あやかしの住まう村
「貴様なら何とかできると信じておるぞ」
大殿のいい笑顔に見送られて俺はその村に赴いた。主たる街道から少し離れた場所にあるその村は、ややもすれば廃墟に見える様なさびれた有様であった。
「その村の代官屋敷にはな、出るそうなのじゃ」
「出る、とは?」
「亡者の類と聞く」
「いくさで多くの敵味方を死なす故にな。武士と言うものは死人を恐れるのかもしれん」
「死んでしまえばすべては無に還るものですよ」
「くく、貴様は三郎と同じことを言うのだな」
「実際に見たものしか信じないようにしていますので」
シレっと答えると大殿はガハハと笑いだす。
「左様な胆ならば遠慮はいらぬか。かの村を救ってやってくれい」
こうして古渡の城から配下の兵を率いて村へと出立したわけである。
このゲームファンタジー要素詰め込んでるのか? システムヘルプによると、戦闘能力の底上げのために狩猟要素があるようだ。
その中で、お化けの類も出るようだ。であれば、これをクリアできれば手柄になるのだろう。
「ごめん!」
村はずれの代官屋敷とやらに着く。京の都で見たあばら屋に近いレベルでさびれていた。門も閉まっておらず、そのまま中へ入り居館の前で声を張り上げたが、まったく返答はない。ただ、心眼システムが発動し、中に何者かの気配を示していた。
異様な雰囲気を察してか、兵たちは門から中へと入ろうとはしない。もちろん命じれば話は別だろうが、兵の士気は最低に落ちそうだ。そうなったら逆に足手まといにすらなりえる。
怖気た兵が崩れることでいくさの趨勢が決まるなんてのはよくあることなのだ。
「……誰もおらぬか」
一度屋敷から出て村の方へと向かう。最初は遠巻きに見ていた村人たちは屋敷から戻ってきた俺たちを見てわらわらと集まってきた。
「お侍様は織田の殿様の家来ですかな?」
「ああ、織田信秀様に仕えている」
「では……あの屋敷をどうにかしてくださるので?」
「そうだ。だが俺も詳しいことはよくわからんのでな。話を聞きたいのだが?」
「へ、へえ。では……」
話しかけてきた村人は庄屋だという。10年ほど前に来た代官がいくさで討ち死にしたあと、亡者となってあの屋敷に残っているらしい。
そして後から来る代官で屋敷に入ったまま出てこないものがここ最近でも数人いるとか。なんなら門をくぐってすぐに遁走したのはまだましなレベルだったらしい。
というか取った、取られたを繰り返す境目の城は城主一族が丸ごと死ぬなんてこともある。大規模ないくさが起きた場所とかも、そういう場所があるのだろう。
システム上そういった要素があるということか。
「これを」
「ん? これはなんだ?」
「神主様にお清めしていただいた塩にございます」
「なるほどね。ありがたくいただくよ」
「さて、俺についてきてくれる者はいるか? 来なくても咎めないが、来てくれたら褒美を出そう」
そういうと、兵たちは互いに顔を見合わせ、5人の兵が志願してくれた。
先渡しで銭を与える。仮に命を落としても家族にその褒美が行くと確約すると、彼らは表情をあらためた。
古渡からの移動もそれなりに時間を費やしているのでその日は兵たちを村人の家に分けて泊まらせ、俺自身は兵の頭役と共に庄屋の家に世話になるのだった。
「では、行くぞ」
刀を抜き放って屋敷の中に踏み込む。雨戸も締め切られていて日が差し込まないので薄暗い。それでも、夜に踏み込むこととなれば足元もおぼつかず、場合によっては同士討ちもあり得るだろう。
戸を開き部屋の中を調べる。外周部から雨戸を開いて光を確保。たまに視界の隅にすっと何かが見えるがあえて気にしないことにした。
そうして外周を一周する。その時点でおかしいことに気づいた。
「なあ、この屋敷広すぎないか?」
俺がそう告げると兵たちはびくりと肩を震わせる。
「……殿、わかっていたのですが口に出すと……」
「言霊か?」
「え、ええ。いくさの前に口にすると不吉な言葉と言うものがあるのです」
「俺、帰ったら祝言上げるんだ、とかか?」
「そう、それです! そういったやつは大体討ち死にするんですよ!」
何というフラグ。
「ちなみに俺も大殿が嫁を紹介してくれることになってもが!?」
半ば悪ふざけで帰ったら結婚フラグを立てようとすると先ほどの兵が俺の口を塞ごうとしてきた。
「くくく、不幸なことよのう。わらわが住まうこの屋敷に踏み込み約束の言葉を言うとは」
ばたんと音を立てて周囲の戸が閉まる。少女のような、それでいて齢を経た老人のような、不思議な響きの声だった。
「だれだ!」
「この屋敷の主じゃぞえ。わらわが住まうこの屋敷に踏み込んだからには生きて帰れると思うでないぞ」
周囲から半透明の人影がすっとにじむように湧き出してきた。ダンジョンアタックのモンスター部屋か!?
「はあっ!」
気合を込めて人影に刀を振るう。受け止めようとした刀を叩き折って人影を一刀両断した……はずが手ごたえがない。
「ホホホ、亡者に実態などありゃせんわ。おとなしく憑りつかれるがよいぞ」
こういう時は……さっきもらったアイテムだ!
ひとつまみの塩を亡者に向かって振りかけるとジュッと音がして亡者が苦しみ始めた。
「これだ! 入る前に配った塩を蒔け!」
「「はっ!」」
こうかはばつぐんだ。神主が生臭でなくて本当に良かった。帰ったら褒美を出すとしよう。
「ふう」
滲むように出てきた人影は5人。おそらくだがおおもとになった代官と、中に入って戻ってこなかった者たちなのだろう。
それらすべて清めの塩で昇天していた。
「なっ!?」
「よし、あとはお前だけだ。姿を表せ!」
「図に乗るでないわ!」
直後、屋敷を揺るがすような揺れが足元から来た。
「うわわわ!?」
兵たちはたたらを踏んでよろける。俺は武芸の鍛錬で多少のことでは揺るがない体幹を会得しているので軽くバランスをとるだけにとどまった。そしてよくあるパターン。下に意識を向け、反対側から攻撃!
上を見ると般若のような形相の女がこちらに向けて飛び降りてきていた。
「ふっ!」
揺れは収まっていないが、とりあえずその場を飛びのく。
そのまま刀を振るうが、やはり手ごたえがない。
「殿!」
兵の一人が残っていた手持ちの塩をぶちまけた。
「ナイスだ!」
「うぎょおおおおおおおおおおおお!!」
女はそれこそ地獄の底から湧き上がるような悲鳴を上る。
「雨戸を開けろ!」
部屋の外周部にいた兵が振り向いて戸を蹴り飛ばす。その瞬間屋敷を覆っていた力がぷつりと切れる感じがあった。
「あああああああああああああああああ!!」
差し込んだ光に女を覆っていた黒い靄のようなものが消滅していく。そのまま亡者は消え去り、どことなく薄暗かった屋敷は寂れてはいるが、どこにでもあるような雰囲気を取り戻していた。
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