ビョルンソンは木を植えた
極北島に人々が住むようになってから二〇〇年。羊の放牧と漁業で栄えるその島は、荒れた大地が広がりつつあった。
入植初期はキタカンバの森だらけだったのだが、開拓者達は高く売れる羊毛のために森を切り開いて放牧地にしていったのだ。
そんな聖暦九五〇年頃の春。一人の男が、キタカンバの木を切ろうとしていた。
彼はビョルンソン。開拓者の一人で、割り当てられた土地に広がる森を切り開いて羊の牧草地にしようと企んでいた、よくいる極北島の開拓民だ。
だが彼は鈍臭かった。キタカンバの細い幹を切るのに四苦八苦するような男だった。
彼は、少しでも早く牧草地を得ようと、雪解けの季節にもかかわらず木を切っていた。
何本目かの木を斧で切ろうとしたが、斧は木の皮だけを傷付けた。その時、勢いよく木から綺麗な水が飛び出た。
彼はとても驚き、喜んだ。雪解けのこの季節の川は酷く濁るため、綺麗な水は中々入手出来ないのだ。
彼はキタカンバから飛び出た水を羊の胃袋から作った水筒に貯め、飲んだ。
彼は驚愕した。
「甘い!?」
薄めた蜂蜜のように、その水は甘かったのだ。
そして思った。
「これは売れるぞ!」
その日から彼は、キタカンバを切らずに皮を傷付けて、出てくる水を持ち帰っては開拓村の人々と物々交換するようになった。
「甘い!」
開拓村の人々もとても驚き、ビョルンソンにどこで手に入れたか教えろと迫った。
彼は隠すことなく言った。
「木を傷付けたら出てきたんだ!」
開拓村の人々はその『幸運』を羨みつつ、こう言った。
「お前がこれからも、この水を売ってくれたらなあ」
根が単純なビョルンソンは、その言葉を正面から受け取った。
彼は放牧地の開拓を止め、キタカンバを研究するようになった。
放牧地にするはずだった場所に、森から持ち出した苗木を植えたりもした。
開拓者達は自分が言ったことも忘れて彼を馬鹿にした。
「何をやっているんだあいつは? 放牧地にしたら良いのに」
だがビョルンソンは、愚直にキタカンバの研究を続けた。
キタカンバから水が得られるのは、雪解けの三週間の間だけなこと。
その樹皮の防水性がとても高く、屋根に向いていること。
樹皮を加工すれば漁網として使えること。
木は薪ぐらいしか使い道がないこと。
雪解け後に咲く花の蜂蜜がとても美味いこと。
根元に様々な花が咲くので、蜂のためにわざわざ花を用意する必要がないこと。
水が得られるようになるまで育つのに、五年はかかること。
薪として使えるようになるまで、一〇年はかかること。
三〇近くになっても、馬鹿にされて独身なビョルンソンは、己の土地を一〇分割して、キタカンバを一〇年育ててから切り倒して薪として売るようになった。
その時には、開拓村はすっかり村になっていて、村の周りは、ビョルンソンの土地以外すっかり羊の放牧地になっていた。
ビョルンソンが三五歳になった頃、村の人々は気付いた。
「ビョルンソンの奴、俺達より稼いでないか?」
キタカンバの樹皮・薪・水そして蜂蜜に蜜蝋。ビョルンソンの商品の幅はとても広く、どれかが売れなくとも別のモノが売れるので、生活がとても安定していたのだ。
そしてキタカンバの水と蜂蜜という高級品を扱うため、羊毛を売るよりも稼いでいた。
村人達はビョルンソンに無礼を謝罪した。
ビョルンソンは謝罪を受け取った。なにせ稼いでおり、精神的な余裕があったので怒る気持ちがなかったのだ。
その後ビョルンソンは村長の娘と結婚し、その村がキタカンバの林業で生きていけるよう奔走した。
ビョルンソンの孫であるアギナルソンが、キタカンバ水を煮詰めることでシロップにすることを発明したことで、キタカンバシロップは大陸まで輸出されるようになった。
今では『ビョルンウース村』として知られる村の特産品『キタカンバシロップ』は、こうして生まれたのだった。