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雨の中で  作者: 川木
本編
6/11

会いたい

「美代、来週の誕生日どこ行く?」

「え、ああ、そういえばもう来週かぁ」


 夏休みに入り、4日ぶりに美代と遊んで喫茶店に入ると彩華が質問してきて、私は自分の誕生日が来週に迫ってきてることを思い出した。そろそろだとは思ってたけど、来週か。


 私の誕生日は中学から彩華と晩御飯を食べるのが恒例になってる。妹と弟の誕生日はお母さんが仕事をいれずにご馳走をつくるけど、私はもう大人だし休むまでしなくていいでしょ、むしろ友達との方が嬉しいよねってことでそうなった。

 6つ下の妹と8つ下の弟に手がかかるのはわかるし、同年代よりかなり多めにお小遣くれて学校の必需品も自分でってスタンスも、信頼されてるのだとは思う。

 正直、日常の端々からも露骨に差を感じてはいるけど、年齢差が差だけに仕方ない。と理解は示しつつ、たまにムッとはするのは、私がまだ親離れできてないからなんだろうなぁ。


「誕生日ねぇ…」


 いつも彩華と過ごすのが恒例だったし、一番気楽な相手でわざわざ何か言わなくてもいいくらいにはお互い理解してる。

 でも今年は、葉子さんといたいなぁ。とか思いつつ、今から誕生日と言うとかプレゼント要求してるみたいで言いづらいし、彩華と違って奢らせてくれなさそうだから好きに高い店を選んだりできないから、やっぱり誕生日は彩華といつも通り馬鹿騒ぎしようかな。


「何その間? あ、もしかして今年は誰か過ごしたい人いる? 最近付き合い悪いし、恋人でもできた? お姉ちゃんに教えなさいよ」

「誰がお姉ちゃんよ」

「私、実は4月1日生まれなの」

「……同級生でそれだとむしろ年下じゃない?」

「え、マジで? 4月1日って上の学年いっちゃうの?」

「前に隣のクラスの下山さんが4月1日で、あと数時間で年下になるとこだったとか言ってたよ」

「マジか。誰よ、下山さん」

「ていうか、元々6月で私より先なのに何で4月にする必要があるのよ」

「ノリで」

「ノリノリか」

「カタカナのノとリって似てるわよね」

「知らないし」

「で、恋人は?」

「いないから」

「えー? しょーじきに教えてよ。私も言うから」

「ん? 彩華いるの?」

「うん。最近彼女と彼氏できた」

「………どういうこと?」

「5月ごろ知り合った二人から別々に告られてて、とりあえず保留ってしてたら二人が実は双子で二人と付き合うことになったの。あ、先週の話ね」

「漫画か」


 冗談にしか聞こえないけど彩華だからありえなくない。というかこいつ嘘つかないし多分本当。最初から恋人二人とかどんだけ波瀾万丈なのよ。


「てか、彼女?」

「うん。こういう場合、私ってバイになるのかしら。まだキスしかしてないけど」

「さぁ。ていうか、普通に言うんだ」

「うん? うん。だって美代なら私がバイでもレズでも二股でも気にしないでしょ? それとも私のこと避ける?」

「それはないけどさ」


 そりゃ、今更彩華が何したってひいたり嫌うなんてないけど、そんなさらっと言われても反応に困るわ。片方だけにしてよ。相手が男女の双子とかどっからつっこめばいいのかわかんないし。


「で、美代は?」

「だからいない。最近は……まぁ、色々あって知り合ったお姉さんと過ごしてる」

「ふむ、美代の片思いと」

「だから違うって。お姉さんだっ…あー、友達だから」


 お姉さんだから、同性だからと言いかけて言い直す。別に否定しないけど、無意識に女同士だからないって認識してた。まあそれが普通だけど、彩華のカミングアウト後だし口にするのはやめておく。


「ただの友達?」

「んー…お姉ちゃんみたいに思ってる、かな」

「なーんだ。あ、でもそれだと私の親友の地位が危うい!?」

「いや……」


 姉って言ってるし。だいたい親友は一人とか決まってないし、ちょっと一緒にいないくらいで私と彩華の関係が変わるとか有り得ないし。というか数年会わなくても余裕なくらいには腐れ縁だから。と思ったけど微妙に照れるから言わないでおく。


「なによその間ー。あーあ、相変わらず美代はマイペースねぇ」

「はあ? 意味がわかんないんだけど。というか……彩華にだけは言われたくないわ。彩華にだけはね」

「強調しなくていいわよ。で、どこ行く? 私お好み焼き食べたいわ」

「んー、じゃあそれで」

「てか美代のお金なんだし美代が好きなものの方がいいんだけど。や、まあならリクエストするなって話だけどさ」

「私別に何でもいいし、むしろ彩華が美味しい店教えてくれるの楽しみにしてんだから、変な気つかわないでよ」

「ん。じゃあ予約しとくわ。あ、そのお姉さんも呼ぶ?」

「呼ばない。彩華こそ、恋人連れてきていいわよ。全員ちゃんと奢るから紹介してよ」

「あー…や、いいわ。誕生日は誕生日で、紹介はまた落ち着いたらね。美代もその内紹介してよね」

「……その内、ね」


 彩華に会わせるのは抵抗があるけど、双子の恋人は気になるし、ぼちぼち考えましょうか。


「さて、んじゃそろそろ帰ろっか」

「ん? まだあと2時間くらい余裕……ははぁ、愛しのお姉さまに会いに行くんだ?」

「うん。できるだけ一日一回は顔見たいから」

「……どういう関係なのかめちゃくちゃ気になるんだけど」

「え? だから友達だって」


 何回聞くのよ。いい加減しつこいよ?









 ピピピピと携帯電話がアラーム音をたてた。葉子さんといると時間を忘れてしまうので、今日は彩華との約束のためアラームをかけたのだ。

 音をとめ、私は鞄を持って立ち上がる。


「葉子さん、そろそろ帰りますね」

「ん……もう、帰る?」

「あ、はい。今日はちょっと……友達と約束があるんです」

「そう」


 どうでもいいことだけど、嘘をつくのは罪悪感が。別に嘘じゃないし、単に誕生日なのを隠してるだけだけど、葉子さんには正直にしないだけで罪悪感がわく。葉子さんの前では清廉潔白で正直な私でいたからなぁ。


「お邪魔しました」

「ん、また」

「はい」


 家を出て、のんびり駅まで向かう。繁華街まで出てご飯を食べて、カラオケでもして帰るのがいつもだ。さて、今日は何を歌おうか。


「美代、遅い」

「5分前。今日は早いね」

「まぁね、私だってたまには30分前から待機することだってあるよ」

「えっ、30分もいたの?」

「30分は嘘だけど。とにかく行こうぜ」









 ちょっと盛り上がって彩華の家にも寄って11時を過ぎたけど、近所なので問題ない。これもまた毎年のことだ。


「ふわぁ…ただいまぁ」


 欠伸まじりに帰宅。今日はシャワーですませてさっさと寝てしまおう。と、その前にお茶でも飲むか。


「おかえり、美代、遅かったわね」

「ん? うん、」


 リビング繋がりの台所に行くとリビングにいたパジャマ姿のお母さんが声をかけてきた。


「夏休みだし遅くなるのは構わないけど、晩御飯がいらない時は連絡くらいしなさい。冷蔵庫にいれてるから明日食べるのよ」

「……へ?」

「へ、じゃなくて」


 いや……ん? いや、誕生日だし言わなくったってご飯いらないじゃん。てかそういえば今年はまだお金もらってないや。


「お母さん、お金は?」

「は? なに、お小遣い使い切っちゃったの?」

「……」


 あ、れ? もしかして……


「いや、今日誕生日…」

「あ……ごめん、忘れてたわ」

「……」


 忘れ……ああ、うん、だろうね。私も彩華が言うまで忘れちゃうし、うん、うっかりって誰でもあるよね。


「ごめんごめん、はい、ちょっと多めにしといたから」

「うん…ありがとう……」


 電話下の引き出しから財布をとりだしたお母さんは、悪いと思ったのか去年より5千円多くくれた。

 それを自分の財布にいれて、部屋に戻った。


 鞄を置いてから、お茶を飲み忘れたのに気づいた。床に落ちてるクッションに座り、ベッドにもたれる。


「……」


 忘れてたんだ。

 お母さんが私の誕生日を全く思い出さなかったというのは、自分でも意外なんだけどショックだった。

 うっかりは誰でもあるとフォローしたけど、無理がある。当日まで忘れてるのはいい。でも夕食の時間になっても帰ってこなかったら疑問に思わない? 何かあったかとカレンダー見たらピンとこない? 私がお金ちょうだいなんて言っておかしいと思わなかったの?

 今まで無断で夕食をボイコットしたり、お小遣いをせびったりしたことなんて一度もない。帰るのが遅くなる時は必ず連絡したし、授業料以外の学校側からの徴収も自分で出したし、服から何までお小遣いでまかなってる。なのに今日の私に何も思わなかったの?


「…今更か」


 今更だ。お母さんは私に興味がない。嫌われてるわけじゃない。愛されてないわけじゃない。だけど、圧倒的に少ない。

 通知表すらみないし、進路も好きにしろという。どんな選択でも応援するとは言われたし多分事実だ。私は一人で大丈夫だと信頼しているのだと思う。

 でも、あまりに両親は私を気にかけなさすぎる。それでいいし気楽だと思っていたけれど、いざこんな風にあからさまに興味がないとされると、悲しい。寂しい。


「……はぁ」


 立ち上がりながらため息がでた。さっきまでの楽しい気分が台なしだ。


 無性に葉子さんに会いたくなった。今すぐ葉子さんの隣に座って、その温もりに触れたい。キスをして頭を撫でてほしい。小さな子供にするように体全体で愛情を感じさせてほしい。私を気にかけてほしい。


 お風呂へ行こうとパジャマを取り出してから、ふと携帯電話を見るとメールが一つたまっていた。

 少しだけ、もしかしてお母さんがメールしてたのかな、と思いながら開くと葉子さんだった。

 葉子さんからのメールは最近ぽつぽつくるようになったけど、嬉しい。嬉しいのに、少しだけがっかりした。考えてみれば、お母さんからメールなんて買い物や兄弟の世話を頼むくらいしかない。今までお母さんからメールなんて期待すらしたことないのに、何でそんなことを期待したのかわからない。


 葉子さんからのメールには『今日は星がよく見えないけど、明日は綺麗に見えるだろうから、少し楽しみ』とあった。

 意味がよくわからなかったし、何かの比喩表現かとも思ったけど、今日は曇りで明日は雨のち晴れで、多分明日の夜は晴れだろうからそのままの意味かな。

 葉子さんのメールは前は私からふった話題にシンプルに答えてたくらいだから、こんなメールをくれるのは意外だけど嬉しい。

 どんなくだらないことでも、葉子さんがふと思ってそれを誰かに言いたくなった時に私を選んでくれたということなのだから、嬉しくないわけがない。


 私は葉子さんが私と同じようなタイミングで私のことを考えてくれたのが嬉しくて、ますます葉子さんに会いたくなった。でももう夜が遅い。メールは今から少し前だから、まだ起きてるだろうしメール……いや、電話をしよう。会えなくてもせめて声が聞きたい。


 パジャマを置いてクッションに座りなおしながら電話をかけた。ドキドキしているとすぐに出てくれた。


『もしもし』

「あ、もしもし、あの、寝てました?」

『起きてた』

「あの、ちょっとお話したいっていうか、別に何か話したいことがあるってわけじゃないんですけど……いま、いいですか?」

『構わない』


 よかった。私はほっとしながら話をふる。


「さっきのメールですけど、葉子さん星好きなんですか?」

『まあまあ。自然のものは、だいたい好き』

「へえ、葉子さんは田舎派ですか」

『そう、田舎で育った』

「え、そうなんですか? あー、だから一人暮らしなんですね。実家はどこなんですか?」


 いくらか話をして、気がつくと30分以上経過していた。


「あ、す、すみません。もうすぐ12時ですね。べらべら話しちゃってすみません」

『構わない。美代と話すのは楽しい』

「私も楽しかったです。でもできるなら葉子さんに会いたいんですけどね。もう遅いから無理ですよね」

『……会いたい』

「え?」

『私も会いたい。美代がいいなら、迎えに行く』

「え……」


 そう言われて、話に夢中で忘れていた感情を思い出す。

 葉子さんに会いたい。触れたい。ううん、触れてなくてもいい。そばにいたい。姿を見たい。

 心が揺れた。日付が変わってしまったし、電話で話したからと満足しかけた心が貪欲になる。

 葉子さんに会いたい。葉子さんに、誕生日を祝ってもらいたい。


『ダメ?』

「来て…くれるんですか? 嫌々じゃないですか?」

『私は美代に会いたい』

「わ、私…私も、会いたい、です。今すぐ、あなたに会いたいです」

『待ってて』


 電話が切られた。

 ドキドキした。私の気持ちを見透かしたかのように、やや強引に私に会おうとする葉子さん。今から会いに来てくれるという。


 私は笑顔を抑え切れず、一人にやにやしながら葉子さんの家に行く用意をした。










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