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私は見習い女神のハトルテ

 数日が経ち。

 雨が降る中でも続いていた儀式も落ち着いて、すっかり火は消えた。

 疲れきったみんなと私は真っ黒になっていた。

 誰かが告げたわけでもなく儀式は終わり、ただただ焼けた江戸の街を見ていた。

 みんな元気が無い。

 あれだけの儀式の後だと疲れちゃうよね。


 江戸に来てからスゴい怒られたけど、感動もした。天界じゃ出来ないスゴい経験だった。


 だから私は『お礼』をしないとならない。

 コレは『お礼』。けして地上に干渉しているわけじゃない。


 頑張って疲れきった江戸の住民に私の神力で『癒し』を与えるために、胸の前で手を重ねる。

 なにやらガヤガヤと騒がしくなってきたけど、まだ神力は出してないよ?

 片目をチラと開けると、ござるのハゲナスビがスットコドッコイの女たちを引き連れて炊き出しを始めていた。


 ……みんなござるの子供に土下座してるけど、偉い子供なのかな?


 私のお腹はクゥと鳴り出した。

 まぁ、ござるの子供はどうでもいいや。うん、癒しもおにぎりを食べた後でいいね。

 神力を開放したら女神だってバレるから、サヨナラしながら癒さないとならないし。タクアン食べたいし。


「おう、嬢ちゃん、食いねぇ」


 広い背中と大きな手で私やみんなを過激儀式から守ってくれたカシラが、私の前にやってきた。

 カシラに怒られてばっかりだった。

 カシラに守られてばっかりだった。

 そんなカシラの真っ黒な手には、タクアンが三枚乗ったおにぎりと一枚乗ったおにぎりがあった。

 カシラはタクアンが三枚乗ったおにぎりを私に向けてきた。


「私に?」

「そうだ」


 私やみんなを火から守ってくれた真っ黒な手を、私は汚いなんて思わない。


「ありがとう」


 おにぎりを受け取り、食べやすいようにタクアンを指先で摘んでいると、カシラはそんな私をジッと見ていた。


 ……どうしたのかな?


 カシラの表情は無愛想だけれど、瞳の奥には私を心配する気持ちが込められている。

 その目を見ていると数日間の記憶が私の中に刻まれていった。

 とんでもない熱気の中で指示を出すカシラ。

 倒壊する家から私を助けてくれたカシラ。

 倒壊中の家から出てきて私を助けてくれたカシラ。

 私でも紙一重で捕まえられなかったフテーヤローを捕まえてきたカシラ。

 そして、梯子に登って神技をするカシラ。


 カシラはスゴい人間だ。


 ……こんな人に、カシラみたいな人に私も信仰されたいなぁ。


 そんなスゴいカシラを見ながら、私はおにぎりをガブリといただきますした。


「美味しい! カシラも食べて食べて!」


 カシラは無愛想な顔を緩めて私の頭をバンバンと叩くように撫でてくれた。

 カシラと一緒におにぎりを食べていると「そういえばあの子は誰?」「どこの子?」とか聞こえてくる。

 私は見習い女神ハトルテで神界の子です。と言えるわけもなく、タクアンとおにぎりの黄金比はおにぎり二口にタクアン半分だと見つけて完食した。

 カシラがよっこいしょと立ち上がると、周囲は「孤児か?」「両親探せ!」と何やら慌ただしくなってきた。

 うん、私はそろそろ天界に帰らないとならないね。


「よし、嬢ちゃんは食ったら寝ろ」


 カシラはそんな事を突然に言うと、バッと法被を脱いで私の頭に被せる。

 視界を塞がれた私はバサと法被を取って、サヨナラをしようとカシラを見やる。


 ……カシラの背中が。


 法被が取れて見える大きな背中は、火傷だらけだった。

 火から私を守る時に法被をかぶせてくれていた。何度も何度も。

 私のせいで火傷しちゃったんだね。痛いよね。


 ……カシラ、ごめんなさい。


 でも、私は見習いだけど女神だから、カシラには女神としてきちんと【御礼】するよ。


 ……女神としての社交的な『お礼』ではない。見習い女神ハトルテとしての【御礼】。


 私はカシラの法被を着ると、まずは儀式を頑張った江戸のみんなに『お礼』をするために、胸の前で両手を重ねる。

 神力で光る私は見習いだけど女神。黒髪が金髪になり、黒目が碧眼に変わる。

 汚れた見習い女神用のワンピースとカシラの法被で見た目は女神ぽくないかもしれないけれど、神力は見た目を問わず人々の心に届く。

 そして、『お礼』のために癒しを与えるなら必要無いけど、『お礼』の後にはカシラへ【御礼】をするため、【御礼】に必要な女神としての名乗りを上げる。


「私は見習い女神のハトルテ」


 私の身体が神力でゆっくりと浮くと、周囲はザワザワと騒がしくなる。

 すると突然、ござるの偉そうな子供が「ははぁ!」と土下座した。すると、老若男女問わず一斉に私へ向かって土下座を始める。


「がんばった皆さんに癒しを与えます」


 ブワッと広がる神力の光はフテーヤロー以外の江戸の住民を癒し、黒煙で染まっていた空を青空に変える。

 太陽が地上に差し込む中、コブンたちは大騒ぎして、大人たちが驚いた顔で私と空を交互に見ている。


 ……神力出しすぎちゃったかな?


 少しミスったかも。でも、今は見習いでも女神だから威厳たっぷりにしないとならない。

 私は、カシラに女神らしい笑顔を向ける。


「カシラ、火から私を守ってくれてありがとうございます」

「嬢ちゃ……い、いや、女神様、数々の無礼、申し訳ありません。煮るなり焼くなりなんなりと」

「許します」

「そんな訳にはいきません! 女神様への無礼など万死に値する愚行。下の者に示しが付きません。なにとぞ、我が身にケジメをお与えください」


 ……ケジメて何?


 どういう意味かわからないけれど、カシラは怒る立場の人だから、自分の眷属に怒る相手を見極めろって教えているのね。さすがカシラ。

 でも私、カシラは悪くないと思うし、楽しかったから、そんなに畏まられると嫌だな。

 そもそも、天界のイメージ戦略とかわけわからんもので拗れた女神モードなんて、疲れるのよ!

 決まりだから我慢するけど、個性を活かさない女神モードなんて時代遅れなのよ。


「今後、カシラは女神ハトルテを嬢ちゃんと呼ぶ事にします」

「「「!?」」」


 驚く一同の中で、カシラは「なぁ!?」と表情を青くさせる。

 そんな中に、クスと息を漏らして笑みを見せるワカガシラがいた。


(かしら)には一番効くケジメだな」

「恐れ多いんだが……」

「それではカシラに御礼を差し上げます」

「はい?」


 カシラが疑問符を浮かべるので、私は女神の御礼を簡単に説明する。


「私、見習い女神ハトルテはカシラに何度も助けてもらいました。しかし、女神は地上で生きる者に形が残る物を譲渡してはなりません。なので、御礼に私の加護を与えます」

「「「!!?」」」


 ……ん? どうしたのかな?


 神々の【御加護】の効果とか気にされると、私は見習い女神で司るモノは無いから今は効果が無い、としか言えない。


 ……けど、加護の効果が無いなんて説明するのは違う気がするし、いらないて言われたら私が悲しい。というより、気にしてるのは加護の効果じゃない気がする。


 江戸の街に加護持ちは居ないだけで、一〇〇以上の神様がいる国だから【御加護】は珍しくないはず。私としては、神技を見せてくれたカシラに加護が無いのは意外でしかない。


 ……私としてはラッキーなのよ。


 カシラはスゴいから、いつ他の神様の目に止まるかわからない。だから、他の神様に御加護を与えられる前に御加護(ツバ)を付けとかないと。

 私は神力を更に開放してバサァと白い翼を出すと、羽を一枚抜き取ってカシラの胸へふわりと飛ばす。

 羽は呆然としているカシラの胸にピトと付くと、スゥと胸の中へと入っていく。


 ……よし、初めてだけど成功した。さて、帰るかな……ん?


 ふと挙動不審な動きが見えてその方向を見ると、ござるの偉そうな子供が困ったように私とカシラを見ていた。どうしたのかな?


「ござるの子、どうしました?」

「ご、ござるの子? ござるの子とは、せ、拙者の事ですか?」

「はいでござる」


 ござる語はテヤンデイ語より言い難いわね。それにしても、鼻をほじっているコブンたちとは雲泥の差と言うか、ござるの子供はビシッとしていて育ちの良さが見てわかるわ。でも、少し青っちょろいわね。ダメよ、健康なら外で遊ばないと。


「……っ……っ」


 ござるの子供は緊張した表情で私を見ると、意を決したように瞳を強くし、


「拙者、徳川御三家紀州藩藩主徳川光貞が四男、新之助と申します」


 ……トクガワゴサン? 長い名前ね。まったく覚えられそうにないわ。この子はゴザルで良いわね。


「長いお名前ですね。貴方の事はゴザルと呼びます」

「もったいな……もったいなきお言葉、このゴザル、女神様に感謝いたす……でござる!」


 ゴザルは少し戸惑ったように見えたけど、感謝してるみたいだから大丈夫ね。


「あと、ゴザルは外で遊びなさい。家にひきこもってばかりだと、不健康になります」

「ははぁ! 女神様の我が身を思う御言葉、ありがたく存じます。天啓と受け止め、今後は勉学や剣術だけでなく、遊興もこの身で学ばせていただきます……でござる!」


 ……天啓じゃなくて感想なんだけど。まぁ、いいか。それにしても、ゴザルと呼ぶと言ってから、ござるを強調したり無理矢理使ってる感じがするんだけど……それだけ嬉しかったという事かしら。


 ゴザルはゴザルね。そう言えば、ゴザルは何かを私に聞きたかったのよね。

 私は女神ぽく威厳あるように目配せする事でゴザルに先を促すと、私の意図に気づいたゴザルはコホンと喉を鳴らしてから口を開く。


「女神様の御加護を与えられた火消しの(かしら)は、今後、どのような立場になるのでござるか?」


 ……立場? カシラはカシラだよ。もしかして、私とカシラの関係の事かな?


「私の加護を与えたので、カシラは見習い女神ハトルテの眷属になります」

「やはりでござるか!」


 ゴザルはキラキラした目でカシラを見る。

 カシラの事が好きなのかな? なんかみんなもキラキラした目でカシラを見てるし。カシラは人気者だね。


 ……うん、良かった。


 カシラの人気が私への信仰になってくれたら、私の儀式を作ってくれるかもしれない。

 うんうん、一人前の女神になる楽しみが出来ちゃったよ。

 よっしゃ、やる気出てきた! 天界に帰って、レポートを作って、さっさと修業を終わらせよう!


「それでは、私は天界に帰ります」

「帰られるのですか!? で、ござる」


 ……無理矢理ござるをねじ込んできたわね。ゴザル、その一生懸命さは好感持てるわよ。


「はい、私は見習い女神ですから帰ります。一人前の女神になったら日本に戻って来ますので、またカシラの梯子踊りを見せてください」

「「「え?」」」

「え?」


 ……みんなしてどうしたの?


(かしら)は女神様の下で国を治めるのではないので……ござるか?」


 ゴザル、ござるが少し良くなってきたわね。ござるポイントを一与えます。

 冗談はさて置き、ゴサルは何を言ってるのかな?


「ゴサル、神々は地上の国を治める者ではなく見守る者なので、眷属が国を治める事はありません」

「女神様……」

「カシラ、嬢ちゃんです」

「じょ、嬢、ちゃん、眷属の仕事を教えていただけますか?」


 ……あれ? そういえば眷属の仕事て何?


 そもそも、私が加護の与え方を知っていたのも、天界一武道会で優勝した亀さんにママが御加護を与えていたのを見様見真似しただけ。成功するとは思っていたけど、私だってドキドキだったんだから。

 私の持ってる教科書【女神への道】も見習い女神から女神になるための教材で、神様の司るモノで変わる眷属の仕事や在り方は別の教科書で学ぶはず。たぶん。

 というか私は見習い女神だから司ってるモノなんか無いし、一人前になっても先達に聞くしかないはず。たぶん。


 ……仕事と言われても、儀式や祈りは私から作ってと言って作ってもらうモノじゃないし。私はカシラの神技が見られたら良いから、今まで通りでいいと思うんだけど。


 正直に言った方がいいわね。それに、早く帰って修行して一人前の女神になりたいし。


「カシラ。私は見習い女神なので、眷属の仕事がなんなのかをまだ学んでいません」

「え?」

「一人前の女神になったらまた日本に来ますので、仕事はその時で良いと思います」

「わ、わかりました」

「それでは、天界に戻ります。みなさんも、また会う日まで、元気に頑張ってください」


 私は、待ってくださいと言ってるゴザルや手を振って賑やかなコブンたちに女神らしく手を振りながら天界へ戻って行った。


 カシラ、またね。

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