第5話 いざ、作戦開始!
月曜日の朝に駅の新幹線口にやってきた山根先輩は、黒いジャンパーを着て現れた。
出来るだけ地味な格好と伝えてはいたが、予想外に見事なほど地味だった。
ショッピングセンターの紳士服の広告で見かけそうな、ナイスコーディネートだった。
耕介は、用意しておいたダテメガネを渡して、一緒に新幹線に乗った。
耕介の心配をよそに、「新幹線代まで出してもらってすいません。何かドキドキしますね。」と山根先輩は、まるで遠足に行く子供のようにはしゃいでいた。
新台『マルーン2』の導入日は、耕介の行動範囲内では隣県のオタケ市にあるパーラー大丸が一番早く、ヤマトク市に導入されるのは3日後だった。
駅に着くとタクシーに乗り、パーラー大丸の近くのコンビニまで行き、パーラー大丸までは歩いて行った。
何かあって、何者かに追われるようなことになっても、タクシーの運転手から「駅から二人をパーラー大丸まで送った」という情報が入らないようするため、と山根先輩に説明した。
念には念をという事を、山根先輩に伝えるアピールだった。
パーラー大丸までの道中で、簡単に段取りを復讐した。
セット打法の手順は極めて簡単だが、怪しまれないように店員の動きには十分注意すること。
店内では仲間だと分からないよう、何かあった時は、お互い『鼻をつまむ合図』を出して、トイレで待ち合わせること。
初日はドル箱は3箱までとして、早々に切り上げること。
山根先輩は、この内容をあらかじめメモしておいたようで、メモを見ながら「うんうん」と頷いていた。
寮のみんなが、金を返さなくても憎めないと言っていたのが分かる。
一見おちゃらけていてバカそうにも見えるが、一度言えば大抵のことは理解したし、忘れてはならないことは、きちんとメモしていた。
何より、約束を破らなかった。
我ながら山根先輩を選んだことが誇らしかった。
「ところで、なんで今日は3箱までなんですか?」と山根先輩は、不思議そうに聞いてきた。
「大丸には明日も行くからね。大勝して目を付けられたくない。開店日に3箱までなら、まず怪しまれないからね。」と耕介は説明した。
パーラー大丸は既に営業していたが、新台マルーン2の稼動は昼過ぎからだった。
今は店内で抽選券を配っているはずだった。
耕介と山根先輩は別々の入り口から入り、それぞれカウンターで抽選券をもらった。
耕介は自販機で缶ジュースを買って、稼動中の台の様子を伺うフリをしながら、店員の数と特徴をチェックした。
山根先輩はというと、じっと動かずに稼働前の『マルーン2』の台を腕組みして眺めていた。
耕介はやれやれと思ったが、他にも似たような客が数人いて、逆に自然に見えたのでそのままにしておいた。
間もなくして、店内に抽選結果の放送が流れて、当選者は11:30にカウンター前に集合するよう指示があった。
耕介の持っていた抽選券の番号は12番で当選だった。
山根先輩は合図を出して呼び出して聞くまでもなく、うな垂れている様子から外れているのが分かった。
11:30になって、カウンターに集まった人たちにどの台に座るかの発表があった。
勝てるか負けるかは通常台次第なので、皆緊張した様子だったが、耕介にとっては台自体はどれでも良かった。
代わりに、出来るだけ目立ちにくい真ん中あたりの台が良いなと思ったが、残念ながら一番端の台だった。
隣のおばちゃんから、「きっと端の台は出るからいいね」と言われた。
おばちゃんと席を代わってあげようかと思ったが、妙な行動で周囲や店員の注意を引くのも嫌なので、曖昧に笑顔だけ作っておいた。
12時の稼動開始前に席について、一応段取りを反復した。
山根先輩は、抽選にもれたら席が空くまで1時間は店の外で時間を潰す計画だったが、やはり様子が見たいのだろう、遠巻きからチラチラと新台の様子を伺っていた。
耕介はまあいい、目立つようなら合図を出してトイレに呼び出そうと思って、放って置くことにした。
12時になると同時に、派手なファンファーレと共にマルーン2の稼動が始まった。
あらかじめ大当たりのフラグがセットしてあったと思われる数台が、早くもコインを吐き出しはじめた。
それ以外の台も続々と当たりを引き始めて、マルーン2の周辺は野次馬と新台の稼働状況をホール内に実況放送する店員のマイクパフォーマンスで、一時騒然となった。
耕介の台はと言うと、計画で決めていた当初の投資金額(怪しまれないよう、最初はセット打法をしない)1万円を吸い込まれてしまったので、予定通りセット打法に移ることにした。
隣の席では、例のおばちゃんがやっと当たりを引いたところで、バッグからタバコを取り出して火をつけた。
まだ当たりを引いていないのは、耕介を含めて5人といったところで、ここで当たりを引いても全く不自然ではない状況だった。
どうやら山根先輩は、耕介の初当たりを見ずには落着けないようで、5分置きに周囲をフラつく様子が耕介の視界に入った。
現在の投資金額はちょうど1万円。
下皿には15枚のコイン。
耕介は「ふぅっ」と軽く息を吐いて、下皿からコインを右手に取った。
手元を確認することなく、手触りでコインが4枚あることを確認すると、今までと同じ手順で3枚のコインをスルスルと台に投入した。
左手をゆっくり上げると、レバーを叩くのと同時に右手の中に残っていた4枚目のコインを投入した。
クレジットの表示はゼロのまま、下皿に4枚目のコインが戻ってくることもなかった。
成功だ!
耕介は学生の頃、実際にこの手順を何度か試したことがあったが、対策を施された当時のマルーン2で成功することはもちろんなかった。
今回成功することは確信していたが、やはり嬉しかった。
左のリールに栗色の大きな『7』を狙うと、左下に「ガコン」と止まった。
続いて真ん中のリールに7を狙うと、当たり前のように中段に止まり、同時にリーチがかかったことを示すリール上下のフラッシュライトが赤く点滅し、緊張感を演出するドラム音が鳴り始めた。
耕介は動揺することなく、右リールの停止ボタンを押した。
次の瞬間、右上に7が「ドン」と止まり、大当たりを祝うファンファーレと同時に、ボーナスゲームが始まった。
この計画の成功が裏付けされた瞬間だった。
耕介はその後、10~20ゲーム以内に同じ手順で大当たりを3回連続で引いた。
周りの様子を見て、3連荘くらいは普通に出ていたからだった。
そこからは、少し吸い込まれては連荘させるのを繰り返し、あっと言う間に3箱をコインで満杯にしていた。
途中姿が見えなくなっていた山根先輩を見かけたので、合図を出してトイレに呼び出した。
「スゴい!スゴい!あれって、例のやつやってるんですよね?!スゴい!」と山根先輩は興奮して、トイレの外まで聞こえるんじゃないかという声でまくし立てた。
耕介は慌てて人差し指を口の前に当てて言った。
「まあまあ、落ち着いて。ここまでは予定通りだけど、周りの様子を見る限り、そんなに簡単に席を譲りそうな客はいない。5時を過ぎると仕事帰りのサラリーマンも増えるから、更に難しくなる。」
「そんなぁ・・・。俺も打ちたいなあ。」と山根先輩はうな垂れた。
「打ってもらわないと困る。今回は練習も兼ねてるからね。そこで、僕が打っている台を譲る。」と耕介は言って、作戦を告げた。