エピローグ~丸くおさまったその裏~
カレンとキュール。
二人は前よりもずっと距離が縮まった。その一方で。
アクロイド卿とローイッシュ卿はソファに並んで座り、向かいで恐縮する親子を無機質に眺めていた。
キュールの父ノイマン・アクロイドは、シュタイン家に婿入りした自らの弟とその娘の対照的な態度に、一切の感情を削ぎ落としたくなった。
「さて。言いたい事はあるか」
「兄上。本当に、リーアが申し訳ない事をした」
平謝りをし悔いる弟の横で、縮こまりながらも憮然と横をむいているリーア。そんな姪の姿に、どうしてこうなったのかと呆れるばかりのアクロイド卿。
「俺に謝られてもな」
「かと言ってこちらに謝罪されても困る。特に……娘に直接会わせるなど」
と、これはカレンの父ローイッシュ伯爵。
「カレン本人は何も言わなかった。誰に、何を言われ、何を貰ったのかなど」
「そうだ。彼女は何も言わない事で手打ちにしたかったのだろうが、そうもいかなくてなぁ。それに俺にも、息子の珍しい『お願い』を叶えてやりたい親心というものがある」
すっ、と目を細めたアクロイド卿。
「『絶対に許さない』。キュールからの伝言だ」
憮然とした顔が一転、じわじわと蒼白になり涙を浮かべるリーア。
「私刑をしようと言うのではない。これはれっきとした傷害事件だからな。お前を裁くのは、法だ」
まだ子供だからと好きにさせていた責任は当然親たちにある。だが、もう善悪の分別がつく年齢であるリーアのした事を見逃すのは、それこそ人道に反する。
成人一歩手前だがまだ親の庇護下にある子供の年齢。そんなリーアの処遇が果たしてどの程度になるのか未知数だが、ここが落としどころだろうと二人は重い溜息を押し殺した。
結果、魔力を失ったが無事であるカレンと、そんな彼女に改めて求婚したキュール。二人が現在幸せである事が救いであった。
親たちにとっても、罰を受けるリーアにとっても、だ。
それから。
幼い頃から続けていた魅了術の研究を認められ、弱冠18歳で魔術研究職を得て独立した男がいた。
台頭したどこか陰のある若い研究者の、その地位と実力を認めた令嬢たちが当然目を着ける。
だが、そんな彼の隣には、常に婚約者である女性の姿があった。やっかみで彼女の魔力の無さを揶揄する周りだったが。
しかし、それを言われると必ず彼女も、彼も。
ただ顔を見合わせて幸せそうに笑うばかりであったと言う。
後に、夫婦となったその男女は語り合う。
「結局私の魅了の力って何だったの?」
「ん、無意識に魅了術を発する人って、本当に無自覚に手当たり次第辺りに力を振りまくんだ。でも君は最初から……出会った時からちゃんと自制できてた」
今思えば、最初から本当に魅了したい人間にだけその力を振るっていたのだ。と男は言う。これも相当珍しい事象なのだと。
「私を好きになってくれたのも、魅了のせい?」
「いや、おれ防いでたし……というかそれ言わせるなら……覚悟して」
おかしそうに囀って身を委ねる妻。
「君は、昔から……綺麗だ」
「魔力が?」
若草色の目が意地悪く細められる。
「魔力、ないけど」
その琥珀色の頭に口付けを落とす事で、夫は答えとした。