喫茶「アガルト」
ふと思いつきで書いてみました。
昔は教師をやっていたというしゃれた老人がマスターの小さな喫茶店「アガルト」。売りは自家栽培の豆を中心にしたコーヒー。メニューには隅っこにマイブレンドとすまなそうに書かれている。
「からーん。からーん。」
と湿ったような鈴の音がし、小さなドアが開いた。どうやら客が来たようだ。
「いらっしゃいませ。」
ほんとに元教師だったのかと疑いたくなるような小さな声で声をかける。それでも十分お客には聞こえたようだ。
「マイブレンドをお願いします。」
「かしこまりました。」
そういってマスターは、カウンターの後ろに消えていった。
客はというとその姿を少しおった後、すこし周りを見渡した。気に入った席が見つかったのか一番奥にあるテーブル席へ腰を下ろした。そしてかばんを開け小さな文庫サイズの本を取り出し、ページを開くとなにやら書き込み始めた。
「○月×日 念願だった実験をついに始めることができた。この実験によって自分の研究が否定されたとしても、証明されたとしても、この地を中心に世界は変わるだろう。」
つづきをどうするか悩んでいると、コーヒー豆が入った小さな袋を数個抱えてマスターがカウンターに戻ってきた。そしてそれぞれの袋の中から豆を少量ずつ図りながら取り出し、コーヒーミルのなかに入れていく。それを何度かくりかえし必要な量がそろったことを確認すると、おもむろにコーヒーミルの取っ手をゆっくりをリズムを刻むようにまわしていく。
「がりがり、がりがり、がりがり・・・。」
「どちらにせよ今日は大切な日となるだろう。歴史に汚点と残されるのか、」
コーヒーミルが奏でる音に聞き入りながら彼は文章を綴っていく。
「それとも輝かしい日として残るのだろうか。」
そこまで書くと次のページをめくる。
急に何かを思い出したように、渋い顔になりペン先を見つめてしまった。
「がりがり、がりがり、がりがり・・・。」
書き綴るペンが止まっても音は同じリズムを刻み続けていく。
「がりがり、がりがり。」
ゆっくりと確実に音が小さくなり最後に音が止まった。
豆を引き終わったのだろう、コーヒーミルの下から引かれた豆を取り出しはじめた。
そしてどこからかサイフォンを取り出し、上部の中に引いた豆をいれ、サイフォンを二つに分けたまま、またカウンターの後ろに消えていった。
ふと、コーヒーミルの音が止まっているのに彼は気づきふと我に返り、またペンを動かし始めた。
「願わくば、命を奪うことなく、守る存在とならんことを。そして永遠に。」
そう綴ると一旦手を止めた。
それを待っていたかのように、手にランプと水差しを持ったマスターが表に出てきた。
「トン」
と小さな音を立ててランプをサイフォンの近くに置くと水差しからサイフォン下部にゆっくりと丁寧に注いでいく。必要な量がたまると手を止め、今度は音を立てないように水差しをカウンターに置いた。
「・・・。」
無音のときがその場を支配した。そしてマスターは静かに息を吐き出し、サイフォンのおいてある場所から離れたところにある蝋燭のある側に向かっていった。
おもむろにポケットからマッチを取り出し、それを使って蝋燭に暖かな火をともした。火が落ち着いたのを確認すると蝋燭たてを持ち、サイフォンのところに戻っていく。
「はー」
彼はため息を漏らし、今度は蝋燭の火を目で追いかけた。まるでそれに魅入られたように。
「ぼっ」
サイフォンの隣にあったランプに蝋燭から火が移され力強く燃えている。そして、ランプは何の迷いもないように先ほど水を入れたサイフォン下部の下に静かに置かれた。
「シュ。」
蝋燭の火が静かに消され、もとあった場所に戻されていった。
彼は蝋燭が元の場所に戻ったのを見届けると今度は、ランプの火に魅入られるのであった。
「ポコ、・・・ポコ。」
水のが温まってきたのか、沸騰し始める音が聞こえ始める。マスターは一旦ランプをサイフォン下部から取り出すと今度はサイフォンの片割れである上部を手に取り、上部と下部を組み合わせた。そして目で確かめた後、ランプの火の大きさを調整し、組み立てたサイフォンの下にランプを入れる。
「ポコポコポコ」
再び沸騰が始まると下部にあった水が漏斗の管を登っていき上部に広がっていく。
マスターはへらを取り出し、水が上ってきた上部をゆっくりと丁寧に軽く撹拌した。
へらを置き、こんどは戸棚から飾りが一切ない真っ白なソーサーとカップを取り出し、どこからか持ってきたお湯をカップに注いだ。
「ポコポコポコ・・・」
サイフォンを見つめながら、シルバーを磨いていたふマスターが、ふと静かにランプの火を遠ざけ、そして静かに火を消した。
「すー。」
ゆっくりとシフォン上部から下部にコーヒーの色をした水が降りてくる。
程よくおりきったところで、マスターは上部をはずし、カウンターの脇にはずす。先ほど白いカップに入れたお湯を捨て、カウンターの真ん中に置くと、サイフォンの下部をもち、黒く輝くコーヒーをカップに丁寧に注いでいく。
入れ終えると漆黒のトレイにおいてあるソーサーの脇に静かに置いた。シルバーをソーサーにセットし、トレイに白い小さな容器が二つ載った皿を載せ、トレイを持ち歩き始めた。
「おまたせしました。」
簡単に一言。そしてトレイからソーサーをテーブルに置き、そしてその上にコーヒーが入ったカップを置き、コーヒーに波紋がなくなったことを確認すると先ほどの容器が載ったお皿を静かに置く。ゆっくりとした動作でありながら、じれったさを感じず、むしろ儀式の締めくくりを思わせるようであった。
一礼した後、マスターはカウンターの中へと戻っていった。
「カチ」
彼はカップを持ち上げるとき小さな音を立てた。そして一口いれた。
「・・・。」
そしてゆっくりと、音を立てずにカップをソーサーの上に置いた。
ふと思いついたように、先ほどまで書いていたページを開いた。
「ビリ。ビリビリー。」
音を立てて、そのページを破いていしまった。
「ふー」
と小さなため息を吐き、なきか決心したように破かれた後新たに開かれたページにペンをはしらせた。
「○月×日 念願だった実験をついに始める。この実験によって確実に世界は変わるだろう。魔法と科学相反するものの間に生まれたそれに、悲しみをうむ道に行かぬようしっかりと導くため、今日というこの日を新たなる始まりとしよう。」
彼はペンを止めた。そして、ひとつの決断をした顔になり、明るいオーラがにじみ出ていた。
・・・。
しばらくして
「カランカラン。」
鮮やかな音をしながら小さな扉はしまるのだった。
コーヒーにふとすくわれる最近です。