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十七歳~変化~

 二人が婚約して数年、研究室が少し賑やかになってちょっとした頃。


 キュールのいとこ、リーアも顔を見せ、カレンが研究室にいない時間にずっと入り浸るようになった。

「ねえ、これ何?」

「……試作品」

 ふーん、と気の無い返事をしたリーアは、キュールが先日作った魔力抑制の薬瓶を持ち上げて部屋の灯りにかざしたりしていた。

 リーアも同じ魔術専攻だから、もしかして試作品の中身成分がわかってしまうかもしれない。と、やんわりキュールは瓶を取り返した。

「ねえ、これは?」

 今度はカレンが持ってきたバスケットを目に止め、手を伸ばした時。キュールは初めての感覚に襲われた。

 リーアの手がバスケットに触れる直前で。

「……部屋の物、勝手に触るな」

 不快感。他人に対して初めて抱いた感情だった。

 リーアはしばらく手を伸ばしたまま固まって、顔を真っ赤にして怒鳴り出した。

「な、何よ! 退屈だろうと思って来てあげてるのにっ! キュールの馬鹿!!」

 部屋の扉を大きく鳴らして部屋を出て行った光景に既視感を覚えて、でもあの時のような罪悪感とか焦燥とかに駆られることもないキュール。

 薄情だとは思ったがそのまま研究の続きに戻った。これが彼の平常である。


 数年かけて作り上げた試作品をキュールは自分で試してみて、一週間が経過した。

 たしかに魔力は抑えられたがすぐに効果は無くなる。特に体に副作用もなかったのだが、それに関しては実験用の小魔物で何度も試してみないと確実じゃない。自分以外で人体実験をしようとする思考もない。

 だが、不確実なものをカレンに飲ませるわけにはいかないとキュールはことさら慎重に試作と実験を繰り返した。

 最初に却下した道具の使用だが……例えば、身に着けるアクセサリー。いわゆる魔道具なら、と思ったキュールだったが何となく、それも嫌だった。

 そんな用途でカレンに何かを贈りたくない。と無意識下で考えたために。

(贈るなら、もっと)

 不意に、無数の蜘蛛の巣に顔を突っ込んだような心境になり思考を切った。


 いとこのリーアはあれから研究室に顔を見せる事は無くなったが、屋敷にはしょっちゅういるらしい事を使用人が話していたのをキュールは聞いている。

 何をしに来てるんだろうと一瞬思ったが、特に気に止める事もない。それよりも彼の心を支配していたのは、カレンの年々強まる魔力。

 婚約してから五年が経過してもなお、キュールの研究は確かな成果を出せずにいた。以前作った試作品も副作用が確認されて徐々に改良を重ねていってはいるのだが。

 実は大変順調で、このまま慎重に事を進めていれば確かな物が出来上がるのだが、キュールはとても焦っていた。


 十七になり二人は心身共に成長した。

 キュールは研究室に籠っているために透けるような色白であるが、日々の食事のおかげか遺伝か。体格は中々立派である。カレンは愛らしかった面差しはそのままに、だんだんと大人の魅力が花開いている。

 初等部を卒業以降、学び舎に通う事をやめたキュールと違い、そのまま中等部、高等部と普通に進学している交友関係の広いカレン。


(はやく……早く作らないと)

 魔力の増強もそうだが、カレンは最近ますます輝かしい魅力が内から溢れてきているように感じるのだ。一刻も早く魅了を抑えて――。

 キュールはぼんやりと頭の何処かでそんな懸念を抱き、更に焦れていく。その真意に本人すらも自覚がないまま。


 そんな時だ。

 カレンがキュールの研究室に来なくなったのは。


「熱……」

「はい。高熱で倒れたとの事です」

 執事からの報告でカレンの現状を知ったキュールは不安に駆られた。得体の知れない、つかみどころのない感情を持て余して、無性に彼女の顔を見たくなった。

「見舞い、に。行きたい」

 おや、と執事は一瞬驚き、それから微笑ましそうに自ら仕える主をたしなめた。この出不精が自ら見舞いに行こうとするとは。

「容態が安定するまでは控えた方がよろしいかと。カレン様もキュール様にうつしてはいけないとお思いでしょう」

「そう、だ。カレンはそういう子だから……」

 目に見えて落ち込んだキュールは、だが、こんな時だからこそ、自分に出来る事をしようと思い立った。


 少しでも早く研究を進めないと、と寝食を忘れて没頭する最中、ようやく気付いた。

 試作品として保管してあった薬瓶の中身が、少しだけ、減っていた事に――。


 その少し前、リーア・シュタインは静かに憤慨していた。いとこのキュールが婚約したと聞いたからだ。彼は小さい時からどこかおかしくて、でもだからこそリーアは目が離せずに放っておけなかった。

 アクロイド家の使用人が言うには、婚約はキュールの方からの希望だったらしくてびっくりして――更にむかむかとして苛立つ事が増えたリーア。

(他人になんて興味ないと思ってたのに……いえ、あいつの事だから、魔術の研究のために必要な事だったのよ、きっと)

 そう思わないとやっていられなかった。

(ずっと面倒見てきたのはわたしなのに……あいつが認識している他人はわたしだけだったのに)

 それでも、外面を取り繕う術の長けた貴族令嬢リーア。そんな感情を誰にも見せないまま。

 それがはちきれたのは、キュールの研究室で初めて彼に明確に拒絶された時だ。それから、リーアの怒りの感情は婚約者であるカレンへと向くようになった。


 キュールの研究が何なのか悟らせないが、きっとあの女絡みだとリーアは見当をつける。

 直感だった。前に試作品だと言っていたあの薬のようなものを、主のいない研究室で見つけて中身を少し拝借して……。

 それを実験生物で試してみた結果――魔力の消失と、副作用による体内の細菌増殖が確認された。

(これをあの女に飲ませれば。キュールに会うどころじゃなくなって興味対象の魔力も無くなる……)


 リーアの中の悪魔が囁く。本当に、後先考えない行動であった。


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