暗躍する者たち
1549年。
俺がゲーム世界に降り立って3年たっていた。最初の2年で織田弾正忠家は大きく勢力を伸ばし、清須周辺を除くほぼ全域と、東三河という全盛期を作り上げた。
しかし、守護である斯波武衛家を敵に回し、謀反人扱いとなってからは、一族からも離反者を出して尾張の領土は半減していた。
「くく、かように腰の据わらぬ者どもであれば潰しても全く良心の呵責と言うものを感じずに済むのう」
「父上、せめて勘十郎には事情を話しては……?」
「三郎、貴様がそれを言うか?」
「うぬ、それは若気の至りと言うものじゃ」
「儂から見れば貴様もまだこわっぱであるがのう?」
親子の温かい会話が目の前で繰り広げられている。評定の間には平手、柴田、佐久間、林らの諸将が入り、今後について話し合っていた。
若殿のすぐ下の弟である勘十郎信勝様も先日元服し、古渡を出て末森の城に入られた。そして何が問題かというと、この一連の謀を知らされておらず、毎日のように古渡にやってきては守護様と和睦をと繰り返すのだ。
「謀は密なるをもって良しとする。勘十郎には何が足りぬかわかってもらわねばのう」
「……その腹黒さであろうが」
「ふん、そういう意味では貴様は儂に似たの。目的のためには手段を選ばぬところもな」
「最近は多少取り繕うておるが?」
「であるな」
勘十郎様の付家老とされた林殿はやれやれと肩をすくめる。
「勘十郎と我らが対立していると見せれば信友は勘十郎にも手を伸ばして来よう。エサは弾正忠家の家督と守護代の地位とかではないか? 守られる保証は一切ないがな」
若殿の言葉に林殿がぎくりと肩をすくませた。
「……殿、この書状を若より預かってきております」
「ほう? どれどれ。なんたることじゃ。三郎の申しようそのままではないかー」
すんごい棒読みだった。
さて、このネタの裏にはこういう事情がある。松平家の伝手で伊賀者を雇い入れており、さらに俺の進言で彼らを正式に被官としたのだ。代わりに彼らとの交渉を俺が受け持つことになった。
「天田様、我らを正式に武士として雇い入れてくださると?」
「うむ。禄も出す。それとは別に仕事を依頼するときも費用を持とう」
「はっ! ありがたき幸せにございます」
「家族がおれば呼び寄せるがいい」
「なっ!?」
「構わぬ。仮にそなたが仕事中に死んだとなれば家族を養う伝手がいるであろうが」
伊賀の里より派遣されてきた男はそのまま肩を震わせた。腕利きであるのは間違いない。それゆえに様々な場所で働いてきたのだろう。
そして散々な扱いを受けて来たに違いない。
「殿、お願いがあります」
呼び方が変わった。彼なりの決意表明だな。
「言うてみよ」
「これより一度里に戻り、一族を引き連れてきてよろしいか?」
「よかろう。腕利きの忍びは当家でも大いに求めておる。手柄次第での加増も致す故な」
「ははっ!」
「さればこれを持て」
座敷童の忠告というか進言で、茶屋の伝手を使って行商人を被官としたうえで商売をしている。その上がりでうちは家禄以外にも大きな収入があった。
故に彼らにそれなりの金額の支度金を渡すことができたのだ。
ひと月を待たずして、伊賀より30名の忍びと、中忍であった柘植氏が移り住んできた。支度金を持たせたのがやはり良かったのだろう。
忍び衆はそのまま足軽として正式に雇い入れた。普通の兵よりも技能手当として多めに出している。
ただし、土地は無いので銭の支給だ。
「俺が出世して城主になれば、お前たちにも給地してやれるからな。励んでくれ」
「はっ!」
忍び衆を統括するのは柘植宗家というオッサンだった。ステータスを見ると武力はそこそこだが、統率と策謀の能力が高い。
「最初の任務だが……」
「なるほど、ではこのように……」
任務は大きく分けて二つ、情報収集と流言だ。
情報収集はそのままだがそのうえで信友に不満を持つ武士を洗い出し、流言を仕掛ける。同時に、信友を踊らせるための餌をばらまく。
すなわち、家督争いだ。
「勘十郎はうつけと違って折り目正しく、古式にのっとった良き武者ぶりじゃ」
「あれこそ弾正忠家の跡継ぎにふさわしい」
「林、柴田はうつけを見限って末森に出仕しておるそうじゃ」
「毎日のように守護様と和睦せよと諫言しておるそうであるな」
このようなうわさを清須に流しているわけだ。そうなれば信友は勘十郎様に手を伸ばす。
那古野に攻めかかれば背後の末森で反乱が起きる。弾正忠家にとっては最悪の展開と言えるだろう。
若殿、すなわち信長様の方がはっきり言えば能力としては隔絶している。勘十郎様は優等生で、相応の能力はあるが飛びぬけているほどではない。守護代なら普通に務まるであろうし、今の大殿の勢力であれば維持して行けるだろう。そう、維持なのだ。
これより天下を目指し、大きく飛躍するには大うつけにしか見えない天才の力がいる。
ひとは自らが理解できないものに対してうつけだなんだと言って遠ざける。しかし、下剋上を果たした二人の天才から見て、若殿は同じかそれ以上の天才であると見た。
というか、武芸以外の能力がほぼカンストしてるしな。覇王の激とか意味わからんスキル持ってるし。ちなみに効果は全軍の士気と攻撃力と防御力アップだ。効果範囲は味方全て。
マニュアルによれば風林火山とか越後の竜ってスキルもあるらしいが、自分の率いている兵のみという制限がある。無制限に味方を強化できるとかなんというチート性能か。
さて、勘十郎様は信友からの誘いをきっぱりと断った。剛直な方である。一応主筋なんだけどな。
林殿が書状を預かり、折を見て大殿にだけ報告するつもりだったようだ。しかし、その情報が大殿と若殿にバレている。後ろ暗いことはないが、それでも背筋に冷たいものが走ったのだろう。
ちなみに、林殿の弟はそのまま寝返って恩賞をもらうべきと主張し、勘十郎様が激怒したそうで。
こうして春先に始まった尾張の混乱は夏を過ぎてさらに混迷し、収穫の秋を迎えていた。
「林よ、勘十郎には寝返ったふりをせよと伝えおけ。美作には寝返ったと伝えよ」
美作とは先ほど出た、林殿の弟さんである。林殿自身は武勇よりも交渉ごとに優れた外交官スタイルだ。利害調整がうまい。そして弟の美作殿は林家の兵を率いる実働部隊長にあたる。
同時に勘十郎様の代将として兵を率いる立場であるわけだ。
「いざとなったら貴様が兵を率いよ。できるであろう?」
「……承知」
「美作は此度のことについては咎めはせぬ。しかし、分をわきまえるよう貴様が何とかせよ」
「承知いたしました」
林家の内紛をついでのように抑える大殿怖い。
収穫のときを迎えた。最前線に当たる那古野周辺などは警戒しつつになるので刈り取りは後回しだ。
両陣営とも米を確保し、兵糧の準備ができた。
そしてついに清須方は兵を出した。行先は……愛知郡。すなわち俺の守る場所だった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、ブックマーク、いいね、ポイント評価、そしてレビュー。
全て作者の創作の燃料となっております!




