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雨の中で  作者: 川木
本編
9/11

恋してます

「好きです」


 言われて、ドキっとした。

 美代はいつも感情表現がストレートで、顔にもでるし言葉もそのままだ。だからよく好きだと言う。それは冗談ではないが、ようは親愛の情があるという意味であり、特別な意味はない。

 だけど、美代が可愛い頬を赤に染め、うるんだ瞳を私に向けて、いつもより半音高い声で言うから、思わずドキっとしてしまった。

 普段なら何だかむず痒いような照れと嬉しさですむのに、今日は少し、ときめいてしまった。不覚。


「あ、えっと。あの、へ、変な意味じゃないですよ!?」


 返す言葉につまっていると、美代はますます赤くなってから慌てたように早口で否定した。だけど、変な意味? わざわざ弁明しなくてもいつも口にしているではないか。美代は何を狼狽しているのだろう。可愛らしいけれど。


「変?」

「いや、変っていうか……ひきました?」

「ひいてない」

「そう、ですか。えっと……もし、もしも! ですけど………私が、葉子さんを特別に……好きって、言ったら、どうですか?」

「嬉しい」

「えっ……へ、へー」


 素直に答えると美代は何故か半笑いになって視線を泳がせる。美代の意図がわからない。

 こうしてほぼ毎日会っているのだから、ただの友達以上に親愛の情をお互いに持っているのは当然だろう。先程も特別な友達に思っていると答えたところだ。本音では友達以上に思っていると言いたいけれど。


「……あの、じゃあ、言いますけど、私…葉子さんが、特別に……好きです。なんてゆーか、ただの友達じゃなくて、キスしたらドキドキしちゃいます」


 ……え? 特別というのは、本当にそういう意味で言っていたのか。それは……本当に、嬉しい。顔が緩んでしまう。

 美代は感情が高ぶっているのか涙目になってさらに続ける。


「恋とか、そういうのかよく自分でもわからないんですけど……なんてゆーか、葉子さんを独り占めしたいです。私だけとキスしてほしいし、私を一番近くにおいてほしいんです」

「……」


 ドキドキと、心臓が早くなる。今までに何人かに告白されたことはあるけど、こんな風にはならなかった。

 だからやっぱり、私は美代が好きなんだ。特別に好きだ。私も美代を独占したい。他の誰かになんかあげたくない。私だけを見てほしい。私だけに笑ってほしい。


「あの……葉子、さん? えと……な、なんとか言ってくれませんか?」


 しまった。嬉しすぎて声をだすのを忘れていた。


「ん……」


 口を開いていざ返事をしようとして、体が震えているのに気づいた。どうしてだろう。泣きそうだ。大好きな人から同じ気持ちを返してもらえることがこんなにも胸の震えることだと知らなかった。

 今まではただ側にいればよかったし、それ以上は求めなかった。どうせフラれるならと諦めていた。だけど美代も同じ気持ちなら、我慢する必要はない。私は喉に力をいれる。


「私も、美代が好きだよ」

「えっ……ほ、本当にですか?」

「本当」

「だって、女同士だし。葉子さん美人だし。私なんか……いいとこペットかなぁと」

「美代」


 確かに犬のようで可愛らしいと、私はよく思う。だけどそんなわけがない。ペットだなんて。もし美代が犬になったとして、ペット扱いなんて無理だ。

 何故ならこんなにも、愛しているのだから。


「愛してる。女でも関係ない。美代がいい」


 私はうたぐり深い美代を抱きしめながらキスをした。


「よ、葉子さん」

「美代は?」

「私も、愛してます……ていうか、恋、してます」

「ん」


 どうして言い直したのかはわからないけれど、その言い方が可愛らしくて、私は美代にもう一度キスをした。









 もしもだと前置きしても、自分でもあまりにもバレバレだと思いながら、好きだったらどう思うか聞いてみた。

 チキンだとかヘタレだとか思わないでほしい。だって、普通女同士なんてない。私がこんな風にドキドキするのが変なのはわかってる。

 でもこんなにも葉子さんが優しく抱きしめてくれて、キスをしてくれるから、期待してしまったんだ。言ったらなんとかなるんじゃないかと思ってしまう。


「嬉しい」


 そしたら葉子さんがシンプルに肯定してくれるから、私は調子にのって告白した。

「ただの友達じゃなくて、キスしたらドキドキしちゃいます」


 そしたら葉子さんは私をじっと見ているけど相変わらず表情は殆どかわらなくて、しかも何も言ってくれない。

 やばい! 選択ミスった! と泣きそうになりながらももうどうしようもない。キモがられたらキモがられたで仕方ないから、この際素直な気持ちをぶちまけた。


「……」


 が、葉子さんは無言だ。死にそう。


「な、なんとか言ってくれませんか?」


 『ごめん』でも『えーキモーい』でもなんでもいいから言ってくれないと反応しようがない。

 逃げたいけど、逃げだすきっかけがないと逃げる勇気もでない。


「ん……」


 葉子さんは私をじっと見つめたまま、ゆっくり口を開いた。


「私も、美代が好きだよ」

「えっ…」


 一瞬言われた意味がわからなくて頭の中で復唱する。『わたしもみよがすきだよ』『みよがすき』『すき』『すき』『すき』好き? え、マジで?

 まさかそんな。めっちゃ玉砕覚悟したのに。いや、葉子さん何か勘違いしてない?


「ほ、本当にですか?」

「本当」


 葉子さんは肯定するけど、でもそんな。あっさりと。友情じゃないですよ? もうちょいランク上のやつですよ?


「だって、女同士だし。葉子さん美人だし。私なんか……いいとこペットかなぁと」

「美代」


 葉子さんの声がいつもよりももっと優しく感じられた。なんでも受け入れてくれる、柔らかくて、深い声。


「愛してる。女でも関係ない。美代がいい」


 葉子さんが強く私を抱きしめながらキスをした。その感触はいつになく熱く、その熱が伝播していくかのように体中が熱くなる。

 心臓が過去最高の早さでビートを刻み、体が震える。


「よ、葉子さん」


 葉子さんと名前を呼ぶ声が震えて裏返らないようにするので精一杯だ。


「美代は?」


 葉子さんの瞳にはいつになく感情が込められている気がした。愛してるか愛していないかならもちろん。


「私も、愛してます」


 でも、そうじゃない。今気づいたのは愛じゃない。葉子さんが大好きで愛してるのは前からだ。

 だけど今わかった。私の感情は友情でも家族愛でも尊敬でもない。


「ていうか、恋、してます」


 恋だ。間違いでも勘違いでもない。私は葉子さんに、恋してる。


「ん」


 また私と葉子さんの距離が0になった。何度も1と0を繰り返し、私は葉子さんの誰より近くにいることを実感した。









「……」


 数えきれないくらいキスをして、私と葉子さんはぼんやりと見つめ合っていた。時間の流れも気にならない。

 ただ間近にある葉子さんの顔を見ているだけで幸せだ。葉子さんの瞳が私を向いているのに、他に必要なものがあるわけがない。


「美代」

「はぇ……あ、は、はい。なんですか?」

「ケーキ、食べよう」

「あ…そ、そうですね」


 言われてようやく、お昼後のケーキ中だったことを思い出す。

 時計を見ると30分以上たっていて、グラスの中の氷はとっくに溶けきっていた。


「……」

「あ、あの」

「ん?」


 もぐもぐと食べだす葉子さんに、私は残り半分をきったケーキを葉子さんに向けた。


「た、食べさせて……ほしいなぁ、なんて。だ、ダメですか?」

「ん」


 葉子さんは何もいわずに私のケーキを一口きってフォークに指して、私に向けた。ゆっくり近づいてくるケーキを口にいれるとフォークが抜かれた。

 ゆっくりと舌の上で転がすように味わう。安物なのにさっきよりずっとずーっと美味しい。えへへへ。幸せだなぁ。


「次お願いします」

「ん」


 飲み込んだので催促すると葉子さんはまたフォークを……あれ? 葉子さんが食べ、え?


「ん」

「っ!?」


 あれ、と思ってるうちに葉子さんが顔を近づけてきて、キスされた、と思う間もなく熱い舌が入ってきて、一緒にケーキをいれて押し込んできた。


「ん、ん」


 く、口移し!?


「っーーー! ぅ、んく」


 反射的に飲み込んだ。思わず口を手で押さえながら、葉子さんを見つめる。

 ようやく離れた葉子さんは、あからさまに赤らんだ顔をしていて、私もそんな顔をしているんだろうと容易に想像がついた。

 甘くどろついた感触が口の中にまだ残っている。葉子さんが口に含んだことにより、唾液にまみれて数度噛まれたケーキは押し込まれた勢いで飲み込めてしまうくらいに柔らかかった。


 葉子さんの唾を飲み込んだ。どころか、葉子さんの舌が直接はいってきた。唇を割ってはいり抜けた感触を覚えているのにどこか記憶が曖昧だ。

 体が熱く、熱にうかされていると錯覚しそうなくらいくらくらする。夢でも見ているようだ。


「ぁ……ぅ」

「美味しい?」

「……、」


 こくりと頷いた。だけどそれは殆ど無意識だ。味なんかわからなかったし、そもそも今が現実なのかわからない。


「……美代、いい?」

「は、はい」


 何を聞かれているのか全くわからなかった。だけどただ、葉子さんが何かの許可を求めているのだとはわかったから頷いた。否定するなんてことは考えなかった。それは一時的に思考能力が落ちているのもあるけど、葉子さんを拒否するなんてありえないことだからだ。


「ん」


 葉子さんは今度は何も口にいれずに私にキスをした。そしてそのまま舌が当たり前のようにはいってきた。


 気持ちいいっ。


 何がなんだかわからないのにただ気持ちいい。息もしにくくて苦しいくらいなのに、めちゃくちゃ気持ちいい。気持ちよすぎてとけてしまいそうだ。

 目を閉じて葉子さんにされるがまま身をまかせる。


「ん、んんっ……んぅう」


 ああ、もうダメ。意識がもうろうとする。頭の先からつま先まで熱くて、揺れているみたいだ。


「ん……美代」


 長いキスが終わって、葉子さんが優しく私の名前を呼んだ。目をそっと開ける。

 視界いっぱいに葉子さんが……あ?


「あ……あの」

「?」


 いや、首傾げられても、可愛いけど。そうじゃなくて、胸に手が……あれ? もしかして、さっきの確認って……え? そういう、えっちな意味?


「ひゃっ……あああああのっ」


 今揉まれたっ! 完全に揉まれた!


「どうかした?」

「いや、あの……その、私にはまだ、そういうのは早いっていうか……」

「……嫌?」


 その聞き方はずるいから。嫌っていうか。葉子さん好きだし、恋愛感情だし、嫌悪感とかはないよ? ないけど、早過ぎる。今日告白して即濡れ場とか早過ぎ。

 なに、それとも最近の一般的な恋人はこうなの? 私がおぼこいの?


「……ちょっと、心の準備が、欲しいです」

「わかった」

「え、わ、わかってくれました?」

「ん。美代が嫌ならしない」

「だ、だから……」


 嫌とかそういう言い方は……素なのはわかってるけど。


「……葉子さん、好きですよ?」

「ん。わかってる」


 葉子さんは私をぎゅっと抱きしめた。


「私も美代が好き。だから、これでも十分、幸せ」


 ドキドキして、幸せで胸が張り裂けそうだ。葉子さんが好きだ。だからいつか、そういうことになるかもしれない。でもまだ、恥ずかしいし、考えられないから、ちょっと、待ってほしい。


「葉子さん…」


 私は葉子さんの肩を押さえて、今度は自分からキスを-


「あ……」

「?」


 葉子さんは私の頬に手をそえると何故か私をとめた。


「キスは、しないでおく」

「え?」

「キスしたら、したくなるから、我慢する」

「え」


 そ、それは、えー。いや確かに葉子さんに我慢させるんだから私もキス我慢するのが妥当? でもそんな、キスなしとか。恋人になってむしろいちゃいちゃできなくなるみたいな。


「美代、好き」


 葉子さんは嬉しそうに私を抱きしめなおし、ほお擦りをしてきた。


「わ、私も好きです」


 好きだから、キス、したいなぁ。うぅぅん。うー。これも嬉しいし、我慢するしかないか。











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