【 タイムリミット 】6
夢を見ていた。
四方八方からありとあらゆる電車に押し潰されて苦しみもがく自分を客観視している夢をみていた。
玉のような汗をかいて夜中に起きたが、隣では大梯が気持ち良さそうに寝息を立てていて、その横顔を見てふと心が落ち着いた。
ワンルームの部屋はシングルベッドとテーブル、ソファを置いたらそれだけでいっぱいだ。
しかしながら今の状況ではこの狭さが二人を落ち着かせる空間となっていて、守られている気にもなった。
ベッドから出た富多子は静かに冷たいソファの上で膝を胸につけて抱えるように丸くなり、暗い部屋の中の一点をじっとながめていた。
カラーボックスの中には一冊のアルバムが入れてある。
写真には笑顔で笑っている大梯と、そこに寄り添うように写っている自分がいる。
出掛ける先々でたくさん写真を撮り、思い出をアルバムに溜め込んでいた。海にも行ったし山でキャンプもした。泊まりで温泉にも行ったし、山道で道に迷って怖い思いもした。
喧嘩をした後などは特にこのアルバムを手に取り、楽しかったことを思い出し、気持ちを落ち着かせていたりもした。
だから今夜も同じように暗い気持ちを手放したかった。
何日も降り続けている雨は止まずじめっとしているが、窓ガラスを打つ雨音は富多子の波打つ鼓動を抑えつけてくれるいい材料になっていた。
このまま、昔の嫌な記憶も一緒に流れ去ってしまえばいいのにと思うが、目を閉じるとあの光景が浮かび上がってくる。
自分の後ろに得たいの知れない何かがつきまとっている気がしてならない。
黒いもやが抱きつくようにまとわりついている錯覚に陥る。
このままずっと見えない何かに永遠に追われるんじゃないかという恐怖に脂汗が流れた。
心は蝕まれ憑かれている恐怖を全身に感じながら生活をするのは、もはや苦痛でしかない。
愛を手にいれると、人はそれを守ろうとする。
今まではなんでもなかったことが急に敵になったりもする。
まわりの何もかもが敵に見えたりもしてしまう。
「大梯君」
「ん? ああ、もう朝?」
「ん。でもまだ早いから寝てて。私ちょっとコンビニ行ってくる。お腹すいちゃったし」
「コンビニ? じゃ一緒に行くからちょっと待って今起きる」
大丈夫だからまだ寝てていいよ。と、富多子は起き上がろうとした大梯の肩を優しく押し戻した。
二人はほんの少しの時間でもばらばらになることを敬遠していた。一人になったら狙われる。引きずりこまれることを分かっていた。その一瞬をあざみが見逃さないことを知っていた。
そんな気の張った状態が何日間も続き、あいかわらずテレビのニュースではあの駅のことを連日報道している。
少しの物音でびくつき、その度に心臓を指し抜かれるような痛みを感じ、全身全霊で辺りに気を配る。
本人の知らぬうちに気が滅入ってきていた富多子はそろそろ限界に近かった。
起きようとした大梯を、
「コンビニなんて目の前みたいなもんなんだから大丈夫だよ、それに朝早いしさ、すぐ戻るし大丈夫。寝ててね」って言いながら笑いかけた。
「そっか。わかった。じゃ、気を付けてね。早く帰ってきて」
「うん」
引くかたちになった大梯だが、釈然としないものが尾を引いた。




