引くと……一斉に弾丸が飛んでいき、敵陣に降り注いだ。わずか50ほどの鉄砲隊であったが、何かいきなり大きな音がしたと思ったら、隣の同輩の顔に大穴が開いて崩れ落ちる。
胴体に当たれば大穴が開き、腕に当たれば半ばちぎれ飛んだ。
「……ヒュッ!」
その中で一人だけ発射していない兵がいた。風が煙を噴き散らした刹那、前陣の馬上で必死に兵を叱咤する侍を打ち抜いた。
「押し返すのじゃ! ここで退かばがっ!」
弾丸はわめきたてる大口を貫き、その頭蓋を砕けさせた。
これにより兵たちの混乱は極致に達した。いきなりわけのわからない音がして兵が倒れ、もう一度音がしたと思ったら先手大将の首が無くなった。
「那古野の兵は妖術を使うのじゃ!」
「見えぬ礫で身体を砕かれるぞ」
「武衛様を閉じ込めた罰が当たったのじゃ!」
「逃げろ! 逃げねば死ぬぞ!」
半分くらいは紛れ込ませた忍びによる流言だったが効果はてきめんだった。
大膳は妖術の声が聞こえた途端に総大将である信友を放置して一人逃げ去る。信友も自らの供回りだけを連れて清須に逃げ込もうとした。
大殿は大将が逃げた敵兵をあえて追わなかった。
「いくさが終わればどちらも尾張の武者じゃ。武門の習いである」
その言葉は伝令の兵によって全軍に伝えられた。
「弾正忠様は降る者の罪は問わぬと仰せじゃ!」
「尾張の武者としてようやったと仰せである!」
「今降れば所領も家禄も安堵じゃ!」
それによって逃げ切れぬと覚悟を決めかけていた武者たちが刀や槍を放りだす。
「我らは降るぞ! いくさ奉行様には勝てぬわ!」
「我もじゃ。飯尾定宗、弾正忠殿に降り申す」
飯尾らの侍大将が降ったため、兵たちも従って両手を上げる。
「弓衆の太田牛一にござる」
「おう。貴殿の武勇は聞き及んでおるぞ」
後方にいて崩れつつある弓衆をまとめ上げ、そのまま降ってきた。崩壊する自らの手勢を再びまとめるのは並々ならぬ器量がいる。
「うむ、いくさが終わってからになるが貴殿には三郎が馬廻りを任せる所存じゃ」
「は、ははっ!」
「清須攻めに加われとは言わぬ。那古野にて休息をとるがよい」
俺は若の手勢の先鋒を勤め、清須に向けて進軍していた。
清須衆は見事に崩壊し、降る者、城に向けて逃げようとするもの、そして破れかぶれでこちらに斬り込んでくる者らがいた。
「おりゃああああ!」
俺の振るった槍に吹き飛ばされて敵兵が空を舞う。一度叩き伏せれば降ることもあったので、殺さない程度に殴りつけるだけにとどめた。
「貴様らよく聞け! 我らが兵を起こしたのは君側の奸たる信友を討つためじゃ。武衛様に忠節を尽くさんとしておる」
信友が武衛様を幽閉し、専横を振るっているのはすでに公然の秘密だ。その理由は……配下でありながら尾張を半ば統一しつつある大殿への嫉妬と恐れであることは間違いない。
焦りから自らも下克上のふるまいをしてしまい、こちらの挙兵の名分を与えてしまったわけである。
まあ、暴走についてはこっちからかなり流言飛語が飛んだせいもあるのだが。
「開門! 守護代様の帰還である。門を開けよ!」
先駆けの武者は息も絶え絶えで駆けてきた。門を開けてもらい、迎えの兵を出してもらわねばならぬ。
そうして門の上の矢倉に姿を現したのは……斯波義統その人であった。
「おう、謀反人の信友めが帰って参ったか。されば召し取ってくれん」
すっと手をかざすと門が開く。そこからはどっと信光率いる岩倉衆が出撃してきた。
「なにっ! 清須はすでに武衛様の手に落ち、追撃の兵が出ておると!?」
「はっ、さらに北からは犬山の兵が迫っております」
「なんたる、何たること……」
そしてついに那古野衆が信友の残兵に追いついた。
「囲め!」
若の命で兵を展開する。北からは手はず通り織田信清と平手長政殿の兵が迫っていた。
さらに背後からは清須から出撃してきた信光様の兵が迫る。まさに四面楚歌という状況だ。
そしてついに真打登場である。大殿が先駆けの騎兵と共にこちらに到着した。
「弾正忠! 貴様は我が家臣でありながらいかなる仕儀じゃ!」
「守護代殿、貴殿が武衛様を押し込めなければ我らもここまでするつもりはありませなんだ。もはやこれまで、貴殿が腹を切れば残りは罪に問わぬことといたしましょう。覚悟を決められよ」
腹を切れと言われて信友はガタガタと震えだした。
「うるさい! 貴様が儂を謀らねばこのようなことにならんかった! 貴様こそ主君に背いた罪で腹を切るのじゃ!」
「儂は貴殿にも武衛様にも背いたことなどありませぬぞ? 降りかかる火の粉を払いはしましたがな」
ガタガタと震えながら地団太を踏む。
「未練よのう。信友よ、されば放逐する故のう。どこへなりとも失せるがよい」
武衛様がスッと大殿の隣に現れ信友を断罪する。
「ぐ、ぐぬぬ、ものども。かかれ! 弾正忠を斬るのじゃ!」
信友が太刀を抜き放って命ずるが誰一人動こうとはしない。
「士朗、頼む」
「仕方ありませんな」
若の命を受け太刀を構えて前に出る。信友自身も弱くはない。並みの武者程度の武力はある。逆に言えば並み程度なので……「はあっ!」一合も交わすことなく信友の首は宙を舞った。
こうして清須は開城し、大殿と武衛様がそろって入城された。織田弾正忠家の前に尾張が一統された日となったのである。
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