【1-1】富多子
「行かなければいい」
「……」
「部活なんて辞めちゃえばいい」
「何言ってるんですか。できるわけないじゃん」
「なぜ? 出来るよそんなこと簡単に。じゃぁ、なぜ辞められないわけ? そこまでしてそこにいる必要があるかな?」
「そんな簡単なものじゃないよ...だって」
「ね。そう思ってるだけ。自分でそういう風に考えちゃってるだけで、今は確かにそう思うけど、私みたいになっちゃえばそんなこと思いもしなくなる」
あざみのある意味では的を射た答えにびっくりした富多子は隣に座っているあざみの目をじっと見た。
いくつか言っている意味が分からないところがあるが、それを頭の片隅に置いておいて、今の話を聞いたら、妙に納得させられるところもあった。
「ここにおいで。嫌なことは忘れさせてあげられると思うよ」
あざみは富多子の手を取った。
その手はひんやりと冷たく、決して心地のよい手触りとは言えなかった。
「相談に乗ってくれて、どうもありがとうございました」
その冷たい手の感触に気味悪さを感じた富多子は、失礼の無いように手を振りほどくと、咄嗟にベンチを立ち、深々と頭を下げた。
「きっとまたここに来ると思う」
下げた頭の上からあざみの声が聞こえたが、顔を上げるとそこにあざみの姿は無い。
富多子の視線の先には今にも雨が降りそうに灰色く色のついた雲、顔を撫でる風は生暖かく、決して気分のいいものじゃない。
誰もいないホームは横倒しにした墓石のように思えてならない。左右を見回すが、どこにもあざみの姿はなかった。さっきまでそこにいたはずなのに、跡形もなく、気配すらも無い。生唾をごくりと飲んだが、喉が渇ききっていてうまく喉を通らなかった。
足下から風が吹き上げた。
足首から順に撫で上がるように上がってきた風は、制服のスカートを焦らすように揺らした。
長い髪の毛の先をさするように抜けた風は、雨の降る前の生臭い臭いを緩やかに漂わせ、行くべき場所へと流れていった。
最後にもう一度前後左右を見回した。
甘い血の臭いがどこからともなく富多子の鼻腔をくすぐった。