シグルソンは木を編んだ
シグルソンは傭兵だった。
己の力がどこまで通用するか試すべく、極北島を飛び出して大陸に渡り、傭兵として戦場を転々と回る。たまに極北島から出る、無鉄砲な若者だった。
広大な土地に数多の信仰と人種入り混じる大陸は常にどこかで戦争があり、同じように極北島を飛び出した傭兵の多くが野垂れ死に、一部が腰を落ち着け始めた中、彼は大陸で学んだ数多のことを故郷の人々に伝える道を選んだ。
極北島は長すぎる冬と初夏までぬかるむ大地の関係で、戦争と呼べるほどの争いは起こらない。争って奪うよりも共に羊の世話をする方が確実に生き残れるからだ。
そのため、シグルソンの会得した『傭兵としての技術』はほぼ役に立たない。それでも彼が極北島に帰ったのは、戦場暮らしで習得した『鉄の扱い』を故郷に伝えたかったからだ。剣や鎧、槍の整備のために身に着けた技術だったためシグルソンの腕前は下手な野鍛冶だったが、それでも極北島では役立つと彼は考えたのだ。
極北島には金属資源がなく、そのため鉄の全てを大陸からの輸入に頼っている。鉄器が貴重過ぎるためその扱いは拙く、ナイフひとつ整備出来ないのが、シグルソンの知る極北島だった。
シグルソンが故郷ホルンヴィークに帰ったのは、聖暦一一〇五年の春のことだった。
三六歳の彼は鉄製の工具を手土産に帰還し、漁村なホルンヴィークの船の簡単な修理や大工仕事で大活躍し、嫁の世話もされた。
シグルソンが故郷に帰って五年が経過した。二人の子供に恵まれた彼は、ある『夢』を胸に抱いた。
「極北島にあるモノだけで漁船を造りたい!」
子孫のために何かを遺したい。傭兵として大陸に渡った男らしい、無謀とも言える野望だった。
まず、極北島に生える木はキタカンバの他はベリーが一〇種程度。ベリーの木は高くて膝丈程度であり、キタカンバは人の背丈の二倍にはなるが、曲がりくねる上に水に弱い。つまり極北島では建材に出来る木がない。
その上で鉄が得られない。黒曜石のナイフで木を削ったり、石斧で薪を割る程度が精々。
しかし、シグルソンの頭の中には二つの考えがあった。
「キタカンバの木材を木タールに漬ければ、腐りにくくなる!」
大陸北東、ヴィーキングの本場たるヴィスキー地域の東部、ヴィンラントの人々は、家の基礎となる木材に木や泥炭を蒸し焼きにして得たタールを塗って腐敗を防ぐ。その技術を使うことで『水に強いダケカンバ材』を作ろうと考えたのだ。
そして。
「キタカンバ材を細かな板にして、キタカンバの樹皮のロープで編み合わせよう!」
さながらスケイルメイルのように、キタカンバ材を編んで船にしようと考えたのだ。
キタカンバを炭焼きし、木酢液を取り出した残りの木タールにキタカンバ材を漬けると、確かに水に強くなった。しかし、そうやって出来たキタカンバの板材を編むのは難航した。この時代漁船も木材も村の貴重な資産なため、そう簡単に建造を許されなかったのだ。
仕方なく、彼は家の余力の範囲で建造を続けた。嫁はこの『無駄遣い』に不満だったが、子供達が楽しそうに夫を手伝うので、苦笑しつつ見逃した。
聖暦一一一七年。
「出来た!」
とうとうシグルソンは『木を編んで作った船』ウッル号を完成させた。
漁船と言うには小さ過ぎるその船は、シグルソンただ一人を乗せてホルンヴィーク村のあるホルン湾を一周してみせた。
縫合船の一種である『ウールー』が極北島で発達したのは、『真っすぐに育つ木がない』という自然環境的な要素と、『鉱物資源がない』という地下資源事情からだ。
しかしその成立に大陸から伝来した技術が大いに関与していることは、極北島人も認めるところだ。