私はお忍び女神のハトルテ
私は見習い女神のハトルテ。
一人前の女神になるための修行中に、進路先というか就職先というか、私への信仰を集められそうな世界を探している。
将来的に女神として頑張りたい場所を事前にリサーチするのは大切だと思うの。けして遊びに来たわけじゃないから誤解しないでね。
そんな私が選んだのは日本。
世界ではなく日本に限定した理由を語ると長くなるのだけれど、簡単に言うといっぱい神様が居たら住み分けがされていて、私に出来る事に集中できるから。けして、楽をしたいからとかじゃないから誤解しないように。
それにしても日本は珍しい国だと思う。
神様にも出来る事と出来ない事があるから、一つの世界や国の中で住み分けをしている。なんでもできる私のママや経験豊富な上位の神様ぐらいにならないと、一つの世界で一柱の神とはいかないのよ。
それでも一つの国、それも島国で一〇〇を越える神様が居るのは珍しい。
私はそんな日本、江戸と呼ばれている街を空からこっそり見ている。
遊びに……じゃなくてリサーチに来たのだから、私としては赤々と輝いて賑やかな地上に行きたいのだけれど、修行を終えた女神が地上に降臨するなら兎も角、見習い女神の降臨は許されていない。
でも、空から見る限り、日本なら大丈夫だと思うのよね。
テヤンデイ!
ベランメイ!
コンチキショー!
こんな感じで、この国の男たちは三つの言葉で会話が成り立っている。はっきり言って、何を言ってるのかわからない。
このスットコドッコイ!
新しい言葉だと思って見たら、女たちが男たちに水をぶっかけていた。
どうやら男と女の会話はテヤンデイとスットコドッコイで成り立つみたいだ。
よくわからない国ね。男も女もバイタリティに溢れすぎてぶっ飛びすぎじゃない?
もっとわからないのが、現在進行形で街が赤々と燃えて黒煙を上げているのに、家ではなく人に水をかけている事。
女神的に見ても大火事だと思う。
早く火を消さないとどんどん家がなくなっちゃうよ。
なのに、どうして……。
「うおぉおぉぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
なんで屋根にいる彼らは紙で作ったタコさんを振り回しているの?
「よっ!! はっ!!」
なんで彼らは梯子に登って踊っているの?
意味がわからない。
でも遊んでいるわけじゃないのはわかる。
もっと日本の事を勉強してから来るんだった。
いや、ちょっと待って、もしかして……魔法の準備をしてるの!
テヤンデイ!
はっ!!
スットコドッコイ!
よっ!!
ベランメイ!
はっ!!
スットコドッコイ!
よっ!!
コンチキショー!
はっ!!
スットコドッコイ!
よっ!!
魔法じゃないね。
まったく魔力を感じられないし。
でも、リサーチに来てリサーチができないとなったらレポートの提出ができなくて、またおサボりしたと思われて修行期間を延ばされかねないわ。
私がなんとかしないとならないわね。
でも、見習い女神は地上の事象に直接の干渉をしたらダメだし……どうしよう。
はっ!
よっ!
ちょっと今真面目に考えているんだから、その意味わからない踊りとか止めてもらえます?
テヤンデイ!
スットコドッコイ!
喧嘩とか水かけごっこより少し黙ってもらえます?
気が散る、気が散る、気が散る。どうしよ、どうしよ、どうし……あっ、アレがあった!
黒煙が空を染める中、私は目を瞑って胸の前で両手を重ねる。
ブワッとやってくる黒煙にムセそうになるし、なんか見習い女神用のワンピースドレスが汚れたような気もするけど、今はそんな事を気にしていられない。
「皆さごっ……皆さん、火傷したら痛いですよ。逃げてください」
私は女神らしく神託として江戸の住民に伝えた。少しムセたけど大丈夫。ムセた所だけ聞こえていないはずだ。
これで落ち着いて避難してくれる。
見習いとはいえ女神の神託なんだから。
でも江戸の住民から返ってきた返答は……。
火事と喧嘩は江戸の華ぁぁああぁぁあああ!!
「どういう意味!?」
神託に対して江戸の住民から返って来たのは、統一された意思表示。もちろん、何を意味しているのかわからない。
テヤンデイ、江戸っ子が火事ぐらいで逃げてられっかい!
ベランメイ、逃げるのは借金とカミさんからデイ!
熱っちいなコンチキショー!
水だよこのスットコドッコイ!
「色々と大丈夫なの日本人!?」
だけれど……。
彼ら日本人は、けして火に負けていない。
それはもう火の神様の御加護があるかのように。でも、誰にも無いわね。
ん?
御加護が無い?
……御加護も無いのに火事場で何をしているの日本人!!
よく見たら日本に魔力が無い! 魔法を使えない世界じゃない!!
……魔力が無い世界で、身一つで火に立ち向かってどうするの?
避難して、燃え尽きるのを待ってなよ。
せめてテヤンデイに水をかけるんじゃなく燃えてる家に水をかけなよ。
日本人的にソレが普通なの?
日本は火事の時に喧嘩したり踊ったり燃えてない家を壊す文化なの?
リサーチしに来たのを後悔してきたんですけど。
どうして日本人は……いや、ちょっと待って、コレってもしかして!
「『火事と喧嘩は江戸の華』とは、火事で江戸を花に見立てながら喧嘩するという、火の神様に信仰を捧げる儀式だったのね!!」
疑問がすべて繋がったわ。
そして感服よ。
さすが一〇〇以上の神様がいる日本ね。
神様の数だけ祈り方や儀式があるのは常識。その祈り方や儀式は人だけが考えてくれる。
神様はどんな祈り方や儀式でも嬉しく思うし、人々が新しい祈りや儀式を考えてくれる度に自慢しちゃう。
こんな盛大な儀式なんて火の神様のドヤ顔間違いなしよ!
テヤンデイ、ベランメイと殴り合う男たち。
コンチキショーと家を木槌で壊す男たち。
そんな男たちにスットコドッコイと水をかける女たち。
紙で作ったタコさんを振り回す男たちもいる。
はっ、よっ、と梯子に登って踊る男たちもいる。
一つの街を捧げる儀式。
火の神様にふさわしい熱い祈り。
これはもう、天界が震撼する熱さ!
……くぅぅぅぅぅぅ、火の神様が羨ましい!!
こうなったら見習い女神なんて立場は関係ないわ!
私はワンピースドレスの腰部分にぶら下げている皮袋、ママが夜鍋して作ってくれたアイテムボックスに右手を突っ込んで、マクラ……ではなくて、見習い女神に配布されている教科書【女神への道】を出す。
よっこいしょっと。
……まったく呆れるほど大きい本ね。読む側に配慮してないからマクラにしか使い道ないのよ。
皮袋より教科書【女神への道】の方が大きいけど、そこはママが作った神器の皮袋だから無限収納&時間停止付きの優れ物なのよ。さすが私のママ。
配布された時に一度開いてマクラへと昇格した教科書【女神への道】をバサと開いて、適当にページをめくっていく。
……あった!
《お忍び女神の心得》
地上の住人に神バレしないためには神力を隠さないとなりません。
しかし、神力がなければお忍び女神にはなれません。
最初に神力で自分の姿を現地人と似せてから、次に神力を隠しましょう。
外見を変えてから神力を開放すると、元の姿に戻って即バレするので気をつけるように。
……ふむふむ、まずは外見を変えるのね。
ページをめくり、外見の変え方を読む。
《お忍び女神モード》
変えたい部分に神力を集中させてイメージしたらあら不思議、あなたも立派なお忍び女神。
注意事項•服は現地で奉納してもらう事。盗んではいけません。
……服は無理なのね。
私はチラと地上を見る。
でも、まぁ、日本人の着物という服は色々な色があるみたいだから、私のヒラヒラした見習い女神用のワンピースドレスでも大丈夫よね。
次は外見だけど、まずは黒目が多いからちょちょいと碧眼を黒目にして……問題は髪型ね。
髪型は、男の人は総髪にナスビを乗せたり、ハゲにナスビを乗せてる愉快な人が多いわね。ござる? ハゲナスビはござるござる言ってなんか偉そうね。まぁいいわ。
それにしても、私、女神でよかったわ。さすがにあの髪型は文化とはいえ受け入れられないし。
女の人の髪型は……なんか盛り盛りね。でも、盛り盛りじゃない人もいるし、私ぐらいの見た目の子らは髪を下ろしているから、私は金髪を黒髪にするだけで良いわね。
如何にも女神ぽい金髪碧眼を日本人みたいな黒髪黒目にしたから、次は顔ね。
……日本人は平たい顔ね。私の女神的な顔だと全体的に変えないとならないから……なんかめんどくさいわね。パスよ。もう十分だわ。
教科書【女神への道】をパタンと閉じて皮袋の口にピトと付けたらあら不思議、シュと吸い込まれていく。さすがママが夜鍋して作ったアイテムボックスね。
さてと、最後に神力を隠して、これで準備完了。
「さぁ、私も儀式の仲間に入れてもらうわよ!」
私は、火がボウボウで一番盛り上がっている場所へ降臨……うおっヤッベェ、神力を開放するところだった!
降臨にならないよう注意して、私は初の地上へ降りて行く。
一日目。
燃え続ける江戸の街でテヤンデイて叫んでいたらスットコドッコイて水かけられたよ。私もテヤンデイたちに水をいっぱいかけたんだからね。
それに、私は優秀な見習い女神だから、テヤンデイ、ベランメイ、コンチキショー、スットコドッコイをあっという間にマスターしたわよ。
二日目。
テヤンデイとスットコドッコイでビショビショになった私は、梯子を支えている人たちの所に行った。
この人たちはヒケシと呼ばれているらしい。
よくわからないけど、儀式では重要な役割を担っているようだ。
見習いとはいえ女神の私の目は節穴じゃない。街が燃え盛る中、その最前線で儀式を遂行するヒケシは、もっとも火の神様への信仰が熱いに違いない。
私は修行中の見習い女神、そうリサーチをしにここに居る。
人々の熱い信仰から生まれた儀式、その最前線がどれだけ重要なのかを知る必要がある。なにより、梯子に登ってみたい。
「ちょっとそこのカシラと呼ばれてる方。少し良いですか?」
私は一人だけ黒色の法被を着ている男、茶色や青色の法被を着ている人らに指示を出しているカシラへ声をかける。
「このスットコドッコイ! とっとと逃げやがれい!」
……怖っ!?
スゴい剣幕で怒鳴られた。
スゴい強い目で睨まれた。
カシラ怖いんですけど!
でも、私は修行中の見習い女神。リサーチしてレポートを提出しないと怒られるから、引き下がる選択肢はない。
「私もあそこで踊ります!」
ビシッと梯子に登って踊ってる人を指差す。
「ベランメイ! とっとと失せやがれい!」
即却下!?
大切な役割なのは見たらわかるわよ。でも、女神が儀式に参加するなんて前代未聞よ。スゴい事なのよ。レポートにならないじゃないまったくもー。
「ふっふっふっ、私の本気はスゴいわよ?」
「このスットコドッコイ、修行して出直しやがれい!」
「なっ!?」
見抜かれた!
私がまだ修行中だと見抜くなんて……やるわねカシラ。
悔しいけど、私は修行中の見習い女神だから修行が必要だと言われたら従うしかない。何故なら、怒られるのイヤだから!
でも、納得するのとやりたい気持ちを我慢するのは別。
むむむむとカシラを睨んでいると、ガターンと私の背後の家から聞こえてきた。
「テヤンデイ!!」
カシラの怒声と同時に私の視界は布みたいなのをかぶせられて暗くなった。
「熱っ!」
熱が肌を撫でたのを感じた瞬間、周囲の温度がブワァと上がった。
「なになになに!?」
「テヤンデイ、黙ってろい!」
布で何も見えなくて体感でしかわからないけど、カシラは私を雑に担いで走り出したようだ。
ガラガラガラと家が崩れている音を聞きながら、熱気から遠ざかるのを肌で感じる。
「ん?」
突然の浮遊感に何事かしらんと疑問になった直後、バシャンと水の中に。どうやら私はポイと投げられたようだ。私、見習いだけど女神なんですけど?
バサと雑に布を取られて視界が明るくなる。周りを見ると、私は川に投げられたのだとわかった。なんか子供がいっぱい居るわね。
カシラはバサと布、法被を着直す。どうやら私はカシラの黒色法被をかぶせられていたようだ。
「テヤンデイこのスットコドッコイ!」
怒られた!
も、もしかしてあのガターンは大切な儀式の一つだったの? それなら邪魔しちゃった私が悪い。見習い女神だから素直に謝ります。
「カシラ、ごめ……」
カシラにごめんなさいしようとしたら、儀式に戻って行っちゃった。
「私も行かないとブハッ!」
カシラの下へ行くために立ち上がろうとしたら、周りにいる子供たちにバシャバシャと水をかけられた。
熱がこもっていた顔が冷んやりしてきて気持ちいいわね。
でもブハッ、少し激しすぎブブッ。
ちょっとあんたら少しは加減しなブブハッ…………コレはアレね、挑戦ね。わかったわ。でも、見習いでも一人前でも女神は地上の人に意地悪したらダメなの。だから、私が今からやるのは、意地悪じゃないわよ。
「もー、クソガ……間違い間違い、良い子のみんなー、顔とか真っ黒じゃないー、まったくもー」
私は両手を広げて子供たちと向かい合うと、
「さーさー綺麗にしてあげるから、ちょっとおとなしブハッ…………おとなしくすれコラァ!」
キャッキャ言って逃げ出す子供たちを追いかける。
子供らの帯を掴んで芝生へ投げ飛ばすのは意地悪ではない。唇が青くなっているから休憩させているのだ。
もちろん、特に生意気な……違う違う、挑戦的な子の額を掴んで持ち上げるのも、顔を洗ってあげているだけ。
けして、子供たちへ意地悪をしているわけじゃないから。そう、誰かが子供たちを見ていないとダメなの。だからコレらは意地悪ではない、ないったらない。
つか、多勢に無勢は卑怯よ!!