那古野合戦
ちと遅れました
那古野城は愛知郡にあり、俺はその中で1つの村を任されていた。最前線というわけだ。
清須に兵が集まっているという報を受け、俺は配下に動員をかけた。
報告を持ってきたのは柘植衆のくノ一だった。宗家から特別に付けられている。
俺の身辺警護を担うということで、伝令役も果たしていた。
「殿、配下の兵250、滞りなく集まりました」
「ああ、紅葉か。ご苦労さん」
「殿、もう少し言葉遣いを考えましょう。軽く見えますよ?」
「なに、俺は軽輩だからな。急に偉ぶっても仕方あるまいよ」
「むう」
忠告を軽く流され、頬を膨らませる。そういったところは年相応だ。
「よし、出陣だ」
「ははっ! 天田衆、出るぞ!」
伝令役を解かれた日吉は、「吉」の字をそのまま使って藤吉郎と名乗らせた。若も藤吉郎の利発さを気に入りったようで「我が幼名より一字与える」と、吉の字を拝領した扱いになった。
「士朗のことは任せたぞ、藤吉郎よ」
「ははっ! 拙者この時より粉骨砕身の覚悟を決めてございますれば、若殿にはご安心くださいませ!」
若は満足げに笑みを浮かべていた。
「天田士朗、兵250を率いて着陣した!」
那古野城にはすでに在番している兵と合わせ、1000余りが集まっていた。村から持ち込んだ荷物を若の馬廻りである川尻秀隆殿に預ける。
「おう、天田殿。これが例の……」
「ええ、茶屋の伝手で畿内から買い求めました」
「数をひっくり返せるほどのものか?」
「使いようによっては、ですな」
「なるほどのう。ああ、殿がお待ちじゃ」
「ははっ!」
広間には馬廻りをはじめとした諸将が集っている。
馬廻り衆を取りまとめるのは先ほど話した年長者である川尻殿だ。ほか、森可成殿、丹羽長秀殿、池田恒興殿ほか、服部小平太、毛利新介らの武辺者がいる。
小姓衆ではうちの藤吉郎と仲が良い前田犬千代、佐々内蔵助らの時代を担う少年たちが居た。
何というチート集団。一人分けてくれませんかね? ま、うちの藤吉郎より有能なのはいないけどな!
「おう、史郎。参陣大儀!」
「はっ。村から総動員してきました」
「守りは問題ないのか?」
「そもそもここより先には行かせないのでしょう? ならば問題ありませんな」
「クク、であるな」
評定が始まった。
「信友は4000を集めたそうじゃ。籠城かの?」
若の一言にピリッと緊張が走る。
「まずは一当てして敵の出方を伺うべきではありませぬか?」
馬廻りを代表して川尻殿が意見を出した。
「ふむ、最初から籠城では士気が振るわぬか」
「左様にございまする」
内容は平凡この上ない。尾張は平野が多く、まともにぶつかれば戦術も何もない。こっちは押し包まれて全滅だろう。
かといって奇襲をかけるべき要地もなければ要害となるべき山もない。間に庄内川があるので、そこに布陣して時間を稼ぐのが関の山か。城に拠って抗戦し、援軍を待つというのは常識的この上ない戦術なのである。
「敵先手が侵入を始めました!」
「うむ、まずは一当てするぞ。出陣!」
特にこれといった意見は出なかった。場当たり的に出陣して、とりあえず攻撃を仕掛けるといった適当極まりない状況で、諸将の表情も曇りがちだ。
「殿、那古野勝泰殿が敵の方へ向かいました」
具足をまとい、使い番の格好に変装した紅葉が側に寄ってきて報告してきた。
那古野勝泰は武衛様の家臣だ。すなわち、織田家よりも武衛様の利益を最優先で動く。大殿の命であえて若のもとに留め置かれていたが、清須に通じていることはかなり早い段階でわかっていた。
武衛様を人質にされたのだ。弾正忠家を滅ぼせば武衛様は元の立場に戻すというわけだ。そんなわけもないのにな。
「若、手はず通りにて」
「であるか」
「清須留守居は信光様であると」
「ふん、勘十郎にも叔父上にもいい顔だけして実は与えぬか」
「手柄を立てられては困るということなのでしょうな」
「まあ、しばらくは睨みあうとしようかの」
庄内川を挟んで両軍は布陣した。那古野衆は1500、清須衆は4200であった。
「先手は坂井甚助だそうです」
「大膳とは違って口先だけではないようだのう」
甚助は歴戦の武者らしく、大兵力に任せて一気に攻め寄せるようなことはせず、適切に兵を配置してこちらのスキを窺っているようだった。
「向こうも長帯陣を見越した備えだの」
「彼らの思惑通りであれば末森で火が付くはずですからなあ」
「うむ。今のうちに夢を見ておくがよい」
幾度かの矢合わせと小競り合いはあったが、夜襲を仕掛けてくることもなく言い方はおかしいが平穏な戦場であった。
「なかなかやるな。スキが見当たらんぞ」
心眼スキルを使って敵陣を眺めても、攻撃可能な場所は見当たらない。たまに赤く光るがすぐに消えてしまうのだ。
そして味方の狙われている場所も出ない。要するに背後で混乱が起きて退却するときの追撃以外する気がないということだろう。
そしてさらに3日が過ぎた。よほど兵を集めるのに手間取らない限り、古渡や鳴海からの軍勢が来ないとおかしい時期だ。
「若、あれを」
「ふむ、炊煙が多く上がっておるな。腹ごしらえを急いでおるか……」
「はっ」
そこに新たな報告が上がってきた。犬山より一手が出撃し庄内川の前に布陣したと。
「平手の爺が来たか」
犬山城は平手長政殿が何とか保っている。美濃との和睦があってもそこの兵を動かすのは難しいとされていたが、安藤伊賀の援兵800を城に入れ、そのまま出撃してきたのだ。
「ふん、都合のいいことは簡単に信じるやつらじゃ」
犬山衆800の兵はそのまま武衛様にお味方すると称してこちらの側面に陣取った。
「お味方手はず通りに配置が終わったと来ております」
「うむ、なれば陣払いじゃ。那古野まで退くぞ!」
犬山衆の圧迫に耐えかねて後退するように見せかけた。おあつらえ向きに後方でのろしを上げている。火の手が上がっているように見せるためだ。
「退け! 退けえええ!!」
馬廻り衆が声を張り上げて退却を命じる。背後で鏑矢が上がった。鬨の声が背後から迫ってくる。バシャバシャと川の水を蹴立てて突撃してくる敵に防ぎ矢が射込まれる。数人の兵が倒れるがそれを踏み越えて一斉に敵が突進してきた。
「敵が川を渡る合間に距離を稼ぐ、急げ!」
そのまま逃走を続けるが川を渡り切った敵はずぶ濡れのままこちらに追いすがる。那古野の北西、児玉と呼ばれる集落の付近でついに追いつかれた。
実は手はず通りである。この地にはあらかじめ柵を立て、野戦築城をしていた。空堀と土塁が築かれ簡易な出城になっているのだ。
「槍衆、構え!」
三間半の長槍を構えた兵が槍衾を作る。敵の先鋒が突きかかるが、頭上から振り下ろされた槍の穂先に粉砕された。
「弓衆、放て!」
一斉に引き絞られた弦が解き放たれ、斜め上方に放たれた矢は放物線を描いて敵の頭上に降り注ぐ。
土塁に足を止められた清須衆は躍起になって攻めあがろうとする。その先には土塁の上で仁王立ちになり、采を振る若殿がいたからだ。
「うつけがおったぞ!」「手柄首じゃ!」「あの首は他に渡すな!」
ひどい言われようである。そもそも、まだ捕えても討ち取ってもいない相手の首をすでにもらったようなことを言っている時点で終わっている。
「ぬうん!」
若が振るった手槍は土塁を駆け上がってきた敵兵を見事に貫いた。若年ながらすでに並みの大人より背丈のある前田犬千代が奮戦している。というかすでに兜首を挙げたという。
そのまま血みどろの戦闘が続くかと思われた時、南の方角から鬨の声が上がった。
「かかれ! かかれ! かかれええええええええええええい!!」
かかれ柴田の異名を持つ猛将、柴田権六が一文字に清須衆の横腹を粉砕したのだ。
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