第三話:月明かりの下を君と(後)
風が吹く。水で濡れた身体に、その氷のような冷たさが染み入る。心地よいと感じていた夜風も、今は鋭利な刃物のように思える。
突如、けたたましい警鐘の音が村中に鳴り響いた。それは耳をふさぎたくなるほど声高に、人々に警戒、避難を促している。
「なっ…何が…」
「飛び火したの。私の家の火の粉が草むらに引火して、その勢いが森へ向いたの」
娘は言い終わると、何も言わずにある方角を指し示した。そちらを見ると、確かに夕焼け空のようにだいだい色に輝く夜空が見えた。
──大変だ
僕は口の中でそう呟いてから村の方へと一歩足を踏み出した。
対処が早かったこともあって、被害は小火程度で済んだ。僕が駆けつけたときには既に皆夜明けまでのほんの少しの眠りに着こうと、方々に散っていくところだった。東の空が少し白んでいて、それは何故か広大な海を思わせた。
──帰ろう
とんだ夜の散歩になってしまった。
あの娘はこれからどうするのだろう?まだあの河原にいるのだろうか?見に行きたいが、足が疲れ切って思うようにならないのが腹立たしい。何故だか、あの娘を放ってはおけない。僕には両親が居ない。その境遇を、僕はあの娘に重ねているのだろうか。
少しうつむき加減に歩きながら、後十数歩で戸口があるところまで来た時、クスクスと、鈴が転がるような笑い声が聞こえてきた。辺りを見回すが誰も居らず、薄明かりの中に佇む家々とただ平らなばかりの田畑があるだけだった。気のせいかと思い、再び歩き出したとき、またも笑い声が聞こえた。あまりに鮮明に聞こえたので、僕は反射的にその場を飛び退いた。
──明日の夕刻、宵の口に私の屋敷跡においでなさってください。弔いをしてくださらない?
あの娘の声だった。弔い?何の弔いをすると言うのだろう?
道ばたで朝日が昇るのを見ながら、ぼんやりとしているうちに、僕の意識は途切れた。




