第三話:月明かりの下を君と(前)
どれだけの時間そこにいただろう。僕はただ呆然と燃え盛る屋敷を前に立ち尽くしていた。目の前の朱色はいつの間にか夜の闇の中に、か細く残るだけの存在となっていた。そしてその朱色の代わりに、どす黒く大きな塊が寂しげに、頼りなげに建っていた。
「大丈夫?」
不意に、背後から聞き覚えのある、透き通った声が聞こえた。
「何故こんなところに居るの?ここには何もないわ、何も。もう全てが終わった、ただそれだけの場所。あなたのような人が来る場所ではないの」
振り返る。
悲しげな目が、僕をとらえた。
あの娘だった。あまりにも悲痛なその瞳は、雪のように白い肌、清廉な雰囲気には似つかわしくなく、見ているこちらのほうが泣きそうなほどだ。
──スベテヲサトッテシマッタ
彼女の瞳は、そう僕に訴えているかのように思えた。
「良かった…」
彼女が無事でいたことに対する安堵の波が、じわじわと押し寄せた。つぶやいた僕に、軽く彼女は目を見張る。僕はその場に膝をつき、崩れるようにしてその場に座り込んだ。
「…あなた、変わっているのね。私の心配なんかしていたの?」
彼女は僕の前にしゃがみ込み、真っ直ぐにその瞳で僕の目をのぞき込む。
「何故?」
「…覚えてはいないだろうか。以前月明かりの下、河原でお会いしました」
かすれた声で答える。煙を吸ったせいだろうか、喉が一言発する度にひりひりと痛む。 娘は何も言わず、ただ僕を見ていた。その、あまりにも悲痛な瞳で。
不意に、娘は立ち上がった。
「こちらへいらっしゃい」
娘の言葉に導かれるように、僕はふらふらと立ち上がり、娘の後についていった。 行った先は、いつかの河原だった。
僕が怪訝そうにしていると、水面をのぞき込めと言う。
不意に水面が近づいてきた。いや、僕が水面に近づいている、そう気づいたときにはもう全身を矢で射抜くような感覚が貫いた。頭の片隅で、冷たさというのは極限まで行くと冷たいとは感じないのだなと思った。
幸い浅瀬だったので、助かった。必死の形相で顔を上げると、娘のきゃらきゃらという笑い声が耳に入った。
「なっ…何をっ…」
「だって…真っ黒でしたもの」
そう言って、彼女は水面を指さした。よく見ると、すすで真っ黒に汚れた自分の顔が見えた。唖然として振り返ると、一点の曇りもない笑顔がそこにあった。
前回に続き、今回も前・後の二回ものになってしまいました(汗)どうかお付き合いください(^_^;)




