清須騒動
「うぬぬ、弾正忠め!」
清須城の広間で織田信友は荒れ狂っていた。家臣であった織田信秀が勢力を伸長し、いまや主家をしのぐほどの勢いとなっている。織田大和守家に仕えていた土豪でかなりの数が古渡や那古野に出仕している者が出ていた。
その様子を斯波義統が冷ややかな目で見ている。
(下剋上というならば貴様もそうであろうが。守護をないがしろにして専横を振るう。立場が変わっただけのことじゃ)
「このままにはしておかぬぞ!」
再び吠えるが具体的な方策はないのであろう。
「さればこのような策はいかがでしょうか?」
信友の懐刀である坂井大膳が進言を始めた。
「もとと成り上りたる弾正忠には股肱がおりませぬ。一族も勢いによって従っておるだけ。寝返らせることもできましょう」
「なるほどな」
「まずは伊勢守信安に使いを送りましょう。また名古屋には信清もおりまする」
「なるほど、あやつらを旧領に復させると」
「あとは手柄次第とでも言うておけば勝手に踊るでしょうな」
「くくく、大膳。貴様も悪だのう」
「いえいえ、大殿にはかないませぬ」
がははと希望的観測で策を組み立て、動く前から勝ったつもりになっているアホ二人に義統はため息を吐くとともに、強烈な不安に襲われた。
このアホ二人の名目上の主君は自分だ。こんな穴だらけの策がうまく行くわけもなく、弾正忠はその上を行ってこの二人を討つであろう。そしてそうなったとき、弾正忠は自分を名目上とはいえ主と見てくれるだろうか?
このアホ二人の責任を取らされて詰め腹を切らされる可能性にすら思い至った。
「……巻き込まれてはかなわぬ」
馬鹿笑いを続ける主従を放置して自らの居室に引っ込んだ。
「勝泰はおるか?」
義統は近臣の那古野勝泰を呼び出す。もともと地下人と言ってもいい身分であったが、危険な仕事もいとわず働くので小者頭として使っていた。
「はっ、ここに」
「危険な仕事だが頼めるか?」
「……弾正忠様へのつなぎにございますな?」
「うむ。大和守はもはや恃むに能わず。弾正忠の威勢は尾張を覆いつつある」
「されば、なんとしてでも弾正忠を引き込みましょう。拙者にお任せあれ」
そう言い残すと、那古野勝泰は同輩の梁田政綱と共に城外に出た。
「ふん、思うた以上に簡単にかかったのう」
不意に信友の声がする。武装した武者に義統の部屋は取り囲まれていた。
「弾正忠への内通。武衛様ご謀反なり」
「くっ、謀られたか」
直後、城内の様子を探っていた梁田の家臣が城内のことを伝えに主を追って城を出たが、混乱がひどく気づかれずに済んだ。彼は見事主に追いつき、事の次第を報告することに成功する。
これが清須騒動の始まりであった。
「イベントなげえ!」
ある日、ゲームにログインするといきなり目の前にムービーが流れ始めた。そのまま10分にもわたるダイジェストムービーが流れる。どうやらスキップはできない仕様であった。
「天田さま! 大殿がお呼びです!」
使い番がうちの村に駆けこんできた。どうやら強制参加イベントのようだ。
「承知した。智!」
「はい、お前様。おにぎりですよ」
「うむ、智のおにぎりは美味いからなあ。これを食えば百人力じゃ!」
「まあ、ぽっ」
握飯を白湯で流し込み、漬物をかじる。適度に塩気が効いていて美味い。丹精込めた大根の味わいが口に広がる。
ぐりぐりと俺の胸に額を押し当ててくる智の頭をなでてやると、身支度を整えた。
「おう、使い番殿もこれを食べるがよい」
握飯を一つ渡す。
「かたじけない。これより次の伝令先に向かいますので、御免」
馬にまたがると甚兵衛に村の守りを命じる。竜一は俺についてこさせた。
「日吉、行くぞ!」
「おう、合点だ、義兄上!」
日吉も馬にまたがると兵50を率いて古渡の城へ向かった。
「天田士朗、到着にござる。ひとまず兵50を率いて参った」
「ご苦労様にございます。兵の皆さまはあちらの広場にてお待ちくだされ」
大殿の小姓の案内を受け、広間に入る。
すでに若殿は駆けつけており、重臣の方々が次々と広間に駆けこんできた。
「信友の阿呆が血迷った。武衛様を監禁し、謀反を起こしよった」
「いったいなにゆえにて……いかなる名分がありますのやら」
「うむ、それについてはこれなる那古野勝泰の説明を聞く。勝泰殿、話されよ」
追手と切り結んだのか、髪は乱れ、返り血を浴び、浅手を負っていた。
それでも目は爛々としており、気力は失っていないようだ。
「大和守様と坂井大膳が弾正忠様を害する談判をしておりましたことがきっかけにござる。武衛様は……巻き添えを恐れてそのことを弾正忠様にお伝えしようと拙者に命じられました」
「続けよ」
「はっ、わざわざ武衛様に聞かせておったのが罠で、武衛様が拙者に命じられた直後に居室を取り囲み武衛様を捕らえたとのこと」
「されば、信友の阿呆は最初から武衛様を取り込めるつもりであったか」
「我らの口を塞ごうともしましたので、武衛様の命を装って弾正忠様の被官となっている土豪どもを調略しようという考えかと」
「であるか」
若が口を開いた。
「されば我らの方が今は力が上ということであろう。さらに信友は武衛様に対して謀反を起こしておる」
「三郎の言う通りじゃな。ここは速攻でと言いたいところだが、このまま攻め寄せては武衛様の身が危なかろう。追い詰められれば武衛様の身を盾にされかねん」
「では、いかなる手立てが!」
「埋伏の毒を使う」
弾正忠家は沈黙を保った。そのままひと月、ふた月と日が過ぎる、そんなさなか、尾張を揺るがす事件が起きた。
弾正忠の右腕とも頼む弟の信光が岩倉城を開いて信友に降った。また、那古野から脱出した信清も犬山の旧臣らを糾合して清須に入る。
先のいくさで制圧した尾張北部の所領を一気に失ったことになる。また同族から離反者を出し、弾正忠家の求心力は大きく下がった。
「くっくっく、弾正忠をこのまま滅ぼし、儂が尾張を制するのじゃ」
織田信友は高笑いし、我が世の春を謳歌していた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、ブックマーク、いいね、ポイント評価、そしてレビュー。
全て作者の創作の燃料となっております!




