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まさに特等席だ。

 六日目。

 ムニャムニャ明日本気出す。と寝ぼけながら起きた私は、フテーヤローのお尻が無事なのを確認すると、見張りをしていたコブンたちに「フテーヤローのお腹に石を乗せたらダメよ。ダメだからね。絶対ダメなんだからね」と言い、ご飯……ではなく奉納品を食べに行った。


 ……あれ? カシラの眷属がいない。


 梯子踊りダメ、タコさんダメ、梯子を支えるのもダメと言われて川にポイされるから、ヒケシの実践レポートは諦めて、すでに極めたと言っても良いテヤンデイをテーマにレポートを作ろうと思っていたけど……。


 ……やっぱり信憑性が欲しいわね。


 第三者視点、まさに神視点から見たヒケシをレポートにするのも良いんじゃない?

 でも、私はフテーヤローの見張りをしないとならない。


 ……身体の中にお茶目なトゲがある女の子をデザインにした箱でも作ろうかしら。……ん?


 見習いのお忍びとはいえ、私という女神への冒涜を現在進行形で犯しているフテーヤロー。そんな罪人を見張るための道具を考えていると、フテーヤローのお腹に石を乗せているコブンたちのためにお母さんたちが石を集めていた。


 ……私が居なくても大丈夫そうね。


 でも、カシラたちに見つかったら捕まって川にポイされるから、コソコソと隠れながら後を付いて行く事にしよう。

 大きな通りに行くと、慣れたものですぐに法被集団を見つけた。

 ドコーンドコーンと木槌で家を壊すカシラ、周りを見て指示を出すワカガシラ、タコさんを振り回す人に梯子を支える人、そして私が一番やってみたい梯子に登って踊る人。


 私もやりたい。けど、ダメって言われる。だから今日は、神視点から見て学ぶ日だと我慢するしかない。


 ……こんなに我慢しておサボり扱いされたらたまったもんじゃないわね。だからそうね、レポートには私も少しだけどヒケシをやったと書くとしよう。


 レポートなんてペン先を舐めて滑らせたぐらいが丁度良いのよ。

 私は一番やりたい梯子踊りを見やる。

 はっ。よっ。クルと回って、はっ。

 なるほど。できる気がしないわ。ペン先の舐めすぎ注意ね。


 んっ?

 あれ、梯子踊りしていた人がストトトと下りて来た。ワカガシラに何かを言うと、ワカガシラはカシラの下に行って何かを話し始めた。

 カシラは小走りで梯子の下に行くと、すすすすぅぅぅぅと登って行った。


 ……早っ!


 カシラは梯子に登って踊るわけではなく、遠くを見ている。

 ビシッと背筋を伸ばして、額に付けた右手で目元に影を作ると、何か安堵したような表情になった……気がする。無愛想顔のままだし、気のせいかな?


 カシラも踊るのかなと期待して見上げていたけど、カシラは踊らなかった。

 なんで踊らないのかな? と思っていたら、カシラは梯子からすすすすぅぅぅぅと滑り下りて、地面スレスレでピタと止まった。


 ……格が違うわね。


 さすがカシラ。

 カシラの一動作を見ちゃったら、今まで梯子で踊っていた人が修行不足に見える。


 ……カシラの踊りが見たいな。


 七日目。

 カシラは眷属を引き連れて大通りに行った。

 ピリッとした空気に儀式が大詰めなのだとわかる。是非とも私も参加したい。

 しかし、私はフテーヤローの見張りをしないとならない。


 ……まったく、フテーヤローはどれだけ私のレポートを邪魔したら気が済むのか。罪を重ねすぎよ。


 チラとフテーヤローを見る。

 曇り空の先にある太陽でも見ているかのように、遠くを見ていた。それはもう自分の罪を受け入れ、自分の犯した罪を償う顔だ。

 けど、フテーヤローの罪は儀式が終わった後に日本の法律で裁かれる。

 けして、お尻がとんでもない事になっているのは罪に対しての罰ではない。確実で安全な見張りの中、おとなしくしていれば良いのに無駄足掻きをして出来た軽傷だ。

 コブンたちはタクアンが一枚乗ったおにぎりをフテーヤローに向けながら「ご飯の時間だよぉ」とピラミッド型の椅子を木の棒でカンカンと叩いている。

 フテーヤローの瞳から罪人とは思えない綺麗な涙が流れているのは、きっとお母さんたちが作ったおにぎりにタクアンが一枚しか乗っていないからだろう。私ならおにぎり一個に二枚は欲しい。

 それでも、確実で安全な環境の中で三食付き。フテーヤローにはタクアン一枚でも贅沢だ。

 見張りはコブン&お母さんに任せても良さそうなので、私は隠れながらカシラたちを追った。


 大きな通りに到着すると、カシラとワカガシラを正面にカシラたちの眷属たちは法被の色ごとに分かれて、統率された列を作る。

 何が始まるのかとワクワクしながら見ていたら、カシラはそれぞれに指示を出し、円になった一同の中心にある梯子の下に行った。


 青い法被の眷属たちが歌い出し、茶色の法被を着たワカガシラと二人の眷属が三人で梯子を立てる。

 カシラはワカガシラに目配せすると、二人はうなづき合い、カシラは梯子を握り、すすすすぅぅぅぅと登って行った。


「はっ!」


 カシラの一声に世界の時が止まった。


 ……なに、今の?


 止まったような気がしただけなのかもしれない。けれど、カシラの一動作は見習いとはいえ女神である私の目を奪ったのは確かだ。


「よっ!」


 格が違うどころじゃない。

 今までの人が踊りなら、カシラのはまさに神技。

 見習いでも私は女神。その女神の私が心を奪われているんだから、神技と言っても良い。なんなら見習い女神の私が許すし。


 ……火の神様が羨ましい。


 でも、天界に帰ったら、このカシラの神技を直接見られた事が自慢になるかな。絶対なるね。


 私の足は勝手に動いていた。

 いつの間にか円の中央へ向かっていた。

 見つかったら怒られて、捕まって川にドボン。

 わかってる。でも、捕まるまではカシラの神技を少しでも近くで見ていたい。


 梯子の上にいるカシラが私に気づいた。

 目と目が合ったと思ったら、カシラは神技をしながらクルッと反対方向へ向く。

 カシラはチラと梯子を支えているワカガシラを見た。

 ワカガシラは呆れるように目礼してから、私を見る。


「そこの嬢ちゃん、ここに来な」

「え? ……うん」


 私は警戒しながらワカガシラの下に行った。

 行ったら捕まる。わかってる。

 でも、ワカガシラのいる場所はカシラの真下で、一番カシラを近くで見られる場所。一瞬でもあの位置からカシラの神技を見られるなら、行くしかないでしょ!


「梯子をしっかりと掴むんだ」


 なんですと?


「どうした?」

「梯子に触ってもいいの?」

「本来はダメなのだが……さあ、(かしら)が落ちないように支えるんだ」

「わかったわ!」


 長身のワカガシラと梯子の隙間に割り込んだ私は、梯子をガッチリと掴んでカシラを見上げる。

 ワカガシラの血管が浮く右腕と左腕の間から見えるカシラの神技。

 カシラが動く度に伝わる振動に腕が喜び、発する声に胸が躍る。

 カシラが「はっ!」と言えば、私も「はっ!」。

 カシラが「よっ!」と言えば、私も「よっ!」。


 まさに特等席だ。


 ………………

 …………

 ……


 カシラの神技が呼んだのか、魔力のない世界なのに雨雲が江戸を包んでいき、パラパラと雨を降らせた。まさに神技だ。

 

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