レイヴルソンは灰を撒いた
聖暦一〇五〇年。極北島の玄関口『コルド』の漁師達は困っていた。
「真っ黒だな」
「ああ、真っ黒だ」
コルド湾に繁茂する海藻が年々増え。この五年は夏になると漁船程度の小さな船では湾の外に出られなくなっていたからだ。
「どうするよ?」
「取っても使い道がないからなあ」
海藻は食べられないことはないが腹は膨れない。それは羊や山羊も同じようで、餌の牧草に細かく刻んで混ぜても、それだけ器用に避けてしまうのだ。
「埋める訳にもいかんしなあ」
「とりあえず、焼いてカサを減らすか」
邪魔で仕方ない海藻を、漁師達は山積みにして乾くのを待ち。途中雨に降られて時間はかかったものの、カピカピになった海藻を焼いた。
「困った」
一方その頃。コルド近郊の村エシャンの村長の右腕であるレイヴルソンは困っていた。
「牧草の育ちが悪い」
羊を肥やし、羊毛となる牧草。その育ちが年々悪くなっているのだ。
「土地を休ませてはいるが、限度があるからなあ」
幼い息子と娘に愛する嫁を食わせるには、羊に牧草をたんまりと食べさせる必要がある。だというのに夏真っ盛りにこれは困る。
良い手を思い付かなかったレイヴルソンはコルドの酒場に行き、大陸から来る商人の船の漕ぎ手にキタカンバ酒を奢って、何か良い手はないか相談した。船の漕ぎ手になる人物は様々な事情を抱えているので、知恵を集めるための相談先としては向いていた。
「牧草なあ」
「牧草は分からん」
しかし漕ぎ手達の中に牧畜をやっていた人はいなかった。
「麦の畑なら肥料に灰を撒くところなんだが」
だが、元農家はいた。
「灰?」
「ああ。竈の灰を撒くと小麦の育ちが良くなるんだ」
「なるほど……」
それは良さそうだとレイヴルソンは思ったが、牧草地に広く撒けるほど、竈に灰はない。あったとしても染め物の灰汁の原料として売るか、掃除洗濯に使うからだ。
レイヴルソンは酒場を出て、コルドの街をトボトボと出て行こうとした。
そうして街外れに出た時、信じられないモノを見た。
「灰の山……?」
灰が山積みになっていたのだ。困惑しているレイヴルソンの前に、彼らがやって来た。
「取っても取ってもなくならねえ!」
「火種用の薪もここまで来ると馬鹿にならんな」
「置き場もなくなってきたぞ!」
漁師達が、山盛りの海藻を持ってきて灰の山に置いたのだ。
レイヴルソンは閃いた。
(海藻は海の草みたいなもの。だったら海藻の塩を抜いて竈の灰代わりに撒けば良い!)
「ちょっと待ってください!」
「ああん?」
レイヴルソンは漁師達に、その海藻から塩気を抜いて乾かして売ってくれないかと、漁師に頼んだ。
「塩気を抜いて乾かした海藻? よく分からんが、海藻なら山盛りあるから良いぞ?」
「ありがとう!」
早速レイヴルソンは板みたいに乾いた海藻を山盛り村に持って帰り、村の側で山盛りにして焼いた。
「何してんだい?」
「肥料を作ってるんだ!」
「ヒリョー?」
「牧草の育ちが良くなるらしい」
「ほーん」
何だ何だと見に来た村人に説明した後、レイヴルソンは灰になった海藻を牧草地に撒いた。どれだけ撒けば良いかは分からなかったので、うっすら雪が降る程度の量を撒いた。
休ませている牧草地の半分に撒かれた灰。それの効果はすぐに現れた。
「凄いな!」
「これは凄いぞ!」
例年ならそれほど育たないはずの、休ませている牧草。そのうち灰を撒いた場所では、青々と草が育っていたのだ。季節は晩夏。そろそろ冬の牧草を貯め始める季節である。
「休ませていた場所でも育った分は刈り取るか」
「ああ! 来年はもっと海藻を買って来ないとな!」
翌年の初夏。エシャン村は漁師達が用意した塩を抜いて乾燥させた海藻を山盛り買い付け、焼いて全ての牧草地に撒いた。牧草はよく育った。
海藻灰肥料を撒くことで、一年を通じて牧草地を使えるようになった極北島では、羊毛の生産量が急激に増えることとなった。
大陸では供給不足な羊毛は、増産されても値崩れすることはなく、極北島に多大な富をもたらした。