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雨の中で  作者: 川木
本編
4/11

クラゲ

「葉子さん、クラゲのどこが好きなんですか?」


 水族館に行った次の日、私は家にあった海の図鑑を持って訪ねた。

 昨日はクラゲの説明を完全スルーした私だけど、葉子さんが好きだというならクラゲはきっと私が知らない魅力ある生き物なんだろう。

 ていうか別にクラゲが嫌いなわけじゃないしね。生き物全般好きだし。昨日はただクラゲより葉子さんを優先しただけだ。


「……見た目?」

「疑問形で言われましても」

「ん。美代はクラゲ、どう?」

「私は今まで興味なかったですけど、葉子さんが好きなら私も好きになります。クラゲって美味しいんですか?」

「……食べられるクラゲは多くない。主にエチゼンクラゲやビゼンクラゲが食用。こりこりした食感でローカロリーなのが売り。和え物にしてお酒のおつまみなんかにされるのが多い。最近ではエチゼンクラゲが増えたことから食用化が進んでいる」

「へぇ、おいしそうですね。でも突然解説に移るってことは食べたことないんですか?」

「ない。クラゲは見るもの」

「あれ、じゃあもしかしてクラゲ食べるとか最悪!みたいな感じですか?」

「別に。仕方ない」


 ふむ。クラゲ好きなわりにそこは割り切ってるんだ。まあ私だって鹿可愛いけど鹿肉食べたし、普通か。


「葉子さん」

「なに?」

「見てください。クラゲです」

「……」

「あれ、ちょっと。何とか言ってくださいよ」


 図鑑をただ見るのも飽きたので、暇つぶしにとくれた私用のスケッチブックにクラゲの絵を描いた。超簡単にだけどケッコー可愛いと思うんだけどなぁ。


「か……か、かわ、いい」

「え、めちゃくちゃどもってるし、そんなの初めて見るんですけど」

「……」

「無理に気を使わないでくださいよ」

「……可愛くなくはない」

「つまり?」

「私の好みではない」


 ハッキリ言われてしまった。むう? でも可愛いは可愛いはず。なら単に葉子さんがクラゲ好きすぎてデフォルメとか邪道!ってことか。


「そういえば、葉子さんの絵って見たことないです」


 見せて見せてプリーズとお願いすると、すんなりスケッチブックを渡してくれた。あんまり見られたくないかな、と思って今まで見せてと言わずにいたのは余計な気遣いだったらしい。


「……うわ」


 表紙をめくって、本気で驚いた。

 鉛筆でかかれたのはわかってる。白黒だし写真とは明らかに違う。わかってるのに何故か一瞬、本物だ、写真だと思ってしまった。

 ふんわりした柔らかさとか立体感とか透明感とか、リアルすぎる。そんなわけないのに本物のクラゲに見える。めちゃくちゃ凄いうまい。なにこの人、ぱないわ。


「う、わ…うわ、め、めちゃくちゃうまいですね」


 うますぎてちょっと引いた。天が二物与えすぎ。


「ん。よく言われる」


 いつも通りだけど、どことなく得意げに見えた。可愛い。今のちょいっと頷いた仕種が可愛かったから絵がうまいのはどうでもいいか。

 ぱらぱらーっと見ていくと、途中何枚か人の絵もある。それもなんかリアル過ぎてちょっとキモいくらいだ。写実的ってすごいけどなぁ。写真でいいじゃんって気がしてきた。葉子さんには言えないけど。


「ん?」


 最後の一番新しい、書きかけっぽい絵も人間なんだけど、どっか見覚えがあるような……


「……ん? もしかしてこれ私ですか?」

「そう」

「お、おおお…」


 うわ、うわっ、なんかかなり嬉しいんだけど!! 私のこと描いてくれてるんだ! てか葉子さんから見てこんななんだ! 結構可愛いじゃん!


「葉子さん葉子さん! これ、できたらください!」

「……わかった」

「ほんとですか? 絶対ですよ?」

「わかった」


 やった。部屋にかざろう。自分の顔かざるとかナルシストっぽいけど気にしない。あ! てかこれ何気に葉子さんからのプレゼントだ! やった! 二重に嬉しい!


「端っこにサインも書いてくださいね」

「了解」


 私は小躍りしそうなテンションでスケッチブックを返し、続きを催促した。


 絵はその日の内に完成し、私の部屋に飾られた。









 葉子さんと出会ってから月日は流れた。というと大袈裟だけど。そろそろ梅雨に突入だ。


 今日は朝から雲っていて降水確率は40%。折り畳みを置き傘してるけど、多分降るだろうから私は傘を持って出た。


「あ、降ってきたー」

「そうだね」


 前の席に座ってた彩華が窓の外を見ながら落胆の声をあげた。

 あの日の雨は私にとって特別だったけど、だからって雨が好きになったわけじゃない。


「最悪ぅ、傘持ってきてないわ」

「持ってきなよ。置き傘は?」

「宵越しの傘は持たない主義なの」

「意味がわからないから」

「美代、傘は?」

「持って来てるよ」


 尋ねてくる彩華にこの後の展開が読めたけど、あえて言わずにいると彩華はさっと鞄と一緒にひっかけておいた私の傘をとって小首を傾けた。


「貸、し、て?」

「かわいこぶりながらさりげに私の傘奪おうとしないで」

「いいじゃん。置き傘あんでしょ?」

「折り畳みがあるから、そっち貸してあげる」

「えー? 私折り畳み苦手なのよね。おっきいのがいいな」

「しょうがないなぁ。明日返してよね」

「あんがと。ま、放課後までに止んだらいらないけどね」


 言いながら彩華は私に傘を返してきたのでまたひっかけた。


 正直傘をひっかけてると邪魔だし、できるだけ持ってきたくない彩華の気持ちはわかる。下駄箱に学年別置き傘エリアがあるけど、借りパクし放題で、ビニ傘以外刺さってないし私も使わない。面倒だ。


 放課後になっても、雨はやまなかった。


「んじゃ、先に帰んね。この礼はまた今度するから」


 彩華は揚々と私の傘をとって駆けるように帰っていった。

 葉子さんのとこに通いだしてから彩香との付き合いは激減したけど、彩華は彩華で新しいバイトとか始めて忙しいらしく、特に詮索もされてない。


「美代ちん、ばいばーい」

「ばいばい」


 他のクラスメートに挨拶をして私も教室を出た。


「……うげ」


 靴をはきかえ、入口で折り畳み傘を広げて思わずうめき声をもらした。

 折り畳み傘の骨が一本折れていた。一度慌てて教科書をつめた時に折り畳みを押し潰した記憶はあるが、まさかあれくらいで折れるとは。結構長く使ってる傘だし仕方ないか。

 まあ、一本くらいなら見た目は悪いけど使えなくはない。折り畳みで元々狭いのがさらに傘内範囲が狭くなったけど仕方ない。


「あれ、下村、傘折れてんじゃん」

「ん? うん、折れてた。新しいの買わなきゃだ」

「送ってってやろうか?」

「ありがと。でも大丈夫。まだまだ余裕ですよ。んじゃ、ばいばい」


 通りすがりのクラスメートの善意に一瞬喜んだけど、たぶん彼はいいやつで家まで送ろうとするだろうし、私は家より先に葉子さん家に行きたいので断った。


 折り畳み傘をさして鞄をかつぎなおし、私は学校を後にした。









「今、お湯わかす」

「すみません」


 大丈夫大丈夫と思ってたけど、思いのほか風が強くて傘がひっくり返って壊れ、びしょ濡れで葉子さん家についた。

 服も乾かさないといけないから、お風呂をかりることにした。


「…あれ」

「ん?」

「いや、何で葉子さんも脱いでるんですか?」

「ついで」


 つ、ついでって。いやでもまあ、そのほうが光熱費安くすむか。

 一人暮らしの葉子さん家にお邪魔しまくってる私に拒否権はない。ていうかちょっとは恥ずかしいけど、むしろ目の保養なので私は嬉々として服をぬいだ。


 お湯をわかす間に二人で体を洗いっこしてから浴槽にはいる。


「はぁー」


 思わず息がもれる。極楽極楽。

 声には出さないけど葉子さんも気持ちよさそうな気がする。上気して全体的に赤みがかっていて、とても色っぽい。そしてボインだ。


「葉子さん、ちょっと聞いていいですか?」

「なに?」

「どうやったらそんなに胸が大きくなるんですか?」

「…………自然に」


 答えながら葉子さんは胸を隠すように腕組をした。あれ、よくある質問のはずなのに何故かセクハラした気分に。


 お風呂からあがる。前は緊張していたけど、もう慣れているので勝手知ったるとばかりにドライヤーをリビングに持って行く。


「葉子さん、髪をかわかしてあげます。だからお礼に葉子さんも私にしてください」

「……人にしたことがない。下手でもいいなら、いい」

「ばっちこいです」


 葉子さんは積極的に何かしてくれることは少ないけど、私がしてってお願いするとだいたいやってくれるからついつい甘えてしまう。

 ずっと姉や兄に憧れていたから、葉子さんは優しいお姉さんみたいで、すごく嬉しい。葉子さんはダメなことは本気で絶対ダメっていうから、それもまた嬉しい。ちゃんと注意してくれたりするのもお姉さんて感じだ。


 ソファに座った葉子さんの後ろに回り、ドライヤーをかけていく。

 あ、そういえば葉子さんの髪に触るの初めてだ。自分がやってもらうことしか考えてなかったけど。意外に葉子さんの髪って太めかも。でも柔らかいしキューティクルくるってるし羨ましいなぁ。


「ねー、葉子さん」

「なに?」

「葉子さんは髪染めないんですか?」

「染めない」

「たまには染めたらいいのに。あ、私染めますよ。むしろ染めたいです」

「染めない」

「えー、なんでですか?」

「染めたくないから」

「むぅ。まあ、葉子さん結構薄めですし、必要ないっちゃないですけど」


 でも葉子さんならもっと突拍子もない色とか似合いそうだし染めたいなぁ。メッシュだけでも赤とかいれたら格好よさそう。


「美代、染めたいの?」

「んー、私自身は……たまに染めたいとは思いますね」

「染めないで」

「え? まあ校則で禁止だし染めませんけど。なんでですか?」

「美代の髪は綺麗だから、染めたらダメ。今のがいい」

「お、おぅ……」


 私の髪はボリュームが多めで、伸びるとちょっと重くなる感じなので卒業したら染めようと漠然と思ってたのだけど……。


「わかりました。染めません」


 よく知らないけど、最近は色々な薬品がでてるし、染める=髪が傷むというのはちょっと短絡的な気もする。でも葉子さんがそういうなら染めないでおこう。


「はい、できました。次は葉子さんの番ですよ」

「ん」


 葉子さんの隣に座ってドライヤーを渡す。


「ん」


 葉子さんが立ち上がり、後ろ側に回る。

 まるで撫でるような優しい手つきで私の髪をとかし、乾かしていく。


「……」


 葉子さんは無言で、私もなにも言わなかった。ただ気持ち良くて、気づいたら私は眠っていた。









「美代」


 声をかけられながら揺すられ、私は目を覚ました。


「…あ、れ」


 なんだこの丸い……葉子さんの顔が真上に見える。そしてこのなんとも言えない枕加減。まさか膝枕!?


「起きて」

「ああっ、そんなご無体なっ」


 感動にひたる前に肩を掴んで強引に起こされた。仕方ないので目を擦りながら自力で起き上がる。


「うわ、もうこんな時間!?」


 私がいつも葉子さん家を出る時間だった。せめて後5分早く起きたら膝枕を堪能できたのに!


「ん、雨も止んだ」

「うー、膝枕ー」

「…また明日。今日は帰った方がいい」

「え、明日膝枕してくれるんですか?」

「構わない」

「やったね! そうと決まれば帰ってさっさと眠りますね! 葉子さんばいばい!」

「ん」


 手をあげた葉子さんに手を振り返し、私は家に帰った。

 最初は見送ってくれてたけど今はもうない。ん、だけの返事も増えてきた。これは手を抜いてるというより気を許してくれてる証だと思うので、何となく嬉しい。


 あー、明日が楽しみだなぁ。











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