第6話 山根先輩ファイト!
耕介は、下皿に残していたコインを吸い込ませながら、周囲の様子を伺った。
店員がいない事を確認して、空になった下皿にタバコの箱を置いた。
よく客が、台をキープする時に使う手だ。
耕介が席を立つときに、通路脇で空き台を待っていた客の一人が耕介の台を覗きにきたが、タバコの箱が置いてあるのを見て素通りしていった。
耕介がコインのぎっしり詰まった3箱を抱えて席を離れると、山根先輩が何食わぬ顔をして席についた。
隣のおばちゃんが、タバコの箱と山根先輩の顔を交互に見ていると、耕介が慌てて席に戻ってきて、「スイマセン」と言いながらタバコの『忘れ物』を取っていった。
耕介が換金を済ませて店に戻った頃には、既に山根先輩は7を揃えてボーナスゲームの消化中だった。
耕介の姿を見つけた隣の台のおばちゃんが、「やめなきゃ良かったのに!」と言う顔をしてきたので、耕介も「やられた!」と言う顔をおばちゃんに返して、店を後にした。
あの様子なら山根先輩は問題なさそうだなと判断して、近くのコンビニで2人分の夕食を買って、ホテルにチェックインした。
同じホテルにチェックインした山根先輩から連絡があった。
部屋番号を告げると、直ぐにやってきて言った。
「本当にスゴイです!怖いくらいです!これ見てください!」と言いながら山根先輩は、サイフから1万円札を8枚取り出して耕介に見せた。
耕介はペットボトルのお茶を渡しながら買っておいた弁当とお菓子を見せて、「じゃあ飯でも食いながら、勝利金額の計算をしよう。」と笑いながら言った。
耕介の計算によると、耕介が7万5千円、山根先輩が8万円の勝ちだった。
山根先輩には予め言っていた通り、勝ち分の半分を耕介が取って、4万円を渡した。
山根先輩は、特にその金額に残念がる様子もなく、お菓子のクズを口から飛ばしながら、閉店までやってたら20万は行けたと、熱っぽく話していた。
「今日は酒を飲ませない方が良いな」という、耕介の読みは当たっていた。
この感じだと興奮して飲み過ぎて、明日起きれなくなりそうだった。
だが2人はアルコールなしでも、台のデザインやボーナスゲームの完成度などを、上機嫌で夜遅くまで語り合った。
2日目は、パーラー大丸に朝イチから並んだ。
平日ではあったが、台を取れないと計画が狂ってしまうため、開店1時間前に店に行った。
さすがに一人もいなかったため、逆に目立つのも嫌だったので近くのコンビニで雑誌を立ち読みしながら、店の様子を伺った。
客が3人ほど並んだところで、耕介は山根先輩を先に行かせて並ばせた。
開店40分前だった。
それから15分待ったが、2人しか増えなかったため、業を煮やして耕介も列にならんだ。
結局最終的に開店前に並んだ客の人数は、マルーン2の台数よりも少なく、早起きする必要はなかった。
耕介と山根先輩は、数台離れた反対向きの台に座った。
2人にとっては、前日の台の調子や設定は関係なかった。
座れれば良いのだ。
山根先輩の台はモーニングセットがしてあったらしく、朝イチから怒涛の7連荘となった。(2回目以降はセットした訳だが。)
店員に「今日はついてますね」と話掛けられていたが、曖昧に返事をしていた。
耕介はそこで、山根先輩が未成年(19歳)であることを思い出した。
あまり儲けすぎると変な言いがかりがつくのかな?と新たな疑念を持ちながら、耕介はセットをしないまま打つと決めていた2万円を使い終わった。
「やれやれ、引きが弱いな。」と思いながら、右手の中に忍ばせた4枚目のコインを入れて7を揃えた。
そこからは容赦なく7を揃え続けた。
☆☆☆
ヤマトク市に戻る新幹線の中で、二人の勝ち分を計算したところ、耕介が17万円、山根先輩が18万3千円だった。
山根先輩に9万1千5百円を渡しても、耕介の儲けは合計で37万6千5百円となった。
ここまでは予定通りだ。
山根先輩から取り分に対する不満が出るかもと思っていたが、全くそんな様子はなく、元手ゼロで大好きなパチスロを打たせてもらえて、13万円も儲けさせてもらったと大喜びだった。
ヤマトク市に戻ると、夕食は明日からのメンバーで集まって計画整合をすることになっていたが、まだまだ時間があったので、一旦山根先輩とは別れた。
耕介はその足で駅前の電気店に行き、ノートパソコンを購入した。
スペックと値段は全く満足できなかったが、時代を考慮すると文句は言えないと自分に言い聞かせた。
耕介は買ったばかりのノートPCを持って、予め決めていたビジネスホテル三つ江戸にチェックインした。
窓からは、パチンコ屋サンコーの入り口が良く見えた。
1泊5,000円と値は張ったが、作戦実行のために立地を重視した。
☆☆☆
耕介が居酒屋「だん」の暖簾をくぐると、「工藤さん、こっちです!」と山根先輩が声を掛けてくれた。
同時に、山根先輩には『工藤』と名乗っていたことを思い出した。
自分の本当の名前もしっくり来ていない耕介に、更に偽名まで憶えるのはひと苦労である。
集まっていたのは、見事に耕介の不安を一蹴してくれる面々だった。
山根先輩は、端から「大熊、松下、川吉、広清」と紹介してくれて、一人ずつ簡単な挨拶をしてくれた。
耕介には、ある不安があった。
外見である。
山根先輩は、ぽっちゃりした体型のお蔭もあって、パチンコ屋にいても「未成年だろ?」と店員に疑われるようなことはなかったが、山根先輩が連れてくるメンバーが、パッと見で『ザ・未成年』だと困るからだ。
だが、そんな耕介の不安は見事に裏切られ、4人はみんな見事な『老け顔未成年』だった。
逆に、自分も学生の頃は、周囲からそう見えていたのだろうか?と不安になるほどだった。
ビールと適当に料理を頼んで、山根先輩が集まってくれたメンバーに大体の作戦を説明してくれた。
耕介は頷いたり、相槌を打ちながら、その内容を聞いていた。
広清というリーゼント頭が、耕介に質問した。
「俺たちあんまり金持ってないんですけど、もし失敗した時、軍資金を返せって言いませんか?」と。
見た目とゆるめの口調からは、若干の不安を感じさせたが、いい質問だと耕介は思った。
「大丈夫。失敗して全部なくなっても、一切元金の請求はしない。約束する。ただ、この実働部隊からは外れて、他の役に回ってもらうことになるかな。その場合でも、ちゃんとバイト代は払うよ。」と耕介は言った。
「違う役回りって、例えばどんなことですか?」とリーゼント広清が言った。
「多分失敗はないから、あまり考えてないけど、店員に変な動きがないか監視したり、緊急時の連絡役とかかな。」と言いながら、耕介は内心、リーゼント広清の事を関心していた。
(確かに、失敗する人間の想定はしてなかったな・・・。念のため、今晩その辺りの検討もしておこう。)
耕介としては、まず今回のセット打法を失敗する人間はこの中にはいないと思っていたし、出来ないからと言って、情報を知ってしまったメンバーを放置するわけにも行かないのが本音だった。
「キヨちゃん心配ないって。メチャクチャ簡単だし!」と山根先輩が、ジョッキを片手に言った。
リーゼント広清も「元金返済の心配がないのであれば良い」という顔で、ビールを一口飲んだ。
「じゃあ、早速明日からの3日間の計画と、セットのやり方を説明しよう。」と言って耕介は、4枚のコインをポケットから取り出した。
計画を説明している最中で、川吉という細身の男が、「店員に見つかって、警察に捕まるなんてことはありませんか?」と聞いてきた。
「セット打法をしてはいけないという法律は存在しない。遊び方は客の自由だし、そもそもセット打法が存在するような機械を作る方の問題だから、バレたとしても店は台を作っているメーカーに補償を求めるだろうね。ただ、あまり目立たないよう、出来るだけ老けて見える格好をして来て欲しい。」と耕介は、それらしい説明をした。
実際はバレたらどうなるのかなんて、耕介にも分からなかったが、万が一の時には、稼いだ金額全てを店に渡して、彼らには迷惑が掛からないようにしようとは決めていた。
午後9時を回った頃、「計画終了まで、このことは絶対に誰にも言わないこと」と約束して解散した。
本当はずっと内緒にして欲しかったが、学生にそれを求めるのは無理だと分かっていたので、計画成功のため、終了までは他言しない事とした。
後でどれだけ喋られても、耕介にたどり着くことはないように、耕介は架空の人物『工藤』を作り上げて演じているし、メンバーの中に耕介に疑いの目を向けている者もいなかった。
自分の経験から、学生は自分に都合の良いワクワクすることは信じやすい(信じたい)と知っていた。