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雨の中で  作者: 川木
本編
10/11

ずっと一緒

「おはようございまーす」

「おはよう」


 挨拶をしていつものように葉子さんの隣に座ってくっつく。家の鍵をもらえたのでもはや出入りは自由だけど、今のところ葉子さんが家にいるので使う機会はない。


「ん」


 頭を撫で撫でされてぎゅっと抱きしめられた。それからよしよしされて抱擁をとかれる。


 葉子さんと付き合いだしてから3日が経過した。私たちはあれからキスをしていない。


 抱きしめられたり、相変わらず葉子さんを隣で見つめているのは、すごく落ち着くし幸せだ。

 だけど少しだけ物足りないのは、何度となくしたキスの心地好さを知っているからだ。私は今も、いつだって、葉子さんにキスしたい。

 キスしたいと思うだけでドキドキして、胸が熱くなるけど、でもキスはできないから悲しい。口寂しいとでも言おうか。


「葉子さーん」

「ん」


 意味なくじゃれついて頭を撫でられながら、さてどうやったらキスできるかと考える。私からお願いして我慢させてるのに、私からやめようとは言いにくい。ていうかまだ肌をさらす勇気がない。

 私だって、何も知らない子供ってわけじゃない。男女のだけど、セックスの流れくらい知ってるし、自慰だってしたことはある。でも恐い。幻滅されないかとか思うと恐い。それに恥ずかしい。体に自信なんか全くないし、下着は可愛いのを選んで買ってるけど、勝負下着なんて持っていない。葉子さんに少しでもがっかりされたりしたら……そう思うと、簡単にそういう行為に及ぼうという決心はつかない。


「んーと、そうだ! お昼寝をしませんか?」


 葉子さんが寝てしまえばキスし放題! 私って賢い! 私が肌をさらすのは無理だけどキスはしたい。我が儘だけどしたいんだから仕方ない。


「? 眠い?」

「ちょー眠いです。葉子さんからマイナスイオン的な癒しパワーがでてるんで眠くなりました。一緒に寝ましょうよぅ」

「……」

「だ、ダメですか? 眠くないですか?」

「……寝るのは構わない。けれど、布団に入るなら、シャワーをあびる?」

「いえいえ、このままソファで全然いいです。私とか床で寝ます」


 葉子さんは潔癖症なのかな? でも今は好都合だ。ベッドだと動いた振動が伝わりすぎて、葉子さんを起こしてしまう。


「私は、座ったまま寝る。美代は寝転がって。膝、貸すから」

「え、大丈夫なんですか?」

「問題ない」


 おおおお。期せずしてひざ枕をゲットしてしまった。葉子さんはソファで座ったまま寝れるらしい。確かに葉子さんなら立ったまま寝てもおかしくない。


 葉子さんがソファの端に座りなおして私を見たので、私はソファに転がって葉子さんの膝に頭をのせた。

 ふぅぅ……相変わらずいいなぁ、これ。あ、てかこれ何気に付き合いだしてから一番近い?


「……」

「……ん? 何ですか?」

「寝ないの?」

「いやっ、寝ます寝ます。ささ、葉子さんもどうぞ力を抜いて寝入ってください」

「ん」


 堪能してると葉子さんがじっと私を見ていたので慌てて目を閉じる。

 いかんいかん。ひざ枕はまだとっかかりにすぎない。まずは寝たふりで葉子さんを油断させ、葉子さんを眠らせなければ!


「……」


 とりあえず100数えてからそっと目を開けると葉子さんは上を向いているらしい。おっぱいでよく見えないけど、多分ソファにもたれかかるようにしてるんだろう。

 そーっと頭をあげる。


「ん……なに?」

「いえ、何でもないので寝てくださいねー」


 頭をまた下ろす。

 危ない危ない。よし、10分くらいじっとしておこう。それなら葉子さんも寝てるよね。

 10分だから600か。長い……我慢だ我慢。我慢するほどご馳走を美味しく感じられるというものだ。


 いーち、にー、さーん、しー、ごーろくななはちきゅう10、11、12、13、14、15、16、17181920――









 ――576577588っ、600!


 かっ、と効果音がつきそうなくらい勢いよく目を開ける。

 ついにこの時が! 時は満ちたのじゃ! 今こそ起き上がれ!


 妙なテンションになりつつも、葉子さんを起こさないようゆーっくり頭をあげ、起き上がって葉子さんを見る。


 葉子さんはややお尻をずらした状態でソファに座って背もたれに頭まで傾けてじっと脱力している。ちゃんと寝ているようだ。よしよし。


 そーっとソファに膝立ちになり、そっと葉子さんの頬にキスをした。


「……」


 は、ふぅぅ。き、気持ちいい…っ。久しぶりだからかただのほっぺちゅーなのに気持ちいい。やだこれドキドキする。


 二度、三度とキスをしてからじっと葉子さんを見るけど、身じろぎひとつしない。まだ大丈夫だ。まだキスできる。ああ、ドキドキしてたまらない。


 ゆっきりと葉子さんを跨ぎ、背もたれに手をおいて葉子さんに触れないよう慎重に覆いかぶさり、顔を近づけて唇を合わせる。


「……はぁ」


 葉子さんの唇、柔らかくて気持ちいい。気持ちいい、けど、同時に胸があたっててそれも柔らかい。


「……」


 拒否しといて何だけど、葉子さんのおっぱいには興味がある。とてつもなくある。葉子さんレベルの巨乳は私の学校には数人しかいない。多分。


 葉子さんの様子を伺いながら、おっぱいに触れてみる。


「……ん、」

「っ!?」


 ぴくり、と葉子さんが反応したのでそのまま固まる。


「……」


 じっとしてると葉子さんはまた動かないままだ。今のはただ触られた反応みたいだ。まだ起きないなー。よしよし。


 軽く持ち上げながら揉んでみる。

 おー、やわやわだ。重いし、重量かなりあるなぁ。今まで体育の着替えの時しか気にしなかったけど、私ぺちゃパイだしなぁ。

 うーん。葉子さんも胸がないのは知ってるだろうけど、触ってがっかりしないかなぁ。こないだ触られたのはまだ衣服の上だけど、な、生で触られるとするとやっぱり抵抗があるなぁ。

 ぺちゃパイと自虐するのはいいけど、思われるのは恥ずかしい。てか嫌だ。ううー、もうちょっとおっぱい欲しい。私は葉子さんの触れて嬉しいけど、葉子さんはまな板じゃしょんぼりだよね。


「……よし」


 とりあえず今日帰ったら牛乳飲もう。気分切り替えて、葉子さん起きるまでキスしよーっと。


「ん」


 唇にキスをする。ゆっくりと、口を合わせて鼻呼吸しながら唇をむにむにさせて柔らかさを堪能する。あー気持ちいい。

 ドキドキして、寝込みを襲っている罪悪感もあって、いけないことをしていると思うと無性に興奮する。もっと葉子さんに触れたい。

 我慢できなくなって、私は恐る恐る舌を差し入れた。


「ん、んふぅ……ん、んっ!?」

「んんっ」


 差し入れた瞬間、私は抱きしめられてその勢いで葉子さんにもたれかかった。


「っ、んんぅっ」


 いれた舌を甘噛みされ、舌をぶつけられてなぞられる。


「んーっ! んん!」


 慌てて葉子さんの肩を叩くけど離してくれないどころか、キスはより強く深くなる。


「っ……はっ、ああ……」


 最終的に、私の口の中をめちゃくちゃに荒らされ涎を飲みきれずに零したところで、葉子さんはようやくキスをやめた。


「はぁ、はぁぁ……葉子さん」

「なに?」

「いつから、起きてました?」

「最初から、寝てない」

「え…?」

「美代が、何か考えてるみたいだから、合わせた」


 えー、つまりバレバレですか? 私が胸を触ったりしたのももちろん、がっついて騙そうと提案したとこからバレバレ?


「うわぁぁぁぁっ」


 恥ずかしいぃぃぃぃっ。

 顔を覆いながら下を向く。さっきから完全に葉子さんの膝に座ってるけど知るもんか。恥ずかしい。私の姑息な思惑なんて葉子さんにはまる見えだったなんて。下心もスケスケなんて。純情ぶっておいて寝込みを襲うなんて私は痴女かっ。


「美代」

「う……お、怒ってます?」

「美代が求めてくれて、嬉しい」

「え……」


 手を離して目だけで見ると、葉子さんは微笑んでいた。赤みがかった頬や、服ごしの熱い体が葉子さんの興奮を表していて、葉子さんの妖しい美しい笑みに元々高い体温がさらにあがる。


「私は、美代が好き。だから、美代の全部が知りたい。それは、駄目なこと?」

「駄目じゃ、ないです。ただ…私、葉子さんみたいに、美人じゃないし、おっぱいもないし……」

「私は美代が好き。駄目?」

「……がっかりしません?」


 恥ずかしいけど、葉子さんの言葉に私は顔をあげる。ここまで言ってくれてるのに俯いてはいられない。


「ありのままの美代が、好き」

「よ、葉子さん……わ、私……女同士って、よく、わからないんですけど…あ、ていうかそもそも、は、初めてで……」

「大丈夫。私も初めて」

「そ、それは……大丈夫なんですか?」


 いや、経験豊富すぎるとかよりずっといいし、過去の恋人に嫉妬しなくていいしむしろ嬉しいけど。


「大丈夫」


 自信満々らしい葉子さんは頼もしく、私は頷くしかなかった。


「美代、好き」


 葉子さんはもう一度私にキスをした。深いキスをして息があがった私の胸に触れる葉子さんに、私は思わず身を固くした。

 葉子さんはそんな私に怒るでもなく背中を撫でて抱きしめてくれた。


「大丈夫」


 繰り返される言葉に少しずつ、勇気がわいてくる。心臓が痛いくらいに音をたてて動いている。

 ええい! ここまできたら覚悟を決めるんだ私! だいたい私だって! 葉子さんが大大大好きなんだから!


「あの…シャワー、浴びてないですけど……ベッドが、いいです」


 私の言葉に、葉子さんはにっこりと笑って、私を抱き上げた。









 ぱち、目を開ける。

 カーテンがかけられた寝室は薄暗くて、一瞬ここがどこか戸惑う。起き上がって隣にいる葉子さんに気づいて、思い出して赤面する。

 ああああ………ぁぁ……恥ずかしい。いや、いや、うん。お互いだし、葉子さんは気にしないんだろうけど。でもなんか恥ずかしい。あー、でも、気持ち良かったなぁ。女同士ってこんなんなんだ。葉子さんの裸めちゃくちゃ綺麗で興奮した……ていうか、まだ裸だ。汗まみれだし。服着なきゃ。


「……」


 シャワー浴びようかな。葉子さんは……


「葉子さん?」

「なに?」

「いつから起きてました?」

「さっきから」


 葉子さんを見ると寝転がったまま私を見ていて、ばっちり目があってしまった。


「こ、声かけてくださいよっ」

「可愛いから、見てた」

「ーっ口口」


 可愛いのは葉子さんだっつーの! 可愛い! 付き合う前より微笑み率増えたと思ってたけど、めちゃくちゃニコニコしてるし! 可愛いぃ!


「……シャワー、一緒に浴びます?」

「ん」


 葉子さんとシャワーを浴びた。散々触っておいて今更だけど大きいなぁ。これが私のだと思うと誇らし……いや私のって。いや、はは。うん、まぁ。まぁ? えへへ。


 すっきりして服を着た頃には、夕方になりそうな時間だった。


「……葉子さん」

「なに?」

「今日、泊まっていってもいいですか?」

「ん。晩御飯、何がいい?」

「葉子さんがつくるなら何でもいいです。ていうか私も手伝います!」


 家に連絡して、晩御飯を並んで用意する。葉子さんが私のエプロンを当たり前みたいに出してくれたのが地味に、ていうかめちゃくちゃ嬉しかった。

 新品で、私のために買ってくれたやつ。紺色のシンプルなので、中々いい。


 隣に並んで食事する。あーんしたいというとやらせてくれた。わーい。


「葉子さん」

「ん?」

「キスしたいなぁ」

「ん」

「ん、えへへ」


 キスしたい時にしてくれるって凄く幸せだ。

 ああ……葉子さんとずっといたいなぁ。好きだなぁ。そんな風に思う。

 何でもない時間なのに、心から葉子さんが好きだ。葉子さんを見つめているだけで心が暖かくなる。


「美代」

「はい? 何ですか?」

「美代のこと、知りたい」

「へ?」

「……今まで、あんまり話さなかったけど、付き合っている、し?」

「ふむ…? そういえばそうですね」


 そういえば葉子さんのことよく知らないなぁ。

 例えば、葉子さんは凄く美人だとか。優しいとか。クラゲが好きとか。そういう今の葉子さんの姿みたいなものは知ってる。

 でも葉子さんの過去とか、家族構成とか、日頃の私といない時に何してるかとか。そういうのは全然知らない。


「私も葉子さんのこと知りたいです。なので、お互い順番に言いましょう」

「ん」

「まず、家族構成は? 私は妹と弟のいる3人兄弟の父母いれた5人家族。母方の祖父母は北海道在住で元気です。父方の祖母は小学生の時に亡くなりました。祖父は隣街に住んでて元気です」


 いくつかの話をした。

 私は両親への微妙な感情とか、彩華のこととか、妹と弟は可愛いこととか、昔は結構やんちゃだったこととか。色々話した。

 葉子さんも少し言葉少なではあったけど、色々話してくれた。でも、初恋のことは別に聞きたくなかったなぁ。うーむ。ちょっと複雑。恋人にならなかったみたいだし、そりゃ葉子さんは年上なんだから恋のひとつくらいしてて不思議じゃないけど。

 あと、葉子さんには姉のような従姉妹がいるとか、御両親は放任主義で従姉妹や父方の祖父母の家に主にいたとか、そんな話をした。でも仲はいいらしい。不思議な家族だなぁ。


 話を聞くのは楽しかったけど、でも聞いてると、少しだけ不安になった。

 葉子さんはやっぱり家は裕福みたいだ。お金持ちでこんなに美人な葉子さんがどうして私なんかを選んでくれたんだろう。いつまで私といてくれるんだろう。私と違っで一人っ子だから、すごく大切にされてるんだろうし、結婚しないという訳にはいかないし、いつか別れなきゃならないんだろうか。


「ねぇ、葉子さん」

「ん?」

「私たちは……その、マイノリティな関係で、あんまり堂々とできないし、結婚もできないし、葉子さんの子供もつくってあげられないけど……出来るだけ、というか、できればずっと、一緒にいてくださいね。あ、そうだ。誕生日のお願い今使います。これから最低一年は私といてください」


 謙虚に出来るだけ、と言ったけどやっぱり本音を言うことにした。あとズルイのは承知だけどお願いをつかう。一年くらいならいいかと了承させればこっちのものだ。毎年使えばずっと一緒にいられる。私って冴えてる。


「私、信用ない?」

「え?」


 あれ、ちょっと不機嫌、みたいな?


「お願いなんて、いらない。むしろ私から、お願いする。美代とはずっと一緒にいる」


 少しだけ怒ってる風なのが本気なんだと感じられた。安請け合いに見えるほど簡単に言う葉子さんだけど、それは逆に、当然のように一緒にいてくれようと思ってくれてるんだと思えて、嬉しかった。


「えへへ、葉子さんだーい好き」

「……ん。私も、大好き。美代」

「はいー? なんですかーん?」

「美代が思ってるより、ずっと、大好きだから。本当にずっと、一緒にいるよ」


 ぎゅうと抱きしめられた。

 それはすごく嬉しくて幸せで、幸せすぎて、私はちょっとだけ泣いてしまった。


 女同士じゃなかったらいいのにと、自覚してから一度も思わなかったといえば嘘だ。だって親に言えないし、いつか困ったりするんだとかこないだからちょっと悩んだ。だけどもうそんなことを思うのはやめよう。

 だって、私と葉子さんが出会って仲良くなって好きになるのは、きっと男女では無理だ。女同士だから仲良くなれた。女同士だから、私たちは恋人になれたんだから。


「うー、葉子さん好きーっ」


 好き。世界で一番、大好きです。

 だからずっと、私をお側に置いてください。ずっとずっと、葉子さんだけを見つめ続けるから。










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