第二話:この世を二分する者の価値観(前)
僕の住む村には恐れられているモノが二つ有る。一つは神無の一族、そしてもう一つは夢鬼童。
神無のお屋敷はこのさびれた農村の北のはずれ、森のすぐ近くに位置している。住人は、少女が一人住んでいる。以前は親子三人で住んでいたらしいが、親二人は五年前に死んだ。死因はわからない。変死だったらしい。遺体は火葬にし、焼き尽くし、灰は森の奥に撒かれた。村人の手によって。残された少女は、大名や役人なんかから貰う仕事で細々と食いつないでいるという噂だ。
噂と言えば、この神無の一族には昔から奇妙な噂があった。
──神無の一族は千里眼なんだって
どうやら仕事と言うのは、この類のものらしい。
僕は本当のところを知らない。村の誰もが実際そうなのだろうと思うが、この噂を真に受けた下衆な大人たちが神無のお屋敷の前で毎日飽きもせず嫌がらせを続けている。 もう一つの恐怖、無鬼童は、神無の一族に由来していると思われる。読んで字のごとく、無鬼童とは夢に出てくる鬼の童子のことだ。所謂迷信の部類の話である。しかし老人は未だにこの無鬼童を厚く信仰しており、何かにつけてこの話をしたがる。彼らが木陰で休んでいるとき、なかなか寝付けない孫を寝かしつけているとき、彼らは言うのだ、
「あんたは、無鬼童を知っておるかえ?」
熱心な“御信仰”にも困ったものだ。
くだらない、と思う。
神無の一族は災難だと僕は思う。
同情する気は無いが、それに近い感情はある。
根も葉もない噂のためにずっと昔から阻害され続けてきた彼らはいったいどんな気持ちで日々を過ごしてきたのだろう。僕は迷信の類は信じないが、仮に彼らが千里眼であったとしても、村に何か害を及ぼしたわけでもない。彼らは本当にただひっそりとそこに居るだけなのだ。阻害される理由がどこにあると言うのか。 以前一度だけ、神無の娘に会ったことがある。夏、月の良い晩に河原を散歩していた時のことである。娘が水に手を浸していた。月の明るい晩ではあったが、夜半に若い娘が一人歩きとは。何かのっぴきならぬ事情でも有るのだろうかと思い、声をかけた。
「おい、娘。こんな夜半にお一人か?月の良い明るい晩とて、一人歩きとはいささか不用心。それとも何か事情がおありか」 顔を上げた娘の姿は、この世の者でないかのように、ただただ美しいばかりだった。雪のような白さに紅い唇、物腰はどこまでもやわらかく、発する雰囲気は春の雪解けの水のように清らかだった。
呆然としている僕に彼女はにこりと笑いかけた。




