トールソンは神に挑んだ
聖暦一一五四年も、前年に引き続き春が遅かった。
「これはどうしようもない」
口減らしのため、多くの極北島人が傭兵になって大陸に渡った。世界規模の気温低下によって大陸は不作。戦乱が広がっており、低賃金で良いならば傭兵の仕事は山ほどあった。
極北島北部沿岸に位置するアーキャヴィク村の住人も、多くが傭兵に出ようとしていた。トールソンもそうだった。
「来月にはここを離れるのか」
若いトールソンは旅立ちの準備を進めつつ、疑問を抱いていた。
「俺が村を出て行って、婆さんは大丈夫だろうか?」
末っ子で祖母にべったりだった彼は、祖母が心配だった。
悩みつつアーキャヴィクの面するアークフィヨルドの海を眺める。この季節のアークフィヨルドには多くのクジラがやって来るため、漁も出来ない。ただでさえ食べるものに困っているのにと、恨めし気に吹き上がる潮を見ていた。
「あの野郎、もっと小さければぶん殴ってやるのに」
独り言を言って、トールソンは気付いた。
「そうだ。魚の代わりにクジラを狩れば良い!」
ごくごく稀に浜にうち上がったクジラは『神々からの贈り物』として食べられる。だったらクジラを狩っても問題ないだろう。
彼はそこから更に一歩踏み込んで、頑固な老人衆をも納得させる言い分も考えた。
「クジラは神々からの贈り物だ。だったらそれに挑むということは、神々に我らの力を示すことだろう。傭兵として大陸に渡る前に、神々に力を示したい!」
トールソンの言葉にアーキャヴィク村の人々は説得され、彼を含む五人の若者がクジラに挑んだ。
トールソンらは、群れからはぐれた一匹のクジラに目を付けた。
「「神々よ! 我らが力を見よ!」」
三隻のボートに分かれて、我らはそのクジラを追い立てる。幼い頃から家の手伝いで潜ったアークフィヨルドは、彼らにとって『庭』だった。
クジラはとうとう浜に乗り上げ、彼らはトドメを刺すべく槍を手に突撃する。しかし、大暴れするクジラに手を出せなかった。
「祖霊よ! 力を!」
トールソンは叫んでクジラに飛び乗り、その頭へ深々と槍を刺した。
血を噴き上げ、力のばかり暴れるクジラに、彼らは次々と槍を刺す。
クジラが力尽きた時、五人は返り血まみれの凄い恰好だった。
「「神々よ! 我らの力を見たか!!」」
笑う彼らに、アーキャヴィクの人々は歓声を上げた。
この時得られたクジラ肉は、塩漬けにするだけで一週間もかかり、アーキャヴィクとその周辺の五つの村が一か月食うのに困らないほどの量になったという。
地域を救ったとしてトールソンらは英雄となったが彼らは満足しなかった。クジラがフィヨルドに滞在する二か月間で他に一〇頭のクジラを狩り、島を出て傭兵になる以外の道を示した。
またアーキャヴィクの『クジラ狩り』の噂は半月もせずに極北島に広まり、あちらこちらでクジラが狩られ、極北島は飢餓から脱した。
そんな状況下でカラリット達が極北島へ到着したので、極北島人とカラリットの出会いは不幸なものにならずに済んだのだった。